つまりは

 また会える?と聞かれて、ごめんと答えると、どう言うつもりだと問われ。答えに困っていたら、頬を叩かれた。人数合わせで参加した合コンで無理矢理誘ってきたのはそっちで、でもまあ、それをはっきり断らなかった自分も悪いから。イルカは敢えて避けずにそれを受け止めた。
 そのまま何も言わずに背中を向けて去っていく女性の後ろ姿を眺めながら、難しいなあ、とため息を吐き出す。
 その直後だった。カカシに声をかけられたのは。
 
 ナルトの元担任だと言うだけで、カカシとは何の繋がりもなく。顔を合わせれば任務やナルト達の近況を聞いたり、挨拶をする程度で。そこまで仲良くもなかったから。嫌なもの見せちゃってすみません、と素直に謝るイルカに、カカシは気にする事もなく、じゃあ憂さ晴らしに一緒に酒を飲もうよ、と口にした。
 言ってもカカシは里一の忍で上官だ。かなり戸惑いはしたが、誘われるままに酒を飲めば、その時間が思いの外楽しかった。
 そんな誘いが二回、三回と続き。最初に一緒に飲んでいる時既に、つき合っても中々上手く行かなくて、それで最近は誰かを好きなる事もないと、そう言ってあったからか。
 三回目に一緒に飲んだ時、小さな居酒屋で小さなテーブルに向かい合って座りながら、俺にしない?とカカシは何の気なしにそう口にした。
 当たり前に面食らう自分に、俺もちょうど今フリーだし。お試しならいいでしょ?と言う。結構内容はすごい事だと思うのに、カカシの表情はそんな事を微塵も感じさせなくて。まあ確かにお試しならいいのか。と軽いノリで承諾したのは三ヶ月前。
 自分は兎も角、カカシの方が先に飽きてこんな関係は直ぐに消滅するとばかり思っていたのに。未だにカカシとの恋人関係は続いている。
 普通は、互いを見初め合い、恋する期間を得て恋人になる。そんな流れがあるはずなのに、それがなくこうなったからなのか。
 不思議な感覚と言うか。要は、今も照れくさくて堪らないのに。
 
「ただいま」
 扉が開く音とカカシの声でイルカは我に返る。台所から顔を出すとカカシが立っていた。支給服は少し汚れ、銀髪もまた草臥れている。今日は確か七班の任務ではなく単独で任務に行く聞かされていた。
「お疲れ様です」
 お帰りなさいと言うのが気恥ずかしくて、そう口にするイルカに、カカシは靴を脱ぎながら、うん、と答える。いい匂いだね、とカカシが続けた。
 気がつけば、カカシはイルカの部屋に帰ってくるようになった。最初の頃こそ通ってきてはいたものの、それは数回ぐらいで。身体の関係を持ってから、そのまま泊まって朝帰る、が続き、そして今はカカシは任務が終わると真っ直ぐここに帰ってくる。
 自分が夜勤の当番だったり、時間が合わない時は来る事はないから、カカシなりに気を使ってくれているのも分かるが。
 当たり前に身体を求められた時は少なからずとも動揺した。付き合いだした当初はカカシが自分で欲情するとは到底思えなかったけど、キスから始まった恋人として過ごした僅かな時間でその考えはすっかり消えていた。
 ただ、この同棲のみたいなこの状況は経験がなかったからか、どうも慣れなくて恥ずかしい。
 しかも自分方が料理に慣れていると言うだけで、ご飯を作る事も多くて。大したものを作れるわけがないから不安しかなかったが、カカシが毎回喜んで食べてくれるのが救いだ。

 正直カカシへの恋人としての印象は全く持ってなかった。純粋に忍として尊敬は憧れがあった分想像すらしていなかった。だから、こんなに優しく接してくれるとは思ってなかったし、まめに会う約束をするタイプだとも思っていなかった。覆面の上からでも、同性の自分でさえ十分整っている顔だと分かっていたし、審美眼を持つ女性はそれ以上に分かっていて黄色い声は嫌でも入ってきていた。
 だから女に困るはずもなく。それなりに女遊びが激しいと思っていたから予想外の、このギャップだ。
 こんなに優しくされて愛されたら、遊びどころではなく、女がカカシを離さないはずなのに。それとも女性がそれを求めていないのか。
 今日も肉じゃがとおひたし、それに味噌汁と言ったごくごく普通のメニュー。
 だが、カカシは美味しそうに食べている。しかも今日は白飯をお代わりもした。
 先に風呂に入ったカカシはすっかり素顔で目の前で寛いてご飯を食べている。
「先生の方は今日はどうだったの?」
 自分もご飯を食べながら整った顔を見つめていれば、不意に話を振られ、向けられる眼差しは優しい。イルカはつられるように笑顔を浮かべてしまう。特にこれと言った話題もないが、今日あったアカデミーの生徒の話をイルカは選んだ。

 寝室の電気を消し布団に潜り込んだイルカの腰にカカシの手が触れ、分かっていたのにイルカは僅かにギクリとした。
 分かっている。食欲が満たされ風呂にも入り、こうして恋人同士で布団に入ればやることは一つだ。しかし、任務で疲れて帰ってきた時ぐらいはしっかりと睡眠を取るべきだと自分は思えてならないのは、自分の過去少ない経験からきていた。
 過去つき合った女性は忍ではなくごく普通の仕事と生活をしていて。同じ里に住んではいるが、忍への理解は少なかったのかもしれない。任務や掛け持ちで仕事をこなし、当たり前だが残業もあって。へとへとになって帰ってきた時、会うのは百歩譲って理解できた。顔だけでも見たいと言ってくれるのは嬉しい。しかし互いに仕事でタイミング悪く会えなくて少しご無沙汰だったとは言え、求められた時、ひどくウンザリとした気持ちになった。
 そりゃあ自分もごく普通に性欲があり、セックスは嫌いではない。でも、こんな疲れている時は勘弁して欲しい。そう言いたいのを我慢してそれで気が済むのなら、と受け入れたものの、正直、そんな時のセックスなんてとても楽しめなかった。口悪く言えば手当がつかない残業をやらされている気分で。当然おなざりになる。
 そんなのが続けば気持ちも盛り上がらなくなり自然と離れいき、自分から別れを告げる。そんなのが二回続いた後は、恋とかどうでもよくなっていた。
 人使いの荒さに不満があるが、忍の仕事自体に不満はない。自分の生涯続ける仕事だ。だから当然恋を選ぶなんて事は選択肢にはなかった。
 だから、ふとした時に人肌寂しく感じるも、一人の方が楽だと気がついてしまっている。合コンだって人数合わせでなければ行かないし、仕事に没頭できる。もしその場で相手に気に入られてもどうする気もなかった。ーーこの前のように。
 そんな過去があるからこそ、カカシには疲れている時には気にせずゆっくり寝てもらいたい。なんならこっちに顔を見せず、自分の家に帰って寝てくれてもいい。そう思っているのに。
 腰に回されたカカシの手にイルカは困った。
「カカシさん・・・・・・」
 身じろぎしながら名前を呼ぶと、カカシは答える代わりに服の上から胸に触れる。どの位置に先端があるかなんて知っているかのように、的確に触れられ、イルカの身体が小さく跳ねた。その手をイルカは制するように自分の手を重ねた。長い指に自分の指を絡ませる。
「あの、今日は、」
 誘ってくれるのは嬉しいが、過酷な任務の後だ。明日は休みであっても戦忍はいつ呼び出しがあるか分からない。やんわりと断りたいのに、カカシは止めようとはしなかった。ん?と聞き返しながらも唇が項に押しつけられ、イルカは息を呑んだ。思わずぎゅっと目を瞑る。カカシは雰囲気を作るのが上手い。手慣れているのかもしれないが、いつものように流されてしまいそうになり、イルカは駄目だと自分に言い聞かせた。もう一度口を開く。
「カカシさん、お疲れじゃないんですか?」
 だから、と言い掛けたイルカに、カカシが、先生は?と口を開いた。
「そりゃ疲れてないって言ったら嘘だよ。でも先生はしたくないの?」
 だったら、と言う間もなくそう聞かれて困った。自分の気持ちを優先して欲しい。言い淀んでいれば、カカシの手がパジャマ越しに股間に触れた。闇になった時点で自分の股間が緩く勃ち上がっているのは知っているくせに。大きな手のひらと堅い指の腹で擦られ、イルカの声が上擦った。
言葉とは裏腹に期待してしまっているのがカカシにバレている。羞恥に頬が熱くなった。
「そ、うじゃなくてっ、カカシさん、俺は、」
「じゃあ少しだけにしようよ、それならいいでしょ?」
 固くなりつつある陰茎を服越しに擦りながら、低い声で耳元で囁きながら舌を耳の中に入れられ、背中に甘い痺れが走った。どうしようもなく触られている前も、中も疼いて仕方がなくて。イルカは眉根を寄せる。
 いつもそうだ。この時点で自分は滑落してしまっている。誘われるように首を捻ってカカシに口づけを求める。それは受け入れられ、カカシによって唇が塞がれた。


 ふとイルカは目を覚ました。自分がいつ寝てしまったのか、覚えがない。覚えがないが、向かい合わせになってさんざん突き上げられたことろまでは覚えている。イルカはそこでゆっくりと息を吐き出しながら上半身だけ起こした。要は、意識を手放すまでしてたって事で。
「少しだけって言ったじゃねーか・・・・・・」
 なんて一人不満をこぼしてみるも、自分に僅かな倦怠感はあるものの、スッキリしていて嫌な疲労感はない。そして隣ではカカシがすうすうと静かな寝息を立てて寝ている。その無防備な寝顔がひどく満足そうで、なんとも言えない気持ちになった。
 自分が過去の女性と疲れている時はセックスなんてなおのこと、正直会いたいとも思わなかったのに。そんなものだと思いこんでいたのに。それをカカシが微塵も感じさせない。その事実はイルカの心の奥が暖かくさせた。
 つまりは、ーーそういう事なんだ。
 でも認めるのには勇気がいる。イルカは僅かに眉を寄せながらカカシの寝顔に視線を落とした。
 好きだよ、と囁くカカシの首に腕を回しながら、自分も好きだと、カカシにそう返した。カカシの熱や快楽に溺れながら口にしたこれは戯れ言にしかならないのかもしれないけど。カカシの低く甘い声がまだ耳に残っている。
 胸が苦しくなってイルカは目を伏せた。
 ーーでも、この関係の始まりを忘れたわけじゃない。
 軽い口調で丸で飯に誘うのと同じように。カカシは言った。
「・・・・・・お試しかあ」
 落胆した気持ちが言葉となって息を吐くように零れた時、
「もうそれは終わってるでしょ?」
 寝ていると思っていたカカシから声が返りイルカはギクリとした。その通り、視線を向ければ目を開けたカカシの眠そうな目がこっちを見ている。あの、と驚き目を白黒差せるイルカにカカシは、分かってるでしょ、と続けた。
「俺は疲れていても先生のところに帰ってきたいし、抱きたいの」
 目をまん丸くするイルカを青みがかった目に映し、緩める。
 こんなにあんたを大事にする恋人なんて他にはいないよ?
 言われてイルカは瞬きをした。そこから、不安や気持ちが何もかも見透かされていたことに絶句する。頬を赤くさせながら、勝手に何を、と言おうとしたが、何も口に出来なかった。それを否定する言葉は正直、ない。
 しかもこんな時に泣きたくなるとか。ありえないだろ、自分。
 悔し紛れにそれを誤魔化したくて。視線をずらして黙ってしまったイルカに、それすら分かっているかのように、カカシは嬉しそうに目を細めて笑った。



<終> 
 
 
 
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。