繋がる

「いいでしょ?」
耳元で囁き、首元に唇を移す。
項を舐められて、イルカは身体をビクつかせた。両腕で布団に押さえつけられたイルカは、抵抗らしい抵抗は見せないが。顔を背けている。
何かに耐えるように。
それがイルカの表す自分への抵抗かと思うと。ムカつきが、素直に擡げてきた。

イルカは俺が欲しくないの?

何で、欲しがってくれないの?

首元に顔を埋めたままのカカシは、そこから伺うように目線をイルカの顔へ向けた。
うんともいいえとも言葉を発しない。カカシは微かに目を眇めると、項へ視線を戻した。
固くなる筋肉に更にカカシは首もとを甘噛みする。痛さを多少感じる程度に。
途端、薄っすらと汗がイルカの肌に現れる。カカシは、その柔らかい肌の匂いを嗅いだ。イルカの吸いつくような小麦色の肌の感触は自分だけがこうやって感じている。
どくどくと脈打つイルカの血管が、カカシの唇に伝わる。
この下には、当たり前だが生きる為の必要な管があり血液が流れている。
肌の上から、感じるその血管の上に再び軽く歯を立てる。
愛撫だけだったはずの行為に、不意に沸き立つような気持ちがカカシを襲った。
イルカが生きる為の血液に恐ろしい程の興奮を覚える。それは性的な興奮か背徳心からくるものか。
幼い頃から戦場で生き、闇で生きるようになり、自然に自分に染み着いたものを、イルカに無意識に求めている自分に気が付き、きつく目を瞑る。
(違う)
イルカは、ただ怯えるように微かに震えてはいるが。動こうとはしない。
そこから、カカシはゆっくりと目を開き、硬直したまま動かないイルカの顔へ目を向けた。
面白いくらいに背けられている為、表情なんて見えるはずがない。だがその必死に我慢しているような態度に、もしこのままもっと強く歯を肌に突き立てたら。そしたら、イルカは黒くしっとりとした目を驚きに見開きながら、自分を写してくれるだろう。
そこまで思って余りにもバカバカしい考え方の自分に呆れ、首元から口を離した。這うように上衣に滑り込ませていた手も引き抜く。
そこで漸くイルカが身体の緊張を解いたのが見え、舌打ちしたくなったのを、また寸前で堪える。
首を捻り恐る恐る顔を向けるイルカは、怯えてるとも安堵ともとれるような表情と、あと困惑か。
カカシは小さく息を吐き出して頭を掻いた。
「いいよ、やめるから。安心しなよ」
冷たい言い方だと、自分でも思った。それでも今まで自分の水面下に抑えていた感情だけに、簡単に止められない。
イルカにだけは。
それを痛感して、
(情けないの)
ガキのまんまだと可笑しくもなる。

たまたま、任務で怪我して、人気のない洞窟に身を潜め身体を休ませていた時に、イルカに会った。
イルカは、其処にしか生えない薬草を取りに来ていたのだと、言った。怪我の手当をしたいと言われ、野生の獣のようにイルカを拒絶した。自分より青いガキに、と苛立ちもした。
それでも、怪我をする度そこに脚を向ければ、必ずイルカが現れた。そこから、恋に墜ちるのは簡単だった。
行かなくてもいい場所に脚を運んだ時点で、自分はイルカに心を奪われていたんだと、後になって思った。


「そんなに嫌?」
俺とするのが。
部屋に響く自分の声。
うわ、またこれもダッサイ言い方だと思ったが、もう口から出てしまっていた。それにまた苛立ちガシガシと頭を掻けば、イルカの黒い目が自分を見ていた。これ以上口を開いたら自分らしくない言葉にイルカを傷つける言葉を吐きかねない。
「ごめん」
とだけ小さく言って、カカシは立ち上がった。
「カカシ?」
イルカの手がカカシの指に触れ、緩く握った。
どこに行くの。と言いはしないが、目で訴えるイルカに、一瞬視線を止めて。
「また来るから」
繋がりだけは絶ちたくない。また、を告げるとカカシは部屋から出た。


両手をポケットに入れひたひたと夜道を歩く。中途半端に高ぶった気持ちは、自分を包む外気のように、すっかり冷えてしまっている。
(嫌われたかも)
思わずそう思って、口布の下の唇を歪めた。
ちゃんとした言葉なしに一緒にいる時間を重ねている事は、自分と同じ気持ちからなんだと、思ったのは思い込みなんだろうか。
早まり過ぎたって分かってる。でも、勘違いなんて思いたくない。
でもさ、もういいじゃない。
一人ごちを頭の中で繰り返してため息が出る。片手をポケットから出して、頭を掻きむしった。
イルカは自分より下の18。
18の俺ってあんなガキだったっけ。
普段他人と自分を計らないくせに、気持ちに収まりがつかない原因を探り、そっち方面は苦手だったと思い当たった。
セックスは嫌いじゃない。単純に相手は誰でもよくって。任務で昂揚したものを削ぎ落とすのには丁度いい行為だった。気持ちいいし、頭がスッキリする。
だけど、それと平行して「恋」と言うものは自分の中で必要としていなかった。
だったのに。
眉を寄せながら、口布の上から、手を口元に当てた。
(どうしろって言うのよ、俺に)
軽く布越しに指で唇を擦る。
十分待ったつもりだった。イルカにならバカみたいに優しくなれるし、甘やかすし、ずっと一緒にいたい。
その気持ちの延長で一つになりたいって願って何が悪い?
イルカの責めるような眼差しが頭に浮かんで、更に眉間に皺がよった。立ち止まり、肺の中の空気をなくすように静かに息を吐き出した。
(急ぎすぎ?優しくない?ヤりたいだけって思われてる?)
立ち止まったまま、足下に見える地面を眺め、
「わっかんない.....」
小さく呟いた。

それに。
何の脈絡なしに襲った血の誘惑。
あれは失敗だった。
イルカを怯えさせる一因になりかねない。
精神コントロールが足りない。
カカシは星ひとつない夜空を見上げると、その曇った闇に飛んだ。




しばらくカカシは任務に没頭した。イルカの事を考えないようにして。
自分を抑え、じっと我慢の子になる。それは自分から見ても滑稽だったけど。それしか思いつかなかった。イルカに会えば、また抑えられなくなるのは目に見えていた。同じ事して嫌われるのだけは、避けたい。
立ち並ぶ建物の屋根伝いに身体を飛躍させ、大きな松の木の幹で脚を止めた。
(....顔を見るだけ)
カカシはそこからもまた飛躍し、アパートの2階にある木製の柵にふわりとしゃがみ込むように着地する。
そこで直ぐカカシは眉根を寄せた。
在るはずのイルカの気配がない。
今は夜中の3時だ。こんな時間まで外に出歩くなんて事はないはずだ。
カカシは窓に手をかける。鍵はかかっていたが、簡単に開いた。土足のまま、窓から部屋に上がり込み、いないと分かっていても、あたりを見渡し、イルカの姿を探す。
が、やはりいない。
何処にいるんだ?
自分が嫌になったのだろうか。
執拗に迫る自分に愛想をつかしたとか?
そう思ったらいてもたってもいられなかった。開け放ったままの窓から、カカシは外に飛び出した。
胸がむかむかした。
こんな気持ちになったのは初めてで、変に胸がドキドキする。初めてな事に、身体がおかしくなったんじゃないかとさえ、思うが。そんな事はどうだってよかった。
他の男の元へ行ったんじゃなかろうか。
よからぬ考えは余計に自分の頭を混乱させる。
カカシは軽く頭を振った。
意識を集中させ、イルカのチャクラの気配を辿った。弱々しいチャクラだが、ちゃんと残っている。カカシにとってはその気配は自分の一部のような物で、探すのは容易い。
感知したカカシはそれに安堵しつつもその方向へ身体を向けた。直ぐに見えたのは小さな公園。
静かにその入口に降り立ち、そこからイルカの姿を確認した途端、身体の力が抜けた。
イルカは。
ブランコに座っていた。
パジャマのまま、きいきいと微かな音を立てて。
カカシは力が抜けたまま、暫くイルカを眺めて、沸き上がる苛立ちに銀髪を掻いた。
おろされた髪にパジャマ姿。無防備にも程がある。それでぼんやりブランコ漕いでる姿を見たら、よからぬ男が変な気を起こさないはずがない。
咎めたくなる気持ちが一気に沸き立つが。イルカの、寂しげな横顔を眺めていたら、霧の様に消えていく。
ーーたぶん、あんな顔をさせたのは、きっと自分だ。
一回視線を地面に落とし、再びイルカへ顔を向けると、カカシは脚を踏み出した。
ゆっくり、ゆっくり、イルカの元へ歩いていく。立ち止まる2、3歩前で、漸く気配に気が付いたのか。イルカがカカシへ顔を向け、息を呑んだのが分かった。
「探したよ」
優しく、静かに言ったカカシに、イルカはジッとカカシを見つめる。黒く澄んだイルカの目に、また否応なしに胸がどきどきと高鳴る。何か言わなくてはと、カカシは口を開いた。
「あのね、」
「ねえ、カカシ」
声を遮られ、カカシは微かに首を傾げた。イルカは続ける。
「乗って?」
イルカは立ち上がって一つしかないそのブランコをカカシに譲る。
また首を傾げるが。カカシは言われるままにそのブランコに腰掛けた。思ったより低いのは小さな子供も乗れるようにしてある為か。
両脇にある鎖を手に持つと、ふっと陰りが出来て、顔を向ければイルカが跨ぐようにカカシの上に座り、驚くが、よいしょ、と座ったイルカに嬉しそうに微笑まれる。
「漕いでください」
「...え?」
「ほら、漕いで」
自分も鎖を掴んで、イルカは催促する。ゆっくり揺らせば、イルカは心地良さそうに目を緩ませ、目を瞑った。
「ここで、何してたの?」
イルカを引き寄せ、耳元で囁くと、ふふと笑いを零したの聞こえた。
「内緒です」
その答えに、カカシはため息をついて。変に責められる言葉が出るよりよかったのかもしれないと思いながら、そこから黙ってぶらんこを揺らした。
暖かい。パジャマから伝わるイルカの温もりは、酷く自分を落ち着かせる。任務帰りだと言うのに。
カカシは口布を指で下ろして、イルカの項に頬を擦り付ける。
「カカシ」
ん?と訊けば、イルカが一呼吸ついたのが分かった。
「俺の血。…飲みたかったら、飲んでも…いいよ」
カカシは驚き目を見開いて顔を離そうとしたら、ぎゅっとイルカに抱きつかれる。
「カカシだったら、いいよ」
しっかりとした、イルカの声だった。あの時、自分の衝動に気が付いていたのだ。それに情けなくもなるが、嬉しさが上回っていた。今まで一度もそんな事をイルカは言葉で表す事はなかった。
全て、嫌だとばかり思っていたのに。
初めて口にした言葉が、血を飲んでいいよ、なんて。
(.....強烈)
カカシは頬を染めながら顔を離し、イルカの顔をのぞき込む。
思った通り、恥ずかしさからか、顔を赤くさせながらも、伏せていた目をカカシにゆっくりと向けた。
どちらかともなく顔が動き、唇が重なる。何回も、啄むように優しく唇を合わせて、ぎこちないイルカの仕草に、カカシの胸が締め付けられた。
単純だと思う。
これだけで、一気に身体に熱が持つ。そして、もっとイルカが欲しくなる。
それに堪えるようにまだキスしようとするイルカから唇を離すと、名残惜しそうな眼差しを向けられ、カカシは微かに眉を寄せた。
「カカシ、家に帰ろ?」
その台詞に、カカシは視線を下に落とした。
正直、このままイルカの側にいるのはマズい。
と、イルカの手が鎖を持ったままのカカシの手に触れ、重ねるように指先だけを絡めた。繋がった手を、カカシはただ見つめた。
「一緒に、帰ろう」
顔を上げて、イルカの目を見て。その意図を知り、カカシは驚きに目を丸くした。そこから、ゆっくりと、口を開く。
「....俺、激しくするかもしれないよ?」
恐る恐る発したその言葉に、イルカはふっと吹き出し、笑みを見せながらカカシを見つめる。

「うん、いいよ」

たぶん、いや、一生。このイルカの顔は忘れない。

それほど綺麗でいて、妖艶な表情。

それは、カカシの目に、心に、しっかりと焼きついた。

<終>

いちかさん、相互リンクありがとうございました!
先に素敵な!あんな素敵なイラストいただき、書くのに熱が一段と入りましたっ。
イラストは、いちかさんのサイトバナーでもあります、ブランコに乗るカカイル。仔?でしょうか。このイラストがいちかさんのイラストの中でもすっごく好きで。。これ!絶対これ!と決めました。
イメージを崩さぬよう、年齢は曖昧にしてありますが。イルカだけは作品の中に表記しました。全体の色合いから少しだけアンニュイな雰囲気を出したく変な出だしになってしまいましたが。。決して吸血じゃないです 笑。
絵チャの時の素敵すぎる告白///本当に嬉しかったです!恐れ多い!とあわあわしてしまったのが昨日のよう。。
これからもよろしくお願いします!
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