羨ましい

「赤いねぇ」
カカシは大きめの岩に腰をかけ足を組み、その組んだ足に肘を突き、手で顎を支えながら、少し離れた場所にいるナルトを見て呟いた。
今日の任務は畑仕事の手伝い。
ただ土を耕すだけの一見簡単な内容だが、広い畑になるとそうはいかない。時間をかけ、三人で要約半分まで出来た。
そこで休憩を入れた。
地味な作業でも普段自ら鍛えない場所も鍛えられる。それを知っているのはきっとサクラとサスケ。あとここからどう効率よく作業を進められるかも、頭の使いよう。
直ぐに根を上げずに黙々と作業をした三人に感心しつつ、一人離れた場所でぶつぶつ言っているナルトを眺めていた。
赤いと言ったのはナルトの顔色。
朝から気が付いてはいたが。どうもナルトの様子がおかしい。
意外性ナンバーワンのナルトの事だから、おかしくはないのかもしれないが。
サスケやサクラはそこまで気が付いてはない。だから、そこまでじゃない。でも気になる。
「なーんだろうねぇ...」
カカシはナルトの表情をじっと見つめながら組んでいる足の先を動かした。



「あー疲れたぁ」
サクラが背を伸ばして声を出した。
カカシの読み通り、終わったのは太陽が傾く頃。
赤い夕日を背に、三人が土で汚れた服で、怠そうに歩く。
たぶんもう身体は筋肉痛になりかけてるんだろうねえ、と心の中で呟き、カカシは部下に合わせるようにのんびりと歩いた。
「もうやりたくねえってば」
力なく口にしたナルトにカカシは眉を下げる。
「この時期にやっただけいいと思いなよ」
言うと、え?とナルトが口を開けてカカシに振り返った。
「百姓仕事なんて休みないよ。真冬にだって土耕すんだからさ」
「えーそうなんですか?」
サクラがくるりと振り返る。カカシは頷いた。
「天地返しって言ってね、冬の一番寒い時期に畑の土を耕して放置するの。それやった訳じゃないんだから、こんな事でぶーたれるなって事」
ナルトの頭にぽんと手を置き、少しだけむくれたナルトを見つめた。



「先生っ」
報告に向かうカカシに声をかけたのはナルトだった。
振り返ると、こっちに向かって走ってきている。
少し気になってはいたナルトに、声をかけるか迷ってやめたのに。まさかナルトから話しかけてくるとは思わなかった。
カカシは足を止めてナルトを待った。
「なあに?」
少し息を切らしているナルトから答えを待つ。少し困った表情を見せた。
あのよ、と口ごもるナルトに、カカシは小さく息を吐き出した。
「ラーメンだったら奢らないよ?」
「違うってば!」
そこは勢いよく否定され、カカシは腕を組んで少し首を傾けた。
「お前今日ちょっと変だったよね」
「え?」
驚いた顔で、青い目がカカシを見た。
言動が本当に子供らしい、と感心する。表情を包み隠さないのは元担任に似たのだろうか、なんて思いたくなる。
「何で?」
「何でって...そりゃお前、俺お前の上司よ?何にも見てないとでも思ってたの?」
まあ、サクラ達は気が付いてなかったけどね。
そこまで言ってナルトの頭を撫でた。払いのけられると思ったが、ナルトはそのまま、なら良かった、と小さく言った。
カカシは撫でていた手を止め、ナルトの顔を覗いた。
「愛しのサクラにはバレたくなかったって事?まだガキなのにこまっしゃくれてんねぇ」
少しふざけた口調で言えばナルトに睨まれる。
「ちげえってば」
強く否定され、カカシは目を丸くした。
少し前までサクラの尻を追ってたはずなのに、自分が何を外したのかいまいち分からない。
どんな返事をしようか迷ったカカシの腕をナルトが勢いよく掴んだ。そのままぐいと引っ張りナルトは歩き出す。
「ちょ、なに。どーしたのよ急に」
「カカシ先生に一緒に来てほしいんだってば」
「えぇ?俺今から任務の報告が、」
「いいから頼むってば!」
はあ?と、聞き返すもナルトはカカシの腕を離さない。ぐんぐん歩く。
意外性ナンバーワン...だね...、とカカシは諦めて金色の頭を見つめ息を吐き出した。

「ねえ、いい加減手を離してくれない?」
言っても、まだだってば、と言われ嘆息する。
何処に行くのか検討がついていない。しかし自分が向かおうとしていた報告所と同じ方向だ。
「お前さぁ、何をどうしたいのかちゃんと話してよ」
うんざりして言えば、ナルトが手を離した。もう日が暮れかかっている。紫色になりつつある空の下。少し先に気配を捉えた。ナルトもその先を見つめている。
目はじっとその道の先を見つめたまま。
「俺、今から告白するってば」
「...は?」
間の抜けた声にナルトはきっとカカシを見た。
「だから、俺今から告白する」
「....そう。で、俺は?」
「一緒にいてもらうってば」
何を言いだしたんだろう。
カカシはぼんやり思った。
正に上記の如く、言われた事が意外すぎてどこから突っ込んでいいのかも分からない。
ぽかんとしたままのカカシに、ナルトは続ける。
「一人は寂しいから。それだけ」
さすがに驚く。
何言ってんのナルト、と言ってもいいが。言っても無駄な気がしてくる。
それに、先ほど捉えた気配の人影は、もうしっかり肉眼で確認出来ている。
ナルトはそれを丸で待ちかまえるかのように、じっと見つめている。
(....どういう事?)
視線の先にいるイルカを見つめてカカシは首を捻った。
知人程度の相手であるイルカは、ナルトの元担任。会話らしい会話もほとんどした事がない。
向こうもここにナルトがいるのが確認出来ているんだろう。勿論、カカシが横にいるのも。徐々に距離が近づき、ナルトが緊張し始めるのが分かった。
ナルトが懐いていたのも知っている。イルカが特別視しているのも。でも、そのイルカに対するナルトの好きが、自分の認識していた好きではなかった。それに驚いた。自分が勝手にそう思いこんでいた、と言う事になる。
でもまあ、こうなったなら仕方がない。本人の自由だ。
カカシはナルトに言われたように、ただ見守る事を徹する事にした。
「ナルト」
イルカは嬉しそうに顔を綻ばせ、ナルトの金色の髪を撫でた。そして、イルカはすぐにカカシに顔を向け頭を下げた。カカシも同じように返す。
「任務頑張ったようだな」
え?と聞き返すとイルカは屈んだ。
ほら、とイルカはナルトの頬に付いた泥を指で拭い、苦笑いを零す。
「あ、逆に汚しちまったな」
待ってろ、とイルカはポケットからハンカチを取り出した。再びナルトの顔に付いた泥を拭く。
ナルトは顔を赤くして、恥ずかしそうに目を伏せた。
ポケットに手を入れたまま。カカシはじっと二人を観察する。
父親のような役割を。愛情を。この情景そのままに、ナルトに注いできた。
多少この男とぶつかりはしたが。同じ矢印を持っているのは分かっている。
そんなイルカは、目を細め微笑みながらナルトを見つめる。泥で汚れたハンカチを持ったまま。
この男の腕の中は暖かいんだろううな、とぼんやり思った。
「イルカ先生」
ナルトが口を開く。緊張感がみなぎっている。でも、当のイルカはきょとんとしてナルトを見つめた。
「何だ?」
屈んだイルカは同じ目線で、大きく青い目を見つめ返す。
ナルトが軽く唇を噛んだ。
「俺、先生が好きだっ」
間近にいるイルカに、大きな声で言い切った。
たぶん、いや、きっとイルカもカカシと同じ感情しか認識していない。
その通り、イルカは嬉しそうに笑顔を見せる。
「うん。俺もだ」
ナルトが苦しそうな顔をした。
「違うっ好きって...違うんだってば!先生が好きなんだってばっ」
上手く表現が出来ないナルトなりに、精一杯気持ちをぶつけている。イルカはまた、分かってない風にきょとんとした。
「違うって...ナルト」
「分かってんだろ、先生っ」
顔を赤らめ怒った表情で身体を震わせるナルトを、イルカはじっと見つめた。黒い瞳が微かに力が入ったのが分かる。
意味が、分かったのだ。
どうするのかと、カカシはじっとイルカを見ていた。
自分だったら。ガキでしかも野郎なんかに愛の告白なんて死んでもごめんだけど。
愛情を注いできたあのナルトに言われて、この男はどうするのか。
面倒に巻き込まれたのは事実だが、カカシはイルカに注視した。
口を半分開けたまま。イルカはナルトを見つめて。
「そうか」
要約、そう口にした。
ナルトがイルカの手を握る。
「俺まだ子供だけど、すぐデカくなるし、強くなってイルカ先生を、」
「ごめん」
早口で話すナルトを、イルカは止めた。
「俺、好きな人がいる」
カカシは息を呑んだ。
カカシが考えていたのはニ択。傷つけないよう受け入れるか、否か。
絶対に前者だと思いこんでいた。
でもイルカは。傷つけるほうを、選んだ。
(...んなもの。適当にはいはいって流しとけばいいじゃない。どこまでクソ真面目なわけ)
思わず心で呟いていた。
そう、傷ついたナルトは少し泣きそうになっている。
泣きはしないだろうが。
イルカはそんなナルトにまた頭を下げた。
「すまん。ナルト」
「...恋人がいるって事なのかよ」
口を尖らせるナルトにイルカは首を振る。
「違う、いない。俺の片思いだ」
「だったら俺だって、」
「たぶん俺はずっとその人が好きだ」
淡い恋心を簡単に打ち砕くイルカに、カカシは内心呆れた。この男には優しさってものがないのか。
「きっとな、死ぬまで好きだ」
恥ずかしそうに、イルカは頬を赤らめて、微笑んだ。
「だけどな、お前の事もずっと見守り続けるぞ、俺は」
手をナルトの両肩に置き、黒い目にしっかりとナルトを映した。
なんと答えたらいいのか、ナルトは困窮し、
「そんなの。分かってるってば」
少し声を震わせながら言うナルトを見て、カカシは小さく息を吐き出した。
そろそろナルトを連れて帰るべきだと、そう判断して声をかけようと一歩前に踏み出した時、ナルトは一人走り出した。
「ナルトっ」
イルカが呼び止めてみたものの、当たり前だが止まるはずがない。
そのまま姿が見えなくなって。その見えなくなった道を見つめるイルカに、カカシは頭を掻きながら歩み寄った。
「イルカ先生ってドSだったんですね」
「...え?」
聞き返しながらイルカはカカシに顔を向けた。
「だってそうでしょ。あんな玉砕覚悟の子供相手にあそこまで言いますか」
ふう、とカカシはため息を吐き出してイルカを見つめる。
「ま、そりゃ何を言おうとアナタの自由ですけどね。もうちょっと言い方ってもんがあるんじゃないの?」
「好きな人がいるのは事実ですから」
少し難しそうな顔をするイルカは、視線を外して地面に落とす。
うん、そうね。と返して、カカシはまた頭を掻いた。
「えらく相手に惚れ込んでるんですねえ」
言ってみるも、イルカは答えない。結んだ唇に力を入れたのが分かった。
「...でもさ。死ぬまでってどういう意味?」
顔を上げたイルカの黒い目をカカシは見た。何か言いたげに口を開くも、またその唇を結んでしまう。
「そんな好きならナルトみたいに告白すればいいじゃない」
「それは....」
言い淀むイルカの表情が苦しそうで、カカシは笑った。
「ああ、ごめんね。関係ないよね俺、」
「言うつもりないんです」
イルカははっきりと口にした。
「好きすぎて。言えないんです。駄目だって...分かってるし」
そこでイルカもカカシに笑った。
「最初で最後の片思いでだって、思ってますから」
初めて見せるイルカの表情をカカシは見つめていた。聞いているこっちが恥ずかしくなるくらいの事を言ってるはずなのに。
イルカは笑っているのに。
今にも泣きそうだ。
「....そう」
「はい。そうなんです」
恋愛をろくにしてこなかったから。それがどんな気持ちなのか。分からないけど。
思い浮かんだ気持ちに、カカシは混乱した。
それを誤魔化すように、カカシはまた笑顔を作った。
「そっか...じゃあ」
変な切り上げ方だと思うけど、仕方がない。
黒い目を見つめると、イルカもにっこり笑顔を見せた。


カカシはそのまま報告を済ませた。
ゆっくり歩きながら。
暗くなった道を歩く。
何かが胸につかえたような感覚に、カカシはポケットから出した手で、ベストの上から胸を数回軽く叩いた。
息をゆっくりと吐き出す。
ゆっくりとした歩調のまま顔を上げ、光り出した月を見上げた。指でおもむろに覆面を顎まで下げる。そこで深く深呼吸をした。
月を見ながら、イルカの顔を思い浮かべる。
あの時浮かんだ気持ちは。たぶんーー嫉妬だ。
イルカにそこまで想われている相手が羨ましいと、思った。

そう思っても。
恋愛経験がないカカシには、それが何故か分からない。
ぼやっとした自分の気持ち。やりかけのパズルの欠片をなくしたみたいな、気持ち。
カカシは足下にあった小石を蹴飛ばした。
そしてまた夜空を見上げる。

「....羨ましいなぁ」

カカシは小さくそう呟いた。


<終>
(2.175.18 追記)えみるさんに差し上げたこのお話にイメージイラストを描いてくださいました!こちら!→


えみるさんのサイト開設のお祝いで書かせていただきました。
えみるさん、おめでとうございます!
リクをお聞きし、「自分に告白してきた相手を意外と冷たくフるイルカ先生を目撃するカカシさん」をいただきました。
G.W中考えに考え、リクのままストレートな内容にしても良かったのですが、こんな感じでもありかなぁ、と思い書きました。
喜んでいただけたら嬉しいです。
えみるさんとは同じ七班スキーなので( ´ ▽ ` )❤

これからも素敵なカカイルのイラストを発信してください♪

えみるさんのサイトはこちらです。→amayadori
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