「ねえ明日は?」
んー?と返すカカシにくノ一は少し弾ませた声でカカシの隣に座った。上忍待機室に中忍はいない。同じ上忍であるくノ一はすらっとした手足がよく見える服装をしていた。ショートボブにした髪は可愛く毛先でカールしている。
予定ないんでしょ?と聞かれカカシは本から顔を上げた。
「うん、ないけど」
「じゃあ私が予約していい?」
カカシは一旦間を置き、眠そうな目をくノ一へ向けた。何かを期待している目も、強気な発言も。このくノ一の魅力であり嫌いではないが。
正直興味はなかった。
だが、カカシは愛想笑いを薄く浮かべる事を選ぶ。
「その返事明日じゃ駄目?」
途端、彼女の頬が不満そうに膨らんだ。その仕草は彼女が可愛いと周りの男から言われる所以だろう。
「えー、それ前もそれで駄目になったじゃない」
「そうだっけ。でもごめん、明日にして」
笑顔を見せながらも素っ気なく言えば、仕方ないなあ、とくノ一はそう口にして立ち上がる。組まれた任務へ向かう為に部屋を出て行った。
やれやれと覆面の下で嘆息を漏らし読みかけていた本へ視線を戻した時、そのやり取りの一部始終を見ていたアスマが、ため息と共に煙草の煙を口から吐き出した。
「・・・・・・お前さあ」
「なに」
カカシは本に目を落としたまま。見ようともしない。そんなカカシをアスマは呆れた目で見つめた。
「一人に絞れねーの?」
目線だけを上げると、言っても仕方ないのは分かってんだけども、と顔に書かれている。それでも尚憮然としながら口を開くアスマに、カカシは顔を上げた。
「ああ、誰かさんみたいに?」
それで尻に敷かれるのは、俺嫌なんだけど。
茶化すカカシにアスマの眉間に皺が寄った。
「・・・・・・俺は尻に敷かれてねえ」
低い声で否定したアスマは、短くなった煙草を灰皿で揉み消す。
「寄ってくる女を、つまみ食いみたいに手を出してる方がどうかしてるって」
「・・・・・・そう見える?」
軽く笑ったカカシは再び視線を本へ戻した。
「向こうから勝手に寄ってくるだけだし。つまみ食いとか、人聞きの悪い事いわないでよ」
声のトーンは低いのに、目を伏せたままのその表情は少し笑っているようで、アスマは首を傾げる。
昔からカカシの事は知っているが。未だに読めない目をしているのが、気に入らない。
「・・・・・・お前なあ、」
言い掛けた時、カカシが何かに反応を見せる。顔を上げた。本を閉じて立ち上がると窓の外を覗く。
半分開いた窓から生徒の声が聞こえた。その後に続く声に誰かと悟るまでもなく、
「イルカせーんせ」
カカシが名前を呼んだ。
気がついたイルカは会釈を返したのだろう、カカシはイルカに向かって手を振る。
「俺もう行くから」
じゃあね。
本をポーチに仕舞い出て行ったカカシに、アスマは頭を掻きながらため息を吐き出した。
女の次はイルカかよ。
突っ込んでみるも、相手は既に部屋にはいない。
カカシとイルカの接点は僅かなもので、なにがどうなって仲良くしているのか、それをどう解釈したいいのか分からない。カカシに聞いてもいいが、返ってくる言葉は安易に想像できた。
だから。
「・・・・・・まあ、いいか」
一人アスマは新しい煙草に火をつけ呟いた。


待機室を出て階段を降りる。建物の外に出たカカシは、さっきイルカへ声をかけた方向へ向かった。
さっき一緒にいた生徒とは別れたイルカは、一人で歩いていた。
「先生」
声をかけてその背中に向かって駆け出すと、カカシに気がついたイルカが振り返った。
黒い目は緩む、その笑顔に心が自然と弾む。イルカの横について一緒に歩いた。
「カカシさん待機してなくていいんですか?」
正当な質問に、カカシは眉を下げて笑った。
「うん、でもイルカ先生見えたから。ね、さっき生徒と笑ってたじゃない。何話してたの?」
「ああ、さっきのですか?さっきの生徒が、どうしたら楽に勉強出来るのかって事を自分なりに考えたらしくて。それを聞いてたら昔の俺みたいだあ、って可笑しくなって」
可愛いですよね。
口に手を当ててイルカは笑う。イルカは、生徒の話になると途端表情が生き生きとする。先生の顔を見せる反面、生徒のようなあどけない笑顔が混じる。カカシはイルカを見つめ、目を細めた。
「そっか。でもイルカ先生のほうが可愛いよ?」
イルカは一瞬目を丸くして、そこから声を立てて笑った。
「またそれ言うんですか?俺男ですよ?」
「だってホントの事ですもん。ね、先生、明日仕事終わったら一緒に夕飯食べに行きません?」
目を輝かせながら覗きこむと、教材を抱えたイルカはカカシの横顔へ目を向け、ふう、と息を吐き出した。
「カカシさん、俺毎回言ってますけど。それはカカシさんの近くにいる女性に言ってあげたらいいんじゃないんですか?」
「ええ、今それ関係ないでしょ?俺は先生を誘ってるのに」
言うと、それは有り難いんですけどね、とイルカは申し訳なさそうに笑い、それに、と続けた。
「そんな誰にでも可愛い可愛いって言ってたら、本当に軽い人だと思われて、本気にしてもらえなくなりますよ?」
カカシはきょとんとした後、笑う。
「ああ、似たような事さっきアスマに言われたけど、」
そこまで口にしたら、ほらやっぱり、とイルカは片眉を上げる。遠くでイルカを呼ぶ生徒の声が聞こえた。
イルカはその方向へ顔を向け、手を上げ応えた後カカシへくるりと向き直った。
「じゃあカカシさん、俺もう行きますね」
「え?明日は?」
「本当に予定ないんですか?」
「うん」
訝しむイルカにカカシはにっこりと微笑む。
「んー・・・・・・じゃあ7時に」
了解とカカシは笑顔を見せると、イルカもまた黒い目を緩め微笑んだ。
生徒に向かって駆け出す、イルカの後ろ姿を見つめる。
カカシはポケットに手を入れ、目を僅かに眇めた。
そんな誰にでも可愛い可愛いって言ってたら、本当に軽い人だと思われて、本気にしてもらえなくなりますよ?
イルカの台詞が浮かび、カカシは小さく息を吐き出した。
「・・・・・・誰にでもって訳じゃ・・・・・・ないんだけどねえ」
ぼそりと呟く。
可愛いなんて、気がついてないだろうけど、俺が言うのは先生にだけなのに。
寄ってくる女を相手にしてるのも。
軽い態度を見せているのも。

全部はあなたの傍にいたいから。

その顔はさっきまでイルカに見せていた笑顔はない。
苦しそうに眉を寄せた。

それに重くなったらなったらで、あなたはきっと俺から逃げるじゃない

・・・・・・だからね先生。あなたにたとえ本気にされなくても。俺は傍にいられるほうを選ぶよ。

遠くで生徒に笑顔を見せるイルカを見つめ、カカシは悲しげな表情を浮かべる。
そっと瞼の裏に青い色の瞳を隠した。


<終>