疼く

 秋晴れの青空が広がる午後、埃臭い書庫室の一番奥で頼まれた巻物を取り出しながら、ぼんやりと今日の夕飯は何を作ろうか考えていた時、扉が開く音にイルカは顔を上げた。
 聞こえてきたのは数人の女性の声。奥にいるから顔姿は見えないものの、元々職業上顔や名前を覚えるのは得意だが、声もまた同じで。三人のうちの一人は聞き覚えがあった。報告所で数日前任務報告書を受け取った、上忍のくノ一。上忍が任務で使う為によくここの書庫室に保管されている巻物を取りに来ることがよくあった。許可さえあれば誰でも持ち出す事が出来る。
 聞き覚えのある声に、どんな顔をしていたのか思い出そうとしていれば、そのくノ一が、どこだっけ、と案の定巻物を探しているらしく、そんな事を口にした。
 ここを管理しているのだから、自分は詳しい。親切心で教えようかと思った時、そう言えばさ、と別のくノ一の声が聞こえた。
「今度の任務のスリーマンセル、誰と行くの?」
 何気ない質問なのに、聞かれたくノ一は、実はね、と何故か嬉しそうな声を漏らした。
「中忍と、カカシ」
 まさか自分の恋人の名前が出ると思わなかったイルカは、一人目を丸くした。今更ながらに気配を消す。ただ、ここはアカデミーの資料室だ。気配も何も気にしていないくノ一達は黄色い声を上げた。いいなあ、と言われたくノ一は、まあねえ、と言いながらも続ける。
「でもあの人ここ最近女遊びしなくなったから、」
「あ、それ聞いた」
 その言葉に、くノ一が、でしょ?と返す。
「もう誘いには乗らないって分かってるけど、カカシといるとこっちが勝手に期待しちゃうって言うか、」
 そこでくノ一が言葉を切り、
「子宮が疼くって言うの?」
 続けた言葉に、他のくノ一が同意するように笑いながら相づちを打った。その時、あった、と声が聞こえる。
 そして目当ての巻物を手にしたくノ一が、他の仲間と共に資料室を出て行き、やがて声が遠ざかり気配も消える。
 それでも、イルカはまだ動けないままだった。さっきの言葉を聞いた時に抱えた巻物を落としそうになり、それをぎゅっと力を入れて抱えたまま。
 女が嬉しそうに口にした台詞が、頭から離れない。
 余りにも耳慣れない言葉で。
 自分の事ではないが、自分の恋人の事で。そしてあまりにも衝撃的で、どう理解したらいいのかも分からなくて。
 イルカは気持ちを切り替えようとしながら、巻物を抱え資料室を後にした。
 
 カカシがモテるのは知っていた。
 つき合う前から、上忍師になってからのカカシの噂はよく耳に入ってきていた。里一番の遊女を囲ってるとか、女には困った事がないとか、一回寝たら捨てる、とか。
 ただ、そんな噂に関係ないくらいにカカシは自分に優しかった。話しやすくて一緒にいて楽しくて。気がついたら惹かれていて。その気持ちに気づかせてくれたのもカカシで。
 あの噂はでたらめだったんじゃないかと思っていたが、あながち嘘ではなかったらしい。
 くノ一の、昔の関係を匂わせるような言葉を思い出しながら、イルカは歩きながら廊下に目を落とした。

 
「イルカ先生?」
 名前を呼ばれ、我に返る。顔を上げると隣でカカシがじっとこっちを見つめていた。どうしたの?と聞かれイルカは慌てて笑顔を作る。別に、と言うとカカシは少しだけ不思議そうな顔をするものの、大して気にはとめず、そのまま前を向き一緒に並んで歩いた。
 あんな事があってからカカシと受付で顔を合わせた時、正直どんな顔をすればいいのか分からなかった。もちろんそんな事は知らないカカシはいつも通りで。青みがかった目を優しそうに自分に向ける。
「今日は早く上がれるから一緒に帰ろ?」
 なんて耳打ちされ、それもいつも事なのに。思わず耳まで真っ赤になった。
 大体、何でカカシは自分の事が好きなんだろうか。もう一度そっとカカシの顔をを窺う。
 あのくノ一も一緒にいたくノ一も。遊びだろうがカカシとだったら喜んでつき合う、そんな感じだった。男からしたら一度でもそんな思いをしてみたいし、羨ましい。
 それなのに、カカシが選んだのは、特に取り柄も特徴もない、どこにでもいそうな中忍の、しかも男。
 自分もカカシに告白されるまではノーマルだったし、こんなに相手を好きになるなんて思ってもみなかったけど。
 ますます不思議に感じて、でも今こうして恋人同士になって一緒に並んで歩いているのは事実で、そしてこの事実は嬉しくて。胸が締め付けられる。イルカはゆっくりと息を吐き出した。
 カカシは歩きながら今日あった七班の任務の話を始める。イルカは相づちを返しながら、カカシの横顔を見つめた。当たり前だが額当ても口布もしていて、それでも鼻筋が通っているのも、形のいい唇がその下にあるのも知っている。会話をしながら、少しだけ伏せたカカシの銀色の睫を目で追った時、ふとカカシが視線をこっちに向け、目が合いそうになり、イルカは慌てて視線を外した。前を向く。
「そう言えば、明日はスリーマンセルで任務なんですよね?」
 話を振ると、カカシが、うん、と返事をした。自分が任務調整に関わっているのカカシも知っているからか、特に疑う事はない。
「めずらしく中忍も一緒なんだけどね、今回の任務には適してる能力を持ってるヤツなんだけど、知ってる?」
 名前を出され聞かれてイルカは頷いた。
「ええ、結構頑固なところもありますが、後方支援タイプで使えるヤツだと思います」
 そう答えると、そっか、とカカシは納得したように頷く。
 自分が気になっているのはもう一人のくノ一だが、カカシは口にしないし、言えば当たり前に勘ぐられるのがオチで、口が裂けてもそれは言えない。イルカは黙って歩く。
 もう過去の話で、関係ないと分かっていても、あんな言葉を口するようなくノ一と明日一緒に任務に行くと分かってるだけに、複雑な気持ちになる。なのに。
「今日の夕飯、俺も手伝うね」
 手が触れそうな距離を歩き、無防備に優しい笑顔を自分に向ける。自分にだけに見せる表情。それもいつもの事なのに。それだけで酷く落ち着かない。心の中から沸き上がるものが何なのか、気がついていたが、イルカは気がつかないフリをした。
 それを顔に出さないよう必死になりながらも、恥ずかしさを誤魔化したくて、カカシから視線を外した。
 
 唇を重ねたのは自分からだった。
 先に玄関に入ったのは自分で、後から入ったカカシは玄関の扉を閉めながら、鍵かける?と聞いてきたから、カカシに振り返って。会話の流れで目が合っただけなのに。それだけなのに、どうしようもなくなって、勢いのまま、カカシの口布を下げると、露わになった唇に自分の唇を押しつけた。
 カカシが目を見開いたのが分かるけど、どうでも良かった。
「せ、んせ、?」
 口づけの合間に聞かれ、イルカは唇を離す。間近でカカシを見つめた。
「どうしたの?」
 何も知らないからだろうけど、真っ直ぐな眼差しを向けられ困った。だって、この気持ちを説明なんて出来そうにない。
 ただ、イルカはカカシの目を見つめ返した。
「・・・・・・駄目ですか?」
 今までこんな強請った事がないし、こんな時間に。しかも一緒に帰宅してすぐにとか、あり得ない。それでも、恥ずかしさを堪えながら聞けば、こっちのせっぱ詰まった気持ちを汲んでくれたのか、カカシは目を細める。いいよ、と優しい声を返した。
 
 自分で誘っておきながら、こんなの自分らしくないし、恥ずかしいし。でも、気持ちいい。
 濃厚な口づけの後に首もとを舐められイルカは身震いした。少しだけカカシの息も荒くなってきている。あれ以上なにも聞かずに了承してくれただけで嬉しい。
 玄関前を上がった床で、カカシはイルカのベストを脱がせた。自分のベストも脱いで床に捨てる。日が落ち、暗くなった部屋で座り込んだまま見上げるイルカに、カカシが覆い被さった。その広い背中に腕を回す。
 カカシの匂いの感じ、それだけで心が満たされ興奮した。
 腕を離すと、イルカはカカシのズボンへ手を伸ばした。カカシがぴくりと反応する。
「あの、」
「気持ちよく、してあげたいんです」
 言い掛けたカカシに、イルカが言葉を被せると、カカシを床にしゃがませる。カカシはまた少しだけ目を見開いた。じっと見つめるイルカに、カカシは困惑しながらも、ズボンを寛げ下着の上から指を這わせるイルカの手を目で追っている。指を動かす度にだんだんと熱く固くなっていくそれに、イルカはごくんと喉を上下に動かした。
「気持ち・・・・・・いいですか?」
 視線を上げると、カカシの青みがかった目もまたイルカを見る。そこからカカシは眉を下げ薄く微笑んだ。
「そんなの、分かってるでしょ」
 分かってはいたが、はっきりと。そして困ったように言われ、イルカの頬が熱くなった。ぐっと唇を結ぶと、下着をずり下げる。屈むと、屹立した陰茎に根本から舌を這わせた。カカシが、ふ、と息を漏らしたのが聞こえる。
 部屋が暗くて良かった。
 自分から誘ったくせに恥ずかしさがないと言ったらそれは嘘だ。
 顔は熱いし今自分がどんな顔をしているのか分からない。でも、カカシが気持ちよくなってくれるのが嬉しくて、慣れないながらも何度も舐めては口の中に含む。
 ここの毛も髪と同じ色だって、知っている人間は何人いるんだろうか。
 唾液でじゅるじゅると水っぽい音が部屋に響かせながら咥えこんで扱いていた時、
「先生」
 名前を呼ばれ、頭にカカシの手が乗る。イルカは含んでいた陰茎を口から出し顔を上げると、熱っぽい目でじっとカカシが見つめていた。
「ベットに、いこ?」
 せっぱ詰まった口調に、イルカもまた余裕なく頷くと、ベットまで抱き抱えられた。上着を捲り上げられ胸の先端を吸いながらもう片方の手がイルカのズボンを脱がす。カカシの手つきが焦っているのが分かった。性急に下着まで脱がされ長い指が奥を探り始めた。ぬめる舌で尖ってきた先端を潰すようにしながら、指が徐々に入り込んでいく。
「ぁ、ああっ」
 指が中で動く度にイルカの腰も動く。緩く勃ち上がっている陰茎の先からは透明なものが滲み出てきていた。カカシの指が増え、動きは止まらない。
「カカシさ、・・・・・・もう、」
 入れてくださいと、言わなかったが目で訴えかけるイルカの意図を汲んだカカシはゆっくりと指を引き抜く。さっきまで胸を弄っていたカカシの手がポーチに伸びたのを見た時、あの、と思わず声をかけていた。カカシの手が止まりイルカを見る。
 何?と聞かれ、イルカは一瞬だけ戸惑い口を結んだが、そこからゆっくりと口を開く。
「ゴムは、・・・・・・付けないでください」
 カカシが眉を寄せた。イルカをじっと見つめる。
「・・・・・・何で?つけないと先生が、」
「いいんです。・・・・・・今日は、そのままがよくて、」
 頬を赤らめながら俯き呟くように口にした。普段からゴムは付けるべきだと言っているのは自分だが。
「そういう、気分なんです」
 顔を上げると、カカシは目元を優しく緩める。分かった、と返すとイルカの唇を塞いだ。
 
 カカシはゆったりと両手でイルカの腰を抱きそこからあてがった陰茎を挿入した。
 想像以上に普段よりもしっかりとカカシを感じ、目眩がした。根本まで入った時、カカシが、すご、と独り言の様にうっとりと呟く。そこからゆさゆさと腰を動かし始めた。
 いつもより動きも激しく感じて、カカシの背中に回した手に指に力が入る。指を這わせるカカシの背中もまた薄っすらと汗を掻いていた。呼吸が荒くなる。
 自分で言っておきながら、そういう気分って、どんな気分なのか。
 あのくノ一の一言でこんなになる自分も自分だけど。自分を求めるカカシの全てが愛おしく、自分もまたカカシがもっと欲しくて身体が疼いた。
「せんせっ、・・・・・・しめ、ないで、」
 無意識に中を締め付けていたのか、カカシが揺さぶりながら苦しそうに言う。
「だって、きもち、いっ、」
 言わなくてもいい言葉がイルカの口から零れる。潤んだ黒い目をカカシが見つめ、顔を近づける。イルカは舌を差し出した。
 絡んだ舌が気持ちよくて、突き入れられる箇所も。頭が痺れてきて視界も涙で滲む。
 カカシが夢中で腰を打ち付ける。限界が近かった。
「あ、あぁあ、ひ、あ、も、・・・・・・っ」
 感極まった声と共にイルカは射精する。カカシの腹と自分の腹を汚した。中を締め付けられ、カカシは短い呻き声を漏らす。
 自分の内部に激しく叩きつけられた熱いものに、イルカは背中を震わせた。甘い余韻にイルカはうっとりと目を閉じる。
 これを感じたくてカカシを誘った、なんて。でもひどく満ち足りた気持ちになっているのは確かだ。
 カカシがゆっくりと引き抜くとごろりと隣に横になった。イルカの乱れた黒い髪を、頬を優しく撫でる。顔を向けるとカカシはイルカを見つめていた。
 イルカらしくない言動に聞きたい事があるだろうに、カカシは何も言わない。自分とは違い余裕を感じるのは、経験の違いなのか、四つの歳の差なのか分からないけど。四年後、自分がカカシのように余裕がある大人になっているとは到底思えない。
 そう分かっただけで、何故かカカシが羨ましくなった。青みがかった目を見つめ返す。
 欲火がこもった目も、今のような倦怠感を纏った目も、普段はもちろん、本人だって知らない。だから、きっと自分しか知らないカカシの表情が、大好きだ。
 独占欲に酔いしれる。イルカはカカシへ手を伸ばした。柔らかい、銀色の髪に触れる。
「・・・・・・明日もし誘われても、間違っても浮気なんてしないでください」
 今日の自分の言動の答えに近いような近くないような。ぼそりと言うイルカに、カカシは少しだけ驚いた顔をした後、その言葉の意味を理解したのか、意味深なものを感じているのに、でも追求の目を見せない。
 ただ、りょーかい、とだけ言い、眉を下げ優しげに苦笑いを浮かべた。

<終>
 
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