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「イルカ先生」
 職員室で椅子に深く座り込んで書類に目を通していたイルカは、名前を呼ばれ顔を上げた。
「はい」
 そう応えると、そろそろ時間ですけど、大丈夫ですか?と付け加えられる。時計に目を向け、呼ばれていた時間が近い事を思い出した。
 主任に就いてから書類を作る事は元より、目を通す事が多くなった分、それに時間を取られる事が多くなった。つい熟読してしまっていた。
「そうですね。ありがとうございます」
 イルカの敬語に新任の教員が苦笑いを浮かべた。まあ、それだけで言いたい事は大体分かるが、主任になったからって自分の周りに対する姿勢は変らないし、変えるつもりもない。
 イルカは椅子から腰を上げ、机の上に用意してあった書類を手にとると執務室へ向かった。
 イルカ先生って優しいですね。
 職員室を去り際に耳に入った、新任の教員が別の教員に漏らした言葉に複雑な心境を覚え目を伏せる。
 第三者からの視点からの分かりやすい例えだとは言え。
 どうなんだろうなあ、と思う。
 優しいと言われる人間のその素性は、見た目通りのものを想像させているのだろうが。
 イルカは苦笑いを浮かべたその口元を、僅かに歪めた。
 廊下を歩き階段を下り、昇降口とは反対の裏口から建物を出る。
 木々の木の葉が色づき、その落葉樹から落ちた枯れ葉を踏みながら、向かっている部屋に彼が待っているという、その事実だけで体が高揚するのを覚えた。昨夜、会ったばかりなのに。会って、触れて。彼の匂いと温もりを感じ、それを今思い出している。こんな男なのだと、さっきの新任の教員を含め、誰も知らない。
 自分自身も、ずっとこんな人間じゃないと思っていた。こうなってしまったのは、想いをこじらせてしまったからだろうと、そう思う。
 今まで必死に押し隠してきたから。
 ナルトの新しい上忍師としてあの人に出会ってから、上官として、知人として接し、その距離は縮まる事はなく、逆にそこからどんどんと距離が離れていった。
 ナルトが修行の為に里を離れた時に、それは決定的となった。彼はもうナルトやサクラの上忍師ではなく、つまりは、これで自分との関係性が絶たれたのだ。
 今まで通りに駆け寄って話しかける事が出来なくなった。いつかはそうなるだろうと、頭の中では分かっていたから、心の整理をするのは簡単だった。でも、これでうやむやにしてきた彼への想いを再認識する事になった。
 そして、逆に更に彼への想いが強くなったのも、間違いようのない事実だった。
 手に入らないのなら、妥協して手に入る相手を見つけようと言うのも頭にはなかった。一人でいい。このままでいい。
 そう自分の中で見切りをつけようとしていたのに。
 相手が火影と言う手に届かない地位に就いた途端、強引とも言える行動に出るなんて夢にも想っていなかった。心が隙だらけになっていたのは認める。
 カカシからの飲みの誘いをいつものようにやんわり断り、執務室を出て行こうとしたその扉をカカシは閉めた。その素早さと、ドアを閉める強さに驚き顔を上げると、間近でカカシは苦しそうに眉根を寄せて見つめていた。
「ごめん。でも、もうそう言うのは耐えられないんですよ」
 言ってる意味、分かりますよね?
 苦しそうに、吐くようにカカシは言った。
 丁寧な言葉の中に見えたのは、カカシの隠すことなく吐露した感情。初めてそれを見た。
 黒い目を揺らしながら。戸惑い、驚きながらも心の奥底で悦びに心が震えた。
 強気な口調なのに、不安そうなカカシの顔を見たら。拒むことなんて出来なかった。元より拒む理由なんてなかった。
 イルカは扉の前で足を止める。
ノックをすると、すぐに返るのはカカシの声。イルカはその厚い扉に手をかけた。

 
「報告はこれで終わり?」
 青い目を向けられ、イルカはこくりと頷いた。はい、と応えるとカカシもまた一回だけ頷きイルカから視線を外す。持っていた資料を置き、脇にある別の書類を手にとった。
「じゃあ、最後はこれ。スポンサーに名乗りを上げてきたこの大名なんだけけど、これってあなたから見てどう思う?」
 イルカは最後の資料のページを捲る。
「特に悪い噂もなく、候補としては有力な大名です」
「この資料だけを見るとね」
 カカシの台詞にイルカは軽く肩を竦めた。
「これは部下の報告結果ですから、この書面に信頼が全くないわけがない。政治的動機がない方が逆におかしいのかと」
 なるほど、とカカシは書面に目を落としたまま小さく呟く。
「もう一人の大名は、強行派だけど、関心が薄い。そちらが問題があると、私は思います」
 カカシからの返答がない。その沈黙に目を向けると、代わりに同じ席にいた綱手が口を開いた。
「まあ、その見解は確かにその通りだな。じゃあひとまずこれは保留にして他を進めてくれ。
 書類を抱え直し背を向けたイルカに、そうだ、と綱手から声がかかる。
「もう昼だけど、一緒にどうだ」
 イルカは微笑みながら首を振った。
「いえ、この後すぐに用事がありますので」
 言うと、綱手は残念そうに頷く。
「それでは失礼します」
 ああ、ご苦労だったな。そう口にする綱手に会釈を返しイルカは火影の執務室のドアを開けた。
 肩越しに見えたカカシは、机の上で書面を見ながら縦肘をついたままだったが、イルカはその姿を見つめながら黙って扉を閉めた。

 ついさっき執務室の扉を閉める時に見えたカカシの姿から、覚えた胸のざわめきと火照りを思い出して、イルカは笑った。
 イルカを壁に押しつけながら腰を揺らしていたカカシが、イルカの胸元から唇を離し顔を上げる。
「何?」
「いえ、・・・・・・ちょっと・・・・・・何か俺たちやりすぎかなって」
 二人の関係を隠している事か、今している事、どっち?なんて意地悪な台詞を思ったのだろうが、何も言わない。それを証拠にカカシは意地の悪い薄い笑みを浮かべた。
 そこからイルカの腰を掴み、緩く突き上げる。その衝動に小さな嬌声を漏らすイルカの唇にキスをした。
「・・・・・・そう言えば、さっき綱手様が俺は、イルカ先生に当たり方がきついって」
 俺あなたに強く当たってる?
 挿入を繰り返しながら、カカシが尋ねる。ついさっきのカカシのあの態度は、自分でも分かるくらいにあからさまに感じていたから。綱手のその鋭さへの感心と、カカシの無意識に自分を意識していまっている事に、心が擽られ、聞かれた事にふっと息を漏らすように笑っていた。
 お互いに余裕はそこまでないはずなのに、何が可笑しいのか分かっていないカカシは、軽く首を傾げながら、イルカの内部を擦る快感に眉を寄せながらも微笑む。
 書庫室の薄暗く狭い部屋に、お互いの吐く息の音が響く。
「確かに、俺はあなたに残業させてるし・・・・・・」
「・・・・・・休みもろくにくれないから・・・・・・そう言う意味では当たり方がキツいですよね・・・・・・、ぁっ」
思い当たる事を口にするカカシに、そう返すと、眉を寄せながら苦笑いを浮かべた。そこからイルカの汗でしっとりとした首もとに唇を寄せた。甘い愛撫を快感を楽しむように、ゆらゆらと挿入を繰り返す。
 じれったい感覚に、イルカはカカシの背中に腕を回した。
その時チャイムが鳴り、校庭や裏庭で遊んでいた子供たちが、建物の中に移動を始める。その無邪気に笑う声や廊下を走る音が、扉のすぐ真横の壁にいるイルカの耳に、当たり前に入ってきた。カカシも反応して顔を上げる。
「・・・・・・もっと奥で、する?」
 イルカの唇を優しくついばむようにキスを繰り返しながら、気を使って尋ねるカカシに、迷いを見せながらイルカは首を横に振った。
 そんな事より自分の限界が近い。その誘惑に周りの全ての存在を閉め出したくて、イルカは目を閉じる。カカシの背中に回した腕に力を入れた。
「や、待って・・・・・・ここで、・・・・・・っ、」
 イルカの望みを叶えるように、優しくカカシは微笑むが、その笑みもまた余裕がない。いいよ、と呟くとそこから徐々に動きを早め、突き上げ始めた。
 遠くでは子供たちが授業を受けるために、上の階の教室で準備を始めているだろう。その気配を感じながら、背徳感は感じるのに、今カカシと繋がっている喜びに、聞こえる肉の音に、それもまた薄くなる。
 貫かれ、再奥に届く度にイルカの唇から声が漏れる。
「カカシさ、さ、・・・・・・も、っと・・・・・・」
 好き、大好き、前も、触って、カカシさん、
 溢れる言葉は自分でも酷いと思うが、これが本心だった。
 カカシを好きだと言う感情と、絶頂を迎える甘く痺れる感覚が重なり、感極まり目の奥が熱くなる。
 まさか、同性に肉欲を含む恋愛感情を抱くなんて、夢にも思わなかった。
 ふとカカシに出会う前の自分を思い出す。
 でも、出会わなければよかった、という思考は持ち合わせていない。
 自分は勿論、相手の立場上、この関係が露出すれば多少なりとも風評に晒される事になるだろうが、それでも、ようやく手に入れたものを手放す気はない。
 今の子供たちには到底見せられない汚い行為だとしても。どんな立場になったとしても、カカシは俺を欲してくれた。欲される。それは愛されていると同じだから。
 内部を激しく擦られ、突き上げられ、頭が真っ白になる。
 でも、普段から飄々としているカカシさんの愛が、こんなに激しかったなんて知らなかった。
 最奥に注がれる熱いものに、満ち足りた気持ちを感じながら、イルカはカカシの広い背中に爪を立てた。


<終>
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