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雨上がりの空はまだ鼠色の雲で覆われていた。見上げる北の空は青い空が広がり始めている。
一雨くるか、このままゆっくりと晴れていくのか。なんて考えながら歩くカカシの視線の先にいたのはイルカだった。
教材を抱えたイルカは足を止め、中忍仲間のイワシと話している。裏表がない、実直なイルカには友人が多く、その彼が気を許して友人と雑談する姿を見るのは嫌いじゃない。
両手をポケットに入れたまま眺めていると、向こうから一際大きな笑い声がイルカ達から上がった。
白い歯を見せるイルカは本当に可笑しそうに笑う。思わずその口元を見つめていた。
お前マジで言ってんの?それってさ、ダブル……
(ダブル……?)
歩き始めた事で背を向けられ、先に続く言葉は途切れる。結局何で盛り上がっていたか分からずまいになるが、仕方がない。頭を掻きながらカカシもまた歩き出した。
3日後、カカシは居酒屋にいた。
給料日だからと、分かりやすい名目でイルカに夕飯を誘われ、いつもイルカとよく足を運ぶ居酒屋に、少し早い時間から暖簾をくぐっていた。
お通しで出された枝豆を早速頬張るイルカを、カカシは縦肘をついて見つめる。基本どんな食べ物もイルカは美味そうに食べる。それに幸せを感じるのはおかしいのか。なんて考えていると、イルカがカカシの視線に気がついた。
「俺のも食べる?」
ニコリと微笑んで、イルカが口を開く前に自分の皿をカカシが向けると、少しだけイルカは口を尖らせた。
「俺そんなにがっついてるように見えますか」
ムッとした顔で言われ、カカシは縦肘をついたまま、眉を下げた。
「そーじゃないけどさ、先生が食べてると美味しそうにみえるのよ」
当たり前にそれが本音で、他意はない。まいったな、と軽く笑うと、イルカはその食べ物が好物でもなく、枝豆だという事に縁落ちない表情を浮かべるその顔に、思わず目を細めた。
そこに注文していた料理がテーブルに置かれる。
魚や野菜中心なのは、お互いに好みが合う料理を選んでいるから。
刺身を口に運び、ビールを喉に流し込む。他愛のない話に耳を傾けていると、イルカが会話を止めた。
「よお、何だお前も来てたのか」
手を挙げたイルカに、おお、とイルカに返事をしたのはイワシだった。直ぐにカカシに頭を下げるイワシに、グラスを持ったまま会釈を返す。
「え、何、誰かいるのー?」
イワシの背後からひょこりとアンコが顔を覗かせた。
会釈をするイルカに片手を上げるくせに、カカシの顔を目にして、何だ、とため息混じりに言うのは、相変わらずだ。
まだ時間も早く空席が目立つが、既に酒が入ったイルカは隣を促した。
相手が相手なだけに面倒臭いなあ、と思うが仕方がない。じゃあ少しだけ、と座るイワシに続きアンコも座る。
「相変わらずあんたはジジくさいもんばっかり食べてるのね」
お絞りで手を拭きながらテーブルに並ぶ料理を眺めたアンコの言葉に、カカシは、ほっとけ、と目で言うだけに留める。
深く考えずにズバズバ口にするのは昔から。悪気がないのだからある意味タチが悪い。それすら慣れているカカシは、持っていた箸で薄緑色の冷奴を指した。
「でもこれは枝豆が入ってるから好きなんじゃない?」
枝豆の優しい甘みが好きかどうかは知らないが、上忍仲間と飲んだ時にそれを好んで食べていたのはつい最近。
「え?あ、本当」
分かりやすくアンコは目を輝かせる。
これも頼んどいて、とイワシに顔を向けた。
珍しいメンバーだからか、いつも以上にイルカの酒が進んでいるような気がする。
既に焼酎に切り替えたイルカは嬉しそうにアンコの話を聞いては頷く。イワシは常に聞き役に徹しているのだろう。アンコの料理を取り分けながらも話に耳を傾けている。
にしても。
前述通り珍しい顔が揃っていると、カカシは内心関心しながらグラスを傾けた。
それなりの規模の飲み会があれば、上忍、中忍の括り関係なく飲む機会はあるが、あまり個別ではそうないし、見かける事も少ない。
(……なんか変な組み合わせ)
口に出しても仕方のない事を、一人ビールを飲みながら心で呟く。
紅とは違い、アンコは誘われなければ自分からは飲みに行かないタイプだ。酒より酒を飲む場と雰囲気が好んでいる。
てことは、上司であるアンコに相談があったとか……?
イワシに視線を向け、一人考えて見ても答えが出るわけでもない。馬鹿馬鹿しいとカカシはさっさと思考を中断する事を選ぼうとした時、アンコがグラスを持った腕を上げた。
痒い、と言うアンコに、イワシが二の腕の裏を指差す。
「あー、蚊に刺されてますね」
ほら、ちょうどホクロのとこ。
「ホクロ?えー、そんな場所に前なかったのにー」
そっち?と思う反応を見せたアンコにイワシが、でも、と口を開いた。
「大丈夫です。イルカにも似たような場所にありますから」
「だからなによ」
全然嬉しくないんだけど。
アンコの辛辣な口調は、逆に酒を含んだ空気を盛り上げる。
「アンコさんそれひでえ」
イルカがそう口にして、焼酎のグラス片手に可笑しそうに笑った。そこからゲラゲラとイルカと共に笑うイワシと、目の前に座るアンコを眺めていた時、僅かな予感が浮かんだ。それは、あっという間に見えない糸がふわりと頭で繋がり、確信に変わる。
「……なるほどねえ」
すんなりと見出してしまった答えに、呆れる。ぽつりと呟いていた。
「何、カカシ」
独り言ちたカカシに反応したのはアンコだった。
何も知ることのないアンコが、きょとんとした眼差しを含んでいるのは、本当に何も知らないからだ。
さっきまでの自分と同じように。
「いーや、別に」
反応したアンコにそう答えながら薄く笑うと、
「何それ、相変わらず気持ち悪いわね」
怪訝な眼差しに変わり、眉を寄せるとあんまりなセリフをサラリと口にした。
「あー、やっぱり暑い」
部屋に入ったイルカの第一声に、カカシは小さく笑った。イルカは暑い暑いと言いながら、一日中締め切っていた部屋の窓を開けて夜風を通す。
イルカの部屋の唯一の夏用家電と言ってもいい、年季の入った扇風機のボタンを押すと、ぶぅん、と音を立ててゆっくりと回りだした。
それでも暑いのには変わらない。イルカはベストを床に脱ぎ捨て、腕まくりをした。
「だからいい加減エアコン買えばいいんだって」
夏に入ってから何度も言った台詞を口にすると、ですよねえ、と、イルカはいつもながらの笑いを含んだ声を台所で出した。
洗いかごの中からグラスを取り、蛇口を捻って水を入れる音がした。
「でも、今日は飲んだなあ」
イルカがポツリと呟く。楽しい酒の時間を過ごしたのだろう、満足そうに聞こえる気のせいではない。
そうだね、とカカシは同調しながらイルカを見つめる。
「ダブルデートは楽しかった?」
イルカは飲みかけた水を吹き出しそうになる。気管に入りそうになったのを寸前で堪えながら、カカシへ顔を上げた。
「……え、なに、カカシさん、」
「あれ、違った?」
平然と聞き返すカカシにイルカは言葉を詰まらせた。まだそこまで長い付き合いでなくとも、カカシに下手な嘘は通用しないとイルカは分かっている。
少し意地が悪いかなと思ったが、友達と勝手にそんな事を企むイルカの方がタチが悪い。含み笑いをしながら、カカシはイルカに近づいた。
たぶん言い訳すら頭に浮かんでいないだろう、暗い部屋で黒く輝くイルカね目は明らかに困っている。まるで悪戯が母親にバレた子どものようだ。
「でも、まあいいよ」
イルカの手に持ったままのグラスを取ると、シンクに置く。自分の額当てを外し口布を下げてゆっくりと顔を近づければ、困惑しながらも、唇を薄く開けカカシを素直に受け入れた。
酒の香りに誘われるように舌を吸い絡ませると、イルカから甘い声が鼻から抜ける。イルカの伸びた腕がカカシの首に回った。積極的なイルカに応えるように。角度を変え口づけをしながら、カカシは僅かに唇を浮かす。
「……邪魔」
イルカの額当てを取り床に落とすと、唇を食み、再び口を塞いだ。
上着から指を忍ばせ上へ向かって触れていく。汗を掻きしっとりとした肌を指が触れるたびにイルカの筋肉がびくりと引きつる動きを見せた。
唇を離して耳へ移動させる。耳朶を甘く噛むと一際イルカの声が大きくなった。
「カカシさん、風呂は……」
任務帰りなら兎も角、イルカが気にするだろうとは思っていたが、いつもそうだが、そこを気にする意味が分からない。
愛撫をやめないカカシに、シャワーでも、と諦めずに呟くイルカへゆっくりと視線を向けた。
「汗かくし、どうせ最後には風呂入らなきゃいけないくらいになるからいーじゃない」
何でもない事のように言うと、カカシはイルカを抱き上げ、ベットがある寝室へ移動する。
「ちょ、待って、重いし、」
腕の中で慌てるイルカにカカシは小さく笑いを零した。
「あんたぐらいが重かったら忍なんて務まらないでしょ」
正論以外の何物でもない台詞に、イルカは返す言葉がないのか、それ以上は何も言わなかった。
広くはないアパートの部屋から部屋への移動は直ぐで、その布団の上にイルカを置くと押し倒した。
キスをし、胸を探りながら服を脱がせる。慣れてきた視界にイルカの肌が浮き立ち、思わず唾を飲んだ。カカシも同じように自分の服を脱ぎ捨てる。
初めてイルカの裸を目にした時、想像以上にイルカの身体が引き締まっていた事に驚いたのは内緒だ。
内勤でありながらもここまで鍛えているのは、日々の鍛錬の質が高い事を示している。
その健康的な肌へ指を伸ばし、覆い被さった。
左の胸を指で押さえるように撫で、右胸は口に含んだ。右手は既に下履の中に入り込んでいた。イルカのそれを握り込むと、息を詰めたのが聞こえる。濡れて零れた先走りでカカシの手が滑った。
上手いか下手かなんて考えた事もなかったけど、自分が施す愛撫でこんなにもイルカが感じている。それが分かるだけですごく嬉しい。
胸を探っていた左手を離すとイルカの腕を掴み上へ上げる。内側にあるホクロを舐め、そこをきつく吸うと、あ、とイルカが声を漏らした。下履の中で右手を器用に動かしながらイルカをうつ伏せにすると、今度は左の肩甲骨辺りを舐める。じゅ、と音を立て吸った。
「あっ」
僅かに背中をしならせるイルカに、カカシは頸から耳元へ移動させる。
「ここにあるのは、あいつも知ってるの?」
低い声にイルカは短く息を詰めながら、
「……え?」
あいつ?
意味が分からないと、首を捻って潤んだ黒い目をカカシに向けようとする。もう一度ホクロの皮膚を甘く噛むと、ひっ、と上ずった声を上げた。
「や、あっ、やっ、」
逃げ腰になるイルカを、思わず右手を離して抑え込んだ。
「ここは?」
脇腹から下がった場所にあるホクロを同じように舐めて、吸う。
「あっ、そんなとこには、」
「あるよ」
イルカの腰が揺れた。後ろから下着を脱がし再び陰茎を包み込むように握り込むと、さっきより硬く勃ち上がっていて、カカシは満足そうに微笑んだ。肩甲骨辺りのホクロを舐めると、
「もう、や、」
「ホントに?」
嫌々と頭を振られ、思わず問うていた。イルカの口に左手の指を二本、入れてしまえば答える事さえ出来ないのを知って尚、舌にある唾液に絡ませる。
「なんで?ホクロが性感帯なのって、俺は凄くそそる」
口内から指を引き抜くと、イルカの後口へ中指をゆっくりと入れた。中を押し広げれば、指は中に入り込んでいく。吸い付いてくるような中の感触に、それだけで煽られ、下半身が甘い痺れが走った。
早く、挿れたい。
これぐらいでも大丈夫かもしれないとは思っても、イルカに無理をさせるつもりもなかった。
指を二本から三本に増やし、前立腺のふっくらとした箇所を押さえながら緩やかに指を動かすと、イルカはもう一度首を捻ってカカシへ顔を向けた。
ぎりぎりの差し迫った顔を浮かべるカカシを見つめるイルカの眼差しもまた、熱で浮かされたような目をしていた。
「もう、いいから、挿れて、」
イルカの許しの言葉に、もう我慢する理由はない。
カカシは指を引き抜くと、猛った自身をイルカの後口へ突き入れた。
カカシはぐったりとしたまま意識を飛ばしてしまったイルカを見つめ、むくりと身体を起こすと、自分のポーチから煙草を取り出し火をつけた。
窓を開ける。
(……反省)
あれだけ無理をさせたくないと、そう思っていたのに。イルカのあの一言で、夢中になって腰を振ってしまった事実。
カカシは肺まで入れた煙をゆっくり口から吐き出しながら、銀色の髪をがしがしと搔いた。
もう少し優しくしようと思えば出来たのに。
自分しか知らないと思っていた事実を、事も無くイルカの友人に言われただけで、余裕がなくなったなんて。
それに加え、女から向けられる嫉妬心は鬱陶しいだけだったのに。
それと同じ事してどうするのか。
まだまだ俺も人間出来てない。
静かに寝息を立てるイルカの寝顔が可愛く思えて、カカシはそっとその唇に口付けた。
でも、ダブルデートって。
思わずカカシは苦笑いを浮かべた。でも口元に浮かぶのは苦笑でも何でもない。幸せな笑みだ。
自分には縁遠い、ふざけたものだと思っていたのに。イルカの浮かれた、嬉しそうなイルカを見たら、馬鹿らしいと思えるのに、イルカの可愛らしい人柄に。それだけで幸せに満たされたのは、気のせいではない。
イルカと付き合う事がなかったら、きっと知らないままだった些細な幸せを、イルカは自分に与えてくれる。
だから、またイルカのあの笑顔が見られるのならば。ああいうのもたまにはいいのかもしれないと、カカシは思い、もう一度イルカの唇にそっと自分の唇を重ねた。
<終>
一雨くるか、このままゆっくりと晴れていくのか。なんて考えながら歩くカカシの視線の先にいたのはイルカだった。
教材を抱えたイルカは足を止め、中忍仲間のイワシと話している。裏表がない、実直なイルカには友人が多く、その彼が気を許して友人と雑談する姿を見るのは嫌いじゃない。
両手をポケットに入れたまま眺めていると、向こうから一際大きな笑い声がイルカ達から上がった。
白い歯を見せるイルカは本当に可笑しそうに笑う。思わずその口元を見つめていた。
お前マジで言ってんの?それってさ、ダブル……
(ダブル……?)
歩き始めた事で背を向けられ、先に続く言葉は途切れる。結局何で盛り上がっていたか分からずまいになるが、仕方がない。頭を掻きながらカカシもまた歩き出した。
3日後、カカシは居酒屋にいた。
給料日だからと、分かりやすい名目でイルカに夕飯を誘われ、いつもイルカとよく足を運ぶ居酒屋に、少し早い時間から暖簾をくぐっていた。
お通しで出された枝豆を早速頬張るイルカを、カカシは縦肘をついて見つめる。基本どんな食べ物もイルカは美味そうに食べる。それに幸せを感じるのはおかしいのか。なんて考えていると、イルカがカカシの視線に気がついた。
「俺のも食べる?」
ニコリと微笑んで、イルカが口を開く前に自分の皿をカカシが向けると、少しだけイルカは口を尖らせた。
「俺そんなにがっついてるように見えますか」
ムッとした顔で言われ、カカシは縦肘をついたまま、眉を下げた。
「そーじゃないけどさ、先生が食べてると美味しそうにみえるのよ」
当たり前にそれが本音で、他意はない。まいったな、と軽く笑うと、イルカはその食べ物が好物でもなく、枝豆だという事に縁落ちない表情を浮かべるその顔に、思わず目を細めた。
そこに注文していた料理がテーブルに置かれる。
魚や野菜中心なのは、お互いに好みが合う料理を選んでいるから。
刺身を口に運び、ビールを喉に流し込む。他愛のない話に耳を傾けていると、イルカが会話を止めた。
「よお、何だお前も来てたのか」
手を挙げたイルカに、おお、とイルカに返事をしたのはイワシだった。直ぐにカカシに頭を下げるイワシに、グラスを持ったまま会釈を返す。
「え、何、誰かいるのー?」
イワシの背後からひょこりとアンコが顔を覗かせた。
会釈をするイルカに片手を上げるくせに、カカシの顔を目にして、何だ、とため息混じりに言うのは、相変わらずだ。
まだ時間も早く空席が目立つが、既に酒が入ったイルカは隣を促した。
相手が相手なだけに面倒臭いなあ、と思うが仕方がない。じゃあ少しだけ、と座るイワシに続きアンコも座る。
「相変わらずあんたはジジくさいもんばっかり食べてるのね」
お絞りで手を拭きながらテーブルに並ぶ料理を眺めたアンコの言葉に、カカシは、ほっとけ、と目で言うだけに留める。
深く考えずにズバズバ口にするのは昔から。悪気がないのだからある意味タチが悪い。それすら慣れているカカシは、持っていた箸で薄緑色の冷奴を指した。
「でもこれは枝豆が入ってるから好きなんじゃない?」
枝豆の優しい甘みが好きかどうかは知らないが、上忍仲間と飲んだ時にそれを好んで食べていたのはつい最近。
「え?あ、本当」
分かりやすくアンコは目を輝かせる。
これも頼んどいて、とイワシに顔を向けた。
珍しいメンバーだからか、いつも以上にイルカの酒が進んでいるような気がする。
既に焼酎に切り替えたイルカは嬉しそうにアンコの話を聞いては頷く。イワシは常に聞き役に徹しているのだろう。アンコの料理を取り分けながらも話に耳を傾けている。
にしても。
前述通り珍しい顔が揃っていると、カカシは内心関心しながらグラスを傾けた。
それなりの規模の飲み会があれば、上忍、中忍の括り関係なく飲む機会はあるが、あまり個別ではそうないし、見かける事も少ない。
(……なんか変な組み合わせ)
口に出しても仕方のない事を、一人ビールを飲みながら心で呟く。
紅とは違い、アンコは誘われなければ自分からは飲みに行かないタイプだ。酒より酒を飲む場と雰囲気が好んでいる。
てことは、上司であるアンコに相談があったとか……?
イワシに視線を向け、一人考えて見ても答えが出るわけでもない。馬鹿馬鹿しいとカカシはさっさと思考を中断する事を選ぼうとした時、アンコがグラスを持った腕を上げた。
痒い、と言うアンコに、イワシが二の腕の裏を指差す。
「あー、蚊に刺されてますね」
ほら、ちょうどホクロのとこ。
「ホクロ?えー、そんな場所に前なかったのにー」
そっち?と思う反応を見せたアンコにイワシが、でも、と口を開いた。
「大丈夫です。イルカにも似たような場所にありますから」
「だからなによ」
全然嬉しくないんだけど。
アンコの辛辣な口調は、逆に酒を含んだ空気を盛り上げる。
「アンコさんそれひでえ」
イルカがそう口にして、焼酎のグラス片手に可笑しそうに笑った。そこからゲラゲラとイルカと共に笑うイワシと、目の前に座るアンコを眺めていた時、僅かな予感が浮かんだ。それは、あっという間に見えない糸がふわりと頭で繋がり、確信に変わる。
「……なるほどねえ」
すんなりと見出してしまった答えに、呆れる。ぽつりと呟いていた。
「何、カカシ」
独り言ちたカカシに反応したのはアンコだった。
何も知ることのないアンコが、きょとんとした眼差しを含んでいるのは、本当に何も知らないからだ。
さっきまでの自分と同じように。
「いーや、別に」
反応したアンコにそう答えながら薄く笑うと、
「何それ、相変わらず気持ち悪いわね」
怪訝な眼差しに変わり、眉を寄せるとあんまりなセリフをサラリと口にした。
「あー、やっぱり暑い」
部屋に入ったイルカの第一声に、カカシは小さく笑った。イルカは暑い暑いと言いながら、一日中締め切っていた部屋の窓を開けて夜風を通す。
イルカの部屋の唯一の夏用家電と言ってもいい、年季の入った扇風機のボタンを押すと、ぶぅん、と音を立ててゆっくりと回りだした。
それでも暑いのには変わらない。イルカはベストを床に脱ぎ捨て、腕まくりをした。
「だからいい加減エアコン買えばいいんだって」
夏に入ってから何度も言った台詞を口にすると、ですよねえ、と、イルカはいつもながらの笑いを含んだ声を台所で出した。
洗いかごの中からグラスを取り、蛇口を捻って水を入れる音がした。
「でも、今日は飲んだなあ」
イルカがポツリと呟く。楽しい酒の時間を過ごしたのだろう、満足そうに聞こえる気のせいではない。
そうだね、とカカシは同調しながらイルカを見つめる。
「ダブルデートは楽しかった?」
イルカは飲みかけた水を吹き出しそうになる。気管に入りそうになったのを寸前で堪えながら、カカシへ顔を上げた。
「……え、なに、カカシさん、」
「あれ、違った?」
平然と聞き返すカカシにイルカは言葉を詰まらせた。まだそこまで長い付き合いでなくとも、カカシに下手な嘘は通用しないとイルカは分かっている。
少し意地が悪いかなと思ったが、友達と勝手にそんな事を企むイルカの方がタチが悪い。含み笑いをしながら、カカシはイルカに近づいた。
たぶん言い訳すら頭に浮かんでいないだろう、暗い部屋で黒く輝くイルカね目は明らかに困っている。まるで悪戯が母親にバレた子どものようだ。
「でも、まあいいよ」
イルカの手に持ったままのグラスを取ると、シンクに置く。自分の額当てを外し口布を下げてゆっくりと顔を近づければ、困惑しながらも、唇を薄く開けカカシを素直に受け入れた。
酒の香りに誘われるように舌を吸い絡ませると、イルカから甘い声が鼻から抜ける。イルカの伸びた腕がカカシの首に回った。積極的なイルカに応えるように。角度を変え口づけをしながら、カカシは僅かに唇を浮かす。
「……邪魔」
イルカの額当てを取り床に落とすと、唇を食み、再び口を塞いだ。
上着から指を忍ばせ上へ向かって触れていく。汗を掻きしっとりとした肌を指が触れるたびにイルカの筋肉がびくりと引きつる動きを見せた。
唇を離して耳へ移動させる。耳朶を甘く噛むと一際イルカの声が大きくなった。
「カカシさん、風呂は……」
任務帰りなら兎も角、イルカが気にするだろうとは思っていたが、いつもそうだが、そこを気にする意味が分からない。
愛撫をやめないカカシに、シャワーでも、と諦めずに呟くイルカへゆっくりと視線を向けた。
「汗かくし、どうせ最後には風呂入らなきゃいけないくらいになるからいーじゃない」
何でもない事のように言うと、カカシはイルカを抱き上げ、ベットがある寝室へ移動する。
「ちょ、待って、重いし、」
腕の中で慌てるイルカにカカシは小さく笑いを零した。
「あんたぐらいが重かったら忍なんて務まらないでしょ」
正論以外の何物でもない台詞に、イルカは返す言葉がないのか、それ以上は何も言わなかった。
広くはないアパートの部屋から部屋への移動は直ぐで、その布団の上にイルカを置くと押し倒した。
キスをし、胸を探りながら服を脱がせる。慣れてきた視界にイルカの肌が浮き立ち、思わず唾を飲んだ。カカシも同じように自分の服を脱ぎ捨てる。
初めてイルカの裸を目にした時、想像以上にイルカの身体が引き締まっていた事に驚いたのは内緒だ。
内勤でありながらもここまで鍛えているのは、日々の鍛錬の質が高い事を示している。
その健康的な肌へ指を伸ばし、覆い被さった。
左の胸を指で押さえるように撫で、右胸は口に含んだ。右手は既に下履の中に入り込んでいた。イルカのそれを握り込むと、息を詰めたのが聞こえる。濡れて零れた先走りでカカシの手が滑った。
上手いか下手かなんて考えた事もなかったけど、自分が施す愛撫でこんなにもイルカが感じている。それが分かるだけですごく嬉しい。
胸を探っていた左手を離すとイルカの腕を掴み上へ上げる。内側にあるホクロを舐め、そこをきつく吸うと、あ、とイルカが声を漏らした。下履の中で右手を器用に動かしながらイルカをうつ伏せにすると、今度は左の肩甲骨辺りを舐める。じゅ、と音を立て吸った。
「あっ」
僅かに背中をしならせるイルカに、カカシは頸から耳元へ移動させる。
「ここにあるのは、あいつも知ってるの?」
低い声にイルカは短く息を詰めながら、
「……え?」
あいつ?
意味が分からないと、首を捻って潤んだ黒い目をカカシに向けようとする。もう一度ホクロの皮膚を甘く噛むと、ひっ、と上ずった声を上げた。
「や、あっ、やっ、」
逃げ腰になるイルカを、思わず右手を離して抑え込んだ。
「ここは?」
脇腹から下がった場所にあるホクロを同じように舐めて、吸う。
「あっ、そんなとこには、」
「あるよ」
イルカの腰が揺れた。後ろから下着を脱がし再び陰茎を包み込むように握り込むと、さっきより硬く勃ち上がっていて、カカシは満足そうに微笑んだ。肩甲骨辺りのホクロを舐めると、
「もう、や、」
「ホントに?」
嫌々と頭を振られ、思わず問うていた。イルカの口に左手の指を二本、入れてしまえば答える事さえ出来ないのを知って尚、舌にある唾液に絡ませる。
「なんで?ホクロが性感帯なのって、俺は凄くそそる」
口内から指を引き抜くと、イルカの後口へ中指をゆっくりと入れた。中を押し広げれば、指は中に入り込んでいく。吸い付いてくるような中の感触に、それだけで煽られ、下半身が甘い痺れが走った。
早く、挿れたい。
これぐらいでも大丈夫かもしれないとは思っても、イルカに無理をさせるつもりもなかった。
指を二本から三本に増やし、前立腺のふっくらとした箇所を押さえながら緩やかに指を動かすと、イルカはもう一度首を捻ってカカシへ顔を向けた。
ぎりぎりの差し迫った顔を浮かべるカカシを見つめるイルカの眼差しもまた、熱で浮かされたような目をしていた。
「もう、いいから、挿れて、」
イルカの許しの言葉に、もう我慢する理由はない。
カカシは指を引き抜くと、猛った自身をイルカの後口へ突き入れた。
カカシはぐったりとしたまま意識を飛ばしてしまったイルカを見つめ、むくりと身体を起こすと、自分のポーチから煙草を取り出し火をつけた。
窓を開ける。
(……反省)
あれだけ無理をさせたくないと、そう思っていたのに。イルカのあの一言で、夢中になって腰を振ってしまった事実。
カカシは肺まで入れた煙をゆっくり口から吐き出しながら、銀色の髪をがしがしと搔いた。
もう少し優しくしようと思えば出来たのに。
自分しか知らないと思っていた事実を、事も無くイルカの友人に言われただけで、余裕がなくなったなんて。
それに加え、女から向けられる嫉妬心は鬱陶しいだけだったのに。
それと同じ事してどうするのか。
まだまだ俺も人間出来てない。
静かに寝息を立てるイルカの寝顔が可愛く思えて、カカシはそっとその唇に口付けた。
でも、ダブルデートって。
思わずカカシは苦笑いを浮かべた。でも口元に浮かぶのは苦笑でも何でもない。幸せな笑みだ。
自分には縁遠い、ふざけたものだと思っていたのに。イルカの浮かれた、嬉しそうなイルカを見たら、馬鹿らしいと思えるのに、イルカの可愛らしい人柄に。それだけで幸せに満たされたのは、気のせいではない。
イルカと付き合う事がなかったら、きっと知らないままだった些細な幸せを、イルカは自分に与えてくれる。
だから、またイルカのあの笑顔が見られるのならば。ああいうのもたまにはいいのかもしれないと、カカシは思い、もう一度イルカの唇にそっと自分の唇を重ねた。
<終>
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