顔を合わせたのはたまたまだった。
 昨日は残業したから今日は早く切り上げたくて。明日の授業の準備もそこそこに職員室を後にする。
 外に出て商店街の方へ向かう道へ足を向けて。自分の名前が呼ばれ振り返る間もなく、勢いよく背中に抱きついてくる。顔を見るまでもない、ナルトだった。
 ここ最近は、顔を合わせる度に任務の内容や鍛錬に文句ばかり口にしていたのに、今日はすこぶる機嫌が良く。任務が上手く行ったのか。良いことだと思っていれば、
「今日カカシ先生がラーメン奢ってくれるんだってば」
 嬉しそうに興奮気味に言われ、その理由を知る。相変わらずの理由に、そしてナルトらしく、何となく身体の力が抜けた。
 しかしそこを同調しない訳にはいかない。
「良かったな」
 そう返しながら金色の髪を混ぜっ返すように撫でれば、ナルトは笑顔を見せる。丸で犬の様だと思っていれば、どーも、と歩み寄ったカカシから声がかかる。イルカは慌てて会釈をした。
 笑顔で頭を下げながら、何となく不本意に思うのは、別にカカシが嫌いというわけではないが。とりあえずこの場を去りたい気分になった時、
「先生も一緒にどう?」
 言われ、へ?と思わず返していた。そこから、えっと、何が、でしょうか、と改めて聞き返すイルカに、カカシはポケットに手を入れながら、ラーメンです、と言う。誘われた事にイルカは焦った。
 夕飯は外で食べるか自炊にするか、特に考えてもなかったが。答えに迷えば、今帰りなんでしょ?と追加される。
「いや、でも今日は家で食べようと、」
 断る理由を探したくて出任せとも言えないこともないが、そんな事を言えば、ナルトが、えー!と不満そうな声を上げた。先生も一緒に食べようよ!と顔を急かすように言われ、確かに、アカデミーを卒業してから、この三人と時間をとって話す事少なくなり、嬉しくもあるが。
 困った顔をすれば、
「俺が奢りますから」
 そう追加され、そこはイルカは慌てて首を横に振った。
「いや、自分の飯代くらいは自分で払えます」
 強く主張すれば、じゃあ決まりね、とカカシがにっこり微笑む。
 墓穴を掘った事に後悔する間もなく、ナルトやサクラに背中を押される。イルカは一緒に歩き出す他なかった。
 カウンターの席にはまばらに客が座っていて、必然的にテーブル席に向かう。
 カカシが座った、その対面した場所に座る。そう心の中で思い足を進めた時、
「先生はここね」
 カカシにぐいと腕を引っ張られた。引っ張られるままに、イルカはカカシの横に座る。そして、これが予想出来ていたのに、困惑した。
 そう、カカシの事は嫌いではないが。苦手だった。ナルト達の上忍師として顔を合わせてから。頻繁に声をかけてくれるのは嬉しいが。それはアスマや他の上忍とそこまで変わらないが。カカシはそんな上忍達とは何かが違っていた。
 今回も席はどこだっていいのに。隣に座らされ、そこまで広くないから、きゅうくつになるから自分は対面でいいのに。隣同士だとカカシとの距離が近くて。カカシが動けば、当たり前に膝が当たる。イルカは困った様に眉を微かに寄せた。
 この前もそうだった。一緒に飯に誘われて、残業があると断ったら。終わるまで待っていると、職員室に居座られた。
 静かにしてくれていたが、じっとこっちを見つめる目線がどうにも気になって、残業に集中出来なかった。止めて欲しくて視線を送れば、にっこり微笑むし。邪気のない笑みにそうそう非難も出来ず、それに耐えるしか出来なくて。
 部下として気に入ってもられているとは思うが。相手が上官なだけに、こっちはどう接していいのか分からない。
 こんな風に悩んでいても仕方ないのか。
 思い込むイルカに、はい、とカカシからメニューを渡される。
「先生は何頼む?」
 優しい眼差しで聞かれ、その距離に、カカシの表情に、慌ててイルカはカカシからメニューを受け取った。

 勘定を済ませ、家に帰る子供達を見送る。
 自分も帰ろうと思えば、カカシが歩き出すから、イルカもまた同じように並んで歩いた。
 歩きながら、そっとカカシの横顔を見つめる。何を考えているのか、その思考を読もうとしても、当たり前だが、見えない。
 その青みがかった目が、ふとこっちを向く。イルカはぎくりとした。視線を外そうとすれば、ねえ、とカカシから声がかかる。
「この後飲みにいかない?」
 え?と聞き返せば、ほら、先生残業続きで俺と中々時間合わないし。そう言われ、イルカは困った。
 正直カカシのこの距離感はどうしていいのか分からない。時々、自分の反応を見てからかっているようにも見える。それは、中忍試験のあの件があったからなのか。
 言いたい事があるならはっきり言ってくれた方が自分としては、そっちの方がいい。
 またしても答えに迷うイルカに、カカシの手が伸びる。イルカの手を握った。
「ね?」
 今まで腕を掴まれたり、裾を引っ張られたりするような事はあったが。こんな風に手に触れられたのは初めてで。ぎょっとした。目の前で堂々と握られるこの光景は、気のせいだと思いたくなるが、到底思えない。
「あのっ」
 自分から、思った以上の大きな声が出る。それに内心驚くが、言うなら今しかない。そう思った。カカシへ勢いよく顔を向ける。
「俺、なんかしましたか?」
 イルカの問いに、カカシは握った手を離しながら、不思議そうな顔をする。
「なんかって、何が?」
 真っ直ぐ見つめられ、イルカは眉を寄せた。だから、とまた口を開く。
「だって、カカシさん俺にやたら声かけてくるし、からかうっていうか、構ってくるから、」
 言葉を選んで上手く説明したくとも、上手く説明出来ていないのは、自分でも分かった。情けないが、カカシを前にすると、いつもこんな感じだ。自分はコミュニケーションは上手い方だと思っていたのに。
 カカシは。少し驚いた顔をしたまま、じっとこっちを見ていた。そこから、ああ、と何となくこっちの言いたいことが理解出来たのか。そんな相づちを打つ。
「からかったことなんか一度もないよ」
「え、」
「でも、好きな人に構いたいって思うの普通でしょ?」
 その言葉に、あれ、と思えば、カカシは続ける。
「先生が好きだから声かけたいし、一緒にいたいって思うし、」
「あの、」
「先生は俺に構われるの嫌だった?迷惑?」
「いや、」
「俺に好かれるのは、嫌?」
「それは、」
 カカシの言葉に、はっきりと理由が分かったのに。教えてもらったのに。
 ちょっと自分の中では意外過ぎて。困惑しながらも、顔がじわじわと熱くなる。自分から聞いておいて、答えず顔を真っ赤にしていては駄目だ、と思い直す。
「わ、分かりましたっ」
 何か返さなくてはと思い、出たのは、こんな言葉だった。自分自身が言った言葉に。あれ、と思うが。
 カカシはその台詞に、満足そうに微笑む。
「じゃ、行こっか」
 再び手を取られ、優しく握られるも、これは、カカシが自分を好きだからと分かればこそ、しかしどうしようもなく恥ずかしいが。ふりほどけない。
 そう、カカシの対応に困ってはいたが、聞かれた通り、自分は迷惑でも、嫌でもなくて。
(・・・・・・これは、困った)
 手を引かれがながら、イルカはカカシの背中を見つめながら。そんな事を思った。

<終>
 
 
 
 
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