カカイルワンライ「俺たち付き合ってたんですか?」

 イルカは報告所がある建物へ足を向けながら歩く。昨夜の雨で気温がぐっと下がり頬を撫でる風も冷たいが、そんなのはどうでも良かった。
 胸の奥が苦しくて、どうにもならない。その苦しさを吐き出したくてため息を漏らすが、変わるわけがなく。まだ定時ではなく仕事が残っている。さっさと報告所へ帰って仕事を再開しなきゃならない。分かっているのに足が重い。
 イルカはまたため息を吐き出した。
 
 カカシに告白したのは自分だ。
 自分とは真反対の性格で、ましてや中忍試験のあんなことがあって。忍びとしてカカシを尊敬していたがそれだけの存在だったのに。
 ナルトから聞く人柄は意外にもしっかししていて、それでいて優しい一面を目にして、迂闊にも胸がときめいた。いや、いい歳した男が、同性の、しかもあのはたけカカシにときめくとか、どうかしてると自分でも思ったが、想いは募るばかりで。上官ではあるものの元々そこまで関わりがあるわけではない。だから。思い切って告白した。
 あまり知るわけでもない相手の、カカシの反応は想像出来なかった。でもまあ、さらっと断られても当然だとは思っていたのに。
 好きだと告白したイルカを前にして、少しだけ驚いた顔をしたが。その少しの間の後、いいよ、と口にした。
 舞い上がっていた。
 そりゃそうだ。好きな人に告白してOKをもらえたら誰だって嬉しいに決まっている。
 自分と違って感情がそこまでが顔に出ないタイプで、口数も少ない。違いがあれど、共通点もあり、それが嬉しくて。
 なのに。
 ーーカカシの気持ちが分からない。
 
 ついさっき、報告所にカカシが顔を出した。真っ直ぐ自分のところに来たカカシに報告書を手渡され。それを不備がないか確認して、受理して。「今日はもう待機ですか?」
 今日の予定を聞きたくてこっそり聞けば、カカシはポケットから出した手で銀色の髪を掻き、いや、と短く答えた。
「別の任務で火影様に呼ばれてて」
 その言葉に、そっかあ、と内心残念に思うも立て続けに任務をこなすカカシに頭が下がる。お疲れさまでした、と労いの言葉をかけ、いつものようにカカシの後ろ姿を見送りながら。一瞬迷ったが、イルカは立ち上がる。報告所を後にしたカカシの後を追った。
「カカシさん」
 名前を呼ぶとカカシが足を止め、振り返る。イルカを見て、少しだけ不思議そうな顔をした。
 その通り、どうしたの?と口にするカカシに。歩み寄ったイルカは、自分で呼び止めたくせに、どう切り出したら分からなくて、あの、と言いながらも、一回口を結んだ。そして、よし、と心の中で決意して鼓舞するように呟く。辺りに誰もいないことを確認し、そこから一歩踏み出しカカシへ腕を伸ばす。ぎゅっと抱きしめた。
 カカシは着やせして見えるんだと、つき合ってから初めて知った。自分より逞しいカカシの胸。
 驚きに、少しだけカカシの体が固くなったのが分かったが、構わなかった。抱き締めることでカカシの温もりと、匂いを感じ。それだけでとくとくと心臓が鼓動を打つ。そこから、イルカはぎゅう、とカカシの背中に回していた腕に力を入れた。
「任務、頑張ってください」
 言えた。
 報告所では、当たり前だが仕事としての対応しかできなくて。ただでさえ互いの仕事で時間が合う日も少ない。少しでも恋人らしいことがしたかった。
 恋愛経験が少ない自分が考えた精一杯の恋人としての行動。
 きっと自分の顔は真っ赤だ。
 そこからゆっくりと腕を離し、カカシを見つめる。
 恥ずかしさにどうにもならないが、じっと見つめるイルカに、カカシは、驚いた顔のままこっちを見つめ返していた。そこから暫くして、ぎこちなくイルカから目を逸らす。うん、と小さく口にするだけで。そのまま背中を見せ歩き出すから、それ以上の反応を見せないカカシに、また口を開いていた。
「俺たちつき合ってるんですよね?」

 それがさっきの事。
 自己嫌悪に包まれていた。
 別に期待していたわけじゃない。でも、カカシは抱き締め返してもくれなかった。
 いや、期待していなかったと言えば、それは嘘だ。だって俺たちは恋人通しで。それなりにやることもやってるし。だから期待して当然で。
 でも、反対に何かを期待している自分が嫌になる。カカシが相手だからじゃない、誰に対しても何かを期待して行動するような事はするなと子供たちにも教えている。
(・・・・・・でもなあ)
 北風が冷たく吹く季節、だからと言う訳じゃないが、人肌寂しくなるし、人が見ていなければ、出来ればカカシと手を繋ぎたい。セックスをする時意外でもカカシの温もりが欲しい。外で触れたら、あの綺麗な指先はきっと自分より冷たいのだろう。
 こんなに自分が貪欲だったなんて。自分を卑しいと思う。でもそれはカカシの事が好きだからで。
 間違った事はしていないと思うのに。カカシの反応のなさにあんな事を言わなければ良かったという後悔がむくむくと頭をもたげる。
 でも、仕方ないか。自分にそう言い聞かせるように心で呟く。こされ嫌われてたらもうそれまでだ。
 身を包む風の冷たさがそこまで寒くもないのに、何故だが悲しくて、イルカは報告所に戻る足を早めた。

 翌日もまた受付だった。
 その日は報告所は込み合っていて、ようやく列が途切れた頃にカカシが顔を出す。
 昨日の今日で気まずくないわけがない。それはカカシも一緒だろうに。それでもカカシはイルカの前に立ち報告書を差し出すから、イルカはそれを受け取った。
 カカシの書いた報告書に目を通しながら。昨日の事を謝るべきだと分かっているが。ちらとカカシを見れば、いつもの眠そうな目はこっちへ向けられていて、視線が合う。あんな事があったから、こっちを見ているとは
思わなくて。思わずイルカは目を外し紙面へ視線を戻す。
 どんな理由にせよ、任務前に不快な思いをさせたのは間違っている。
 昨日はすみませんでした。
 受理し終えたらそれを伝えよう。
 心の中でそう決めて、報告書へ確認済みのサインを書き記し、顔を上げ。
 気が付けば、目の前に立っていたカカシの顔が目の前にあった。
 え、と思う間に、椅子に座っているイルカにカカシの腕が伸びる。
 何が起こったのか分からなかった。抱き締められる強さに、そして不意過ぎて、うわ、と上擦った変な言葉が自分の口から出る。
 ペンを持ったまま、カカシに抱き締められ、何をされてたのか分かっていても、状況が理解できない。頭が真っ白になりかけた時、
「つき合ってます」
 抱き締めたまま、カカシが耳元でぼそりと呟く。そしてイルカを抱き締めていた腕を解いた。
 固まったまま返事も出来ないイルカに、じゃあね、と言うとカカシは報告所を後にする。
 周りの同期や上忍の好奇や驚きの色を含む視線を浴びながら、今のがカカシの返事だと分かるも。
「・・・・・・今じゃねえだろ」
 顔を真っ赤にしながら。姿が見えないカカシに、そう呟くしかなかった。

<終>

 
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