What do you like?

 俺イルカ先生の事が好きだなあ。
 カカシがそう口にしたのはナルトの上忍師として出会ってすぐだった。
 執務室で用事を済ませて建物から出て。そこでたまたま居合わせたカカシと挨拶と交わした後に言われ、きょとんとしたのを覚えている。
 この人は少し変わっていると思っていた。いや、上忍事態変わり者の集まりなのだけど、カカシは想像していた人物像とかけ離れていたせいもある。他国に名が知れ渡り、里一の忍であり、遠目で見かけた時は表情がない、読みとらせない、そんな人に見えたから。
 だから、ナルトの上忍師になると聞き、ナルトの師としての不安はあったものの高揚し、そして自分との顔合わせの時は酷く緊張した。子供たちの為にも悪い印象は与えたくない、が本音だった。
 その時のカカシは想像通り口数が少なく、挨拶は返してくれたものの、後は、うん、とか、そんな相づちだけで、予想はしていたものの、酷く落胆した。
 だけど、その後からだ。そんなカカシが自分に声をかけるようになってきたのは。
 おはよう、から始まり。天気がいいね。あったかいね。今日はちょっと寒いね。今日はこっち(受付)なんだ。とか、七班の任務の話とか、気を使ってこちらから声をかける前にかけてくる。
 ただ、七班の任務の話を聞けるのは有り難たく、思った以上に人懐こい人なんだなあ、とそんな風に思っていた時に冒頭の台詞を言われて、好きと言う悪意はない言葉だが、どう受け取ったらいいのか分からなくて、曖昧に笑顔を浮かべた。
 ただ、正直、嫌いと言われるよりずっといいとは思った。
 嫌われていないのだから声をかけてくるんだろうし、笑顔を向けてくれるんだろうし、夕飯に誘ってくる。
 どこかで顔を会わせるだけで嬉しそうに微笑み歩み寄ってくる。
 すごい上忍である事には違いがないのに、自分に向ける笑顔はいつも優しい。
 同僚に、お前狙われてんじゃねえの、気をつけろよ、なんて言われたが、鼻で笑った。
 どちらかと言うと自分に懐いてくる子供達と同じ感覚だった。同僚たちが言うような身の危険なんて微塵も感じない。確かに、好きです、先生大好き、と口にするのもしょっちゅうで、その回数の多さから挨拶程度の重みしか感じない。
 そう、当初言われて驚いたものの、今や挨拶代わりようなものになっていた。

「はたけ上忍の好きなものが何か知ってますか?」
 そんなある日、後輩のくノ一に聞かれた事に、イルカは瞬きをした。
 その表情から、きっとカカシに好意を持っていて聞いてきたのは明らかだった。事実、カカシは誰よりも女性にモテていた。一緒に飲みに行って素顔を見た時は、こりゃモテないはずがない、と内心納得したぐらいだ。本人は普段から素顔を隠しているし、至って何も気にしていない感じだったが。
 合コンのメンバーに誘って欲しいとかどんな女の人がタイプかとか、そんな事は過去言われた事があったけど、好きなもの。そう聞かれたのは初めてだった。
 イルカは思わず考えるように視線を落とした。甘いものは好きじゃないと言う事は知ってはいた。あと、同じように食べ物の好みも。意外と自分を似た食べ物が好きで、酒の好みも一緒だった。
イルカはカカシとの会話浮かべ思考を巡らせる。食べ物以外は、
「・・・・・・犬・・・・・・かなあ」
 ぼそりと呟くと後輩のくノ一が、納得したように、頷いた。
「確かに、そうですよね」
 やった、と続けたのは、自分も犬が好きだからだろうか。
「ごめん、そんくらいで。まあ、直接聞いてみてもいいとは思うけど」
 言うと後輩が少しむっとした。
「聞けたらイルカ先輩に聞いてないです」
「ああ、そうか。すまん」
「いえ。でもありがとうございますっ」
 可愛らしい笑顔を浮かべてぺこりと頭を下げられる。どこか嬉しそうに小走りで走って行くその後ろ姿を見つめた。
 
 カカシさんの好きなもの。
 ビール、魚、特に秋刀魚の塩焼き。野菜も好き嫌いなくて、特に茄子が好きで。一楽は醤油ラーメン。果物はそこまで好んで食べないとは言っていた。
 冬にみかんは段ボール買いをすると言ったら、カカシは呆れたような顔をした後、笑った。
 イルカは授業の片づけを終えて廊下を歩く。
 改めて考えてみて、いつも口癖のように自分に向けて好きだ好きだと言うんだけど。何が好きなのか、今度聞いてみよう。また同じように聞いてくる人がいるのかもしれない。
 廊下を降りる。書庫に教材を戻す為に廊下を曲がった時、僅かに開いていた窓から聞こえた声に、足を止めていた。
「はたけ上忍は好きなものとか・・・・・・ありますか?」
 後輩の声。自分と話していた時とは全然違う。緊張した声に、自分も何故か緊張して顔を外へ向けると、わずかに銀色の髪が見えた。
 ああ、本当に聞いてるんだ。
 立ち聞きするつもりはなかった。
 ただ、カカシが何が好きか。それだけを知りたくて。
「・・・・・・ないよ、別に」
 落としかけていた視線を上げていた。
「え、ないんですか・・・・・・?」
 後輩の戸惑う声。
「うん、ない。それだけ?」
 突き放した言い方だと思った。
 すぐに離れていくカカシの気配と、その後に後輩の気配もまた消える。
 イルカは歩き出した。書庫室で借りていた教本を本棚に戻す為に腕を伸ばす。
 ない。
 躊躇なくはっきりと言い放ったその言葉が、何で頭から離れないのか分からない。
 ーー何で胸が痛いのかも。
 本棚から腕を下ろしそのまま目を伏せる。視線を床に落とした。
 会えば毎日のように。
 挨拶代わりのように。
 俺に向かって言うくせに。
(って、・・・・・・何を期待してんだ・・・・・・俺)
 そこまで思ってイルカは眉根を寄せた。
 こんな事で傷ついている自分が馬鹿らしい。
 馬鹿らしいのに。
 やっぱり胸が痛くて。
 気が付かないふりをしても、痛い理由が、嫌でも分かる。

 からから、と扉が開いた音がした。
「あ、先生ここにいたの」
 カカシの声に身体がびくと反応する。
 さっき職員室で聞いたらここじゃないかって聞いて。ねえ、もう帰れそう?一緒に帰ろう?
 いつも通りの台詞に、嬉しそうで優しいカカシの声。
 イルカは背を向けたまま、唇を結んだ。
 返事をすればいいのに、何を言ったらいいのか。心の整理が出来ていなかった。
「イルカ先生?」
 呼び方があまりにも優しくて、かあ、と顔が赤くなる。それを抑えたくてぎゅっと目を瞑ると、人影が出来る。目を開けるとカカシがのぞき込んでいて驚いた。
「どうしたの?顔、真っ赤」
 不思議そうな顔で見つめられ、反応するように顔が熱くなった。思わず視線を逸らしていた。そこから無理矢理笑顔を浮かべる。
「何でもないですよ。俺まだちょっとやること残ってるんですけど、」
 話題を逸らすと、カカシは少しだけ戸惑った顔をしたが、いつもの表情にすぐに戻る。
「うん、いいよ。待ってる」
 今日はどこの店行く?
 二人で書庫室を出て、少しだけ先を歩きながらカカシは尋ねる。
 いつもの距離で、いつもの会話に、胸がどきどきと鳴りそれが聞こえるわけがないのに、イルカは自分の胸を手のひらで押さえた。
 今更、カカシといるだけで世界が違って見える。
 そんなカカシの後ろ姿を。逞しい広い背中を見つめ、
 
 カカシさん。貴方はーー何が好きですか?

 イルカはそっと心で呟いた。

<終>
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