焼ける

雨が降り続いていた。
里に入って少しは雨の勢いは弱まったものの、止まない雨に体は冷たくなってきていた。
真っ直ぐ向かう先は暗部の使う専用の建物。
血と泥と雨で濡れた服を、そこで処分すればいいと、一緒に任務に就いていた暗部と共に建物の中に入った。
髪からぽたぽたと滴が落ちる。歩くだけで床も濡れていく。
張り付く服の気持ち悪さに顔を微かに顰めたカカシに、声がかかった。
「先輩、タオル。使ってください」
「あぁ、悪いねテンゾウ」
顔を上げ、面を取ったテンゾウからタオルを受け取る。
濡れた全身を適当に髪だけ拭いて、ベストを外した。机の上に無造作に置く。
後輩はタオルで丁寧に自分の身体を拭いている。カカシはそれに構うことなく、肌に張り付いている上着を勢いよく脱いだ。
軽く頭を振る。
濡れた上着を用意されている専用のゴミ箱へ放り込むと、奥の棚へ足を向ける。背中を向けた途端、
「先輩、それーー」
と声がかかる。途中まで漏らしてしまった自分の言葉をテンゾウは止め、口を結んだのが分かった。
すみません、と何も反応していないカカシにそう小さく呟いたのも聞こえ、カカシは小さく笑いを零す。
カカシは目的のサイズの合った服を見つけると、手に取り着込みながらテンゾウへ振り返った。
「なんで謝るの」
そう口にしたカカシの言葉に、複雑な表情を浮かべて、テンゾウはまた口を固く結ぶ。
暗部を抜けてだいぶ経つが。
相変わらずな後輩の行動に、カカシは呆れるように口元を上げた。
「相変わらずだよね、お前」
思った事を口にすれば、今度は困ったように眉を寄せる。
カカシは吹き出すように笑った。
怪訝そうな表情を含んだ後輩の目にタオルで頭を拭きながら、でもさ、とカカシは続ける。
テンゾウを見た。
「ちゃんと言ったら?」
挑戦的な口調にまた困った表情を浮かべたが、少しの間の後、テンゾウは口開いた。
「そんな風に傷をつける恋人なんて......珍しいですね」
ようやく口にした後輩の意見に、
「うん、情熱的でしょ」
と、カカシは微笑みながら応える。
濡れた自分のベストを手に取ると、カカシは部屋の入り口に向かった。
そこでテンゾウに振り返る。
「......恋人じゃないけどね」
驚きに目を丸くしたままのテンゾウに片手を上げ、報告よろしくね、と告げるとカカシは部屋を出た。

飛躍を繰り返して町中へ近づいた時、小雨になっていたが。雨が止んでいた。
道へ降り、歩き始める。
背中がむずむずするのは、さっきあんな会話をしたからだろうか。
まだ生傷に近いその背中の傷は、着替えたばかりの乾いた服で擦れ、微かにカカシの痛覚を刺激した。
 そんな風に傷をつける恋人なんて、珍しいですね
後輩の台詞が頭に浮かぶ。
恋人でなければ遊郭の女相手かと、普通は想像するが。
遊郭の女が客に傷を付けるはずがない。
客が望めば話は別だが。
(そんな風に思われてたら、どうしよっかね)
勝手に思ってカカシは小さく笑う。
抱いた時のイルカの顔を思い出す。あの黒く潤んだ瞳。
それだけで背中が震えた。
イルカは自分の事をどう思ってるのだろうか。
考えた事もなかった事をふと思いながら、顔を上げる。
雨は上がったが。まだいつでも降り出しそうなどんよりとした雲に、空一面覆われている。
そういえば。
イルカと初めて会った時もこんな雨上がりの日だった。


まだ上忍師に就く前。正規に移ってはいたが、単独任務が主だった。
雨の中の戦闘。
相手の返り血は雨でほとんど流れていたけど、泥でまみれた姿で里に帰還した。
(......寒い)
蒸し暑いくらいの気温なのに。
雨具代わりに羽織っているコートの上から自分の腕で身体を包んでみるが、寒さは酷くなる一方で。
足も重い。
帰還後の報告は必須だと頭では分かっているのに。
身体が動かなかった。
(少しだけ)
人通りの少ない道。背の高い雑草が多い茂るその場所に、崩れるようにカカシは座り込んだ。
風邪を引いたわけでもないし眠いわけじゃない。
疲弊してはいるが、帰還前に兵糧丸を口にした。
考えたってこの状況は変わらないと、カカシは考える事を手放して、濡れた草の中に、身体を横たえた。
地面もまた、冷たく虚ろな気持ちになるが。重くなる瞼に目を閉じた。
(寒い......)
意識を離したいのに眠れない。
薄く目を開ける。
日が沈み、薄暗くなる景色をぼんやりと見つめた。
このままここで一晩過ごす事を、覚悟した時。
聞こえる足音。
(......草履)
気配を消そうとも思ったが。やめた。
再びカカシは瞼を閉じる。
だって、たぶん気がつかない。歩き方からして、忍びではない。
そう思っていたのに。
足音はカカシの近くで止まった。
「あの」
声に反応するように目を開ける。
ぼんやりカカシの目に映るのは、黒く長い髪に、着物。その相手の口元が開く。
「どうしました?」
動く口元を見つめてみるが、関係のなさそうな女にどう説明したらいいのか分からない。
放っておいて欲しい。そう思ったのに。
手が伸びカカシの手を握った。
指先まで冷たくなったいた手が、相手の温もりに包まれる。
「......寒い」
気がつけば、口を開いていた。
「え?」
相手の腕を掴み、自分の腕の内に引っ張り込んだ。そこからそのまま抱きしめる。
手を握った時より比べものにならない位の暖かさが身体を包む。
「ちょっと、やめ、」
相手が驚き声を出すが、手放したくなかった。更に抱き込む腕に力を入れる。
「寒いの。お願い。俺を暖めて」
相手の顔をのぞき込んだ。懇願するように見つめれば、黒い目がカカシをじっと見つめた。
返答がないのは了承してくれたからか。
カカシは覆面を下ろして相手の口を塞ぐ。暖かい相手の舌に自分の舌を絡めた。口を離して首もとに唇を押しつける。
「......ぁっ」
相手の身体が強ばった。が、強い抵抗は示さない。
着物を着ていたから、この女は商売女か。
そうじゃなくとも、この温もりを離したくない。
(......抱きしめて。俺を、抱きしめて)
口に出す前に相手の腕が伸びカカシの背にまわる。
カカシもまたその名前も知らない相手を抱き返した。
そこから草の上に相手をぐいと押し倒した。
「あ、......ちょっと、」
驚きに黒い目を丸くする。
本能に流されるままに、相手を求めたカカシは性急に相手のはだけた着物の裾から手を入れ、太股をまさぐった。
相手の身体が引き攣るように硬くなるが、構ってられなかった。
次第に自分の身体が暖かくなるのを感じる。
生きている実感。
着物の服を両手で胸元を広げて。
そこでカカシは手を止めた。
あるはずのものが、そこにはない。
「......男?」
思わず聞いていた。
されるがままになっていた相手は、少し睨んだような眼差しで、はい。と小さく答えた。
黒い艶のある肩まで下ろした髪に、浴衣。
カカシはその姿を見下ろしながら、微かに眉を顰めた。
「紛らわしい......」
呟くと、抗議するような眼差しが返ってくる。
「勝手な事を。それに、あなたが抱きしめてって言うから」
そこでまた気がつく。
そう。この男の温もりがもっと欲しい。
カカシは腕を伸ばして相手を再び抱きしめた。
(あったかい)
腕を離し、じっとしている相手の顔を見る。
「でもいいや。俺に抱かれて?」
は?と開いた口をカカシは塞いだ。
そこでようやく危機感を感じたのか。初めて抵抗らしい抵抗を示したが。
カカシは手を止めなかった。
「あんたがいい。だから、お願い」
それが自分の答えだった。
「抵抗しないで」
女しか知らなかったけど。やることは同じだ。
カカシは相手の肌に手を這わせる。微かに震える相手のその日焼けした肌に唇で触れた。
冷たかった唇から伝わるこの男の暖かさから、凍っていた心が解けるような感覚を覚える。
暖かい。
もっとーーずっと。触れていたい。
もしかしたら、相手は初めてかもしれない。
そう思ったが、止められなかった。
だって、触れる全てが気持ちがいい。
最初は温もりだけでいいと思っていたのに。
草むらの中で相手をうつ伏せにして、何度も突き上げる。
男は苦しそうに、しかし漏れる喘ぎ声はカカシを彷彿とさせた。
あんなに寒かった身体は、芯まで熱くなっている。
滅多にかかない汗も、額に浮かんでいる。
(気持ちいい......気持ち......いい......)
生きてる感覚が、しっかりと戻ってくる。
いつも通っている遊郭の女に、感じた事がない。感覚。
満たされる気持ちが、気持ちいい。
カカシはそのままその男の中で達した。
ずるりと、陰茎を引き抜き男を自分に抱き寄せる。
その下の草や男の腹が白く汚れ、この男もまた射精していた事を知る。
本能的な行動以外の何者でもなかったはずなのに。
満たされた気分になる。
終わった今も、この男を離したくなかった。
男の髪に唇を押しつける。
「......あんたは俺のものだから」
この日限りにしたくない。
でも、何て言ったらいいのか分からなくて。
口から漏れた言葉に、男がぴくりと反応した。
が、何も声は返ってこない。乱れた呼吸を整える息だけが聞こえ、
「俺のもの」
そうもう一度カカシは呪文を唱えるように口にした。



あの後知ったのは。
イルカはアカデミー所属の中忍。
そして、あんな格好をしていたのは、木の葉神社の夏祭りに向かう途中だったと言うこと。
自分は里の為に命をかけて任務を果たしていたと言うのに。
ひどく呑気なもんだな、と思った事を思い出す。
それでも、あんな格好さえしていなければ。自分はきっとイルカに手を出す事はなかっただろう。
数奇な運命だとも思う。イルカもそう思っているに違いない。
でも、あの温もりは本物だった。
あれがなければ。
いや、イルカの温もりでなければ駄目だった。
その後も自分が初めてと言った割には、戸惑った顔をした割には、イルカは従順だった。
肯定も否定もないが。自分を拒む事はない。
自分が上忍だからだろうか。
でもそれはカカシにとって有り難かった。
だけど。
雨上がりのどんよりした鼠色の雲を、カカシは見つめる。

だけど、この関係は。ーー何て言ったらいい?




「おー、カカシ。こっちだ」
居酒屋の二階。宴会場の襖を開けたカカシに、声がかかる。
アスマが煙草をく咥えながら片手を上げていた。
空けられた隣の席に腰を下ろせばすぐに瓶ビールをアスマに向けられた。
促されるように、カカシは空のグラスを手に持つ。
アスマによってビールが注がれた。
あぐらを掻いたカカシは、覆面を下ろすと猫背のまま、そのグラスで口を湿らせた。
アスマが肩肘をテーブルにつきながら方眉を上げた。
「なんだ珍しい」
それが、飲む量の事を言っていると気がつくが、カカシは目の前の枝豆を手に取り、房から出すと口に放り込む。
「別に」
短く答えた。
そんな素っ気ない返事もいつもの事と、アスマは気にする様子もない。ビールを喉を鳴らして飲むと、手酌で自分のグラスにビールを注ぐ。
カカシへ視線を向けた。
「今日お前待機だったよな」
俺と同じ。
遅れて来た事を遠回しに問われ、カカシはグラスを傾けながら、
「ちょっとね」
と、曖昧に答えた。
そう、今日はアスマと同じ待機で遅れる理由はない。
ここに来る前に、立ち寄ったのは遊郭。

久しぶりに顔を出したカカシに、馴染みの女が嬉しそうな声を上げた。
「えらい久しぶりやわ」
言い終わらないうちに、カカシに腕を引っ張られ。
可愛らしいという表現がぴったりな大きな目が驚きに一瞬丸くなった。
が、すぐに嬉しそうに微笑みを浮かべた。
その女を奥の部屋に連れて行き、敷かれた布団の上に転がす。
部屋に漂うお香の香りではない、女の身体から香る甘い匂い。
綺麗な着物がはだけ、白く露わになった女の肌をじっと見つめた。
少し不機嫌にも見えるカカシを下から見上げる女は、そんなカカシを見つめて、嬉しそうに微笑むが。
そこから動かないカカシに、微笑んだまま首を傾げた。
「抱いてくれへんの?」
性急なはずだったカカシの行動に、不思議そうな顔をしながら。
赤い唇は微笑みを浮かべたまま。ゆっくり胸元を自分で広げた。
程良く形のいい胸が少しずつ露わになっていく。
その様子をカカシはじっと立ったまま見つめた。


「宴会の前に寄ったのか」
カカシの身体から匂う甘い香りに気がつかないはずがないと、アスマは目の前にある刺身を口に放り込みながら言った。
胡座を掻いていた片足を立てて、そこに腕を乗せながら、
「あー、うん。まあね」
肯定するカカシに、アスマは笑った。
「お前にしちゃ随分とお盛んだな」
からかう台詞に、カカシは視線だけをアスマに向ける。
黙ってビールを飲んだ。
遊郭で通って一番身体の相性が良かった女。
口数も少なく、話していて頭がいいのも気に入っていた。
でも。
結論から言えば、ーー抱かなかった。いや、抱けなかった。
ただセックスをすればいい。
それだけなのに。
触れる事さえ、躊躇われた。
あの白く柔らかい肌を忘れたわけじゃないのに。
手が。身体が動かなかった。
それをどう受け取ったらいいのか。
カカシ自身分からなかった。
混乱した、が正しい表現だ。
混乱しながら、恋しくなったのはイルカの肌。
(ーー恋しい?イルカを?)
自分で思った言葉に、戸惑う。
自分の愛読書で聞き慣れたはずのその言葉を、自分に当てはめる事は一度もなく、想像すらしたことなくて。
宴会場の奥に目を向ける。
イルカが、赤い顔をして笑っていた。
上忍に酒を注がれ、それを飲んでいる。
片手に瓶ビールを持っているのは、中忍である故に上忍や上司の相手をしているからだ。
真面目で実直な性格で。明るくいつも笑っている。そのためか、自然周りに人が集まってくる。
カカシは肩肘をつきながら嬉しそうに笑っているイルカを見つめる。
(あんな人が俺の情人なんて......誰も思ってもみないだろうねぇ)
ぼんやり思い、その中の言葉に違和感を覚え、カカシは眉を寄せていた。
カカシはイルカから視線を外してビールを飲み干す。
(違う)
何に否定しているのかも分からない。
苛立ち気に頭を掻いて、空になったグラスにビールを注ぐ。
アスマは隣にいる紅と楽しそうに話しを始めていた。
もう見るのはよそうと思っていても、気がつけばまたイルカのいる方向へ目を向けていた。
同僚と上忍に囲まれながらビールを飲んでいる。
(酒、弱いくせに)
真っ赤な顔のイルカを見つめる。
イルカの肩に、隣の同僚の手がかかった。
数回イルカの肩を叩く。何でもないその光景に、カカシは眉根を寄せていた。
(離れろ。俺のもんに、触るな。)
無意識に言葉が心の中であふれ出す。
カカシはまた、否定するように頭を軽く振った。
でも、止まらない。
(イルカは、俺のだ。俺だけの)
ふっと、イルカの目が動いた。
広い宴会場の隅。対角線上にいて。
間には大勢の人間が酒を飲み、気配もくそもないのに。
はっきりと、イルカはカカシを目に映した。
予想もしていなかったカカシは、驚きに軽く息を飲む。
が、すぐにその視線は外され、イルカはまた楽しそうに同僚と話し出す。
今の視線は何だったのか。
カカシはゆっくりと息を吐き出した。
アスマと紅がカカシを呼ぶ。
カカシはその輪に入り、自分もまた。酒を飲んだ。



翌朝。
任務が入っていたが。午後からだった。
カカシは迷わずイルカの家へ向かう。
当たり前のように、出勤しようとしていたイルカは支給服を着ていた。
玄関を開けて驚いたイルカに構わずカカシはその腕を掴むと、奥の部屋に連れて行く。
ベットの上に投げ出され、何をするのか、そこでイルカは悟った。その顔に小さく笑う。
「ふざけんな、俺は今から出勤で、」
起きあがろうとしたイルカの上にカカシは跨がり、押さえつける。イルカはそれだけで苦しそうな表情を見せた。
「二日酔いのくせに」
図星だろうイルカは、悔しそうに見下ろすカカシを睨みつけた。
「うるさい、離せ......っ」
その視線を受けながらカカシは覆面を下ろした。額当てを外すと、赤く光る目に、イルカは一瞬怯む。
それをカカシが見逃すはずはなかった。


「はぁっ.....、やっ....ん、」
カカシが身体を揺する度にベットが大きく軋む音を立てる。
朝日が入り込む寝室で、イルカは仰向けになり奥を貫かれ、また声を大きく漏らす。
閉められた窓に室温は高くなり、さほどカカシは汗をかいてはいないが。イルカの身体は熱く、汗が滲んでいる。カカシはイルカの額に浮かぶ汗を屈んで舌で掬い舐めた。
更に奥に突き入れられる形になり、イルカは短い嬌声を漏らし、身体を震わせた。
繋がった奥の部分を擦り上げる度に。これほどまでにない快感を感じる。
それが、下半身だけでなく、身体全身が、心が。
イルカを求めているのが分かる。
触れる。繋がる喜び。
それが喜びだと分からないカカシは、必死でイルカを激しく何度も揺さぶった。
「......イルカ」
名前が口から出ていた。
途端あふれ出す感情。カカシは苦しそうに眉根を寄せ代わりに再び名前を何度も呼ぶ。
「イルカ、ーーイルカ」
(ーーーー好き、......好き。大好き)
心の中で生まれて初めて人に発した言葉。
でも、それしか当てはまる言葉が見つからない。
(好き......好きだ)
高まる感情と快感に、カカシは強く腰を引きつけた。
イルカの中に、欲望を吐き出す。同時にイルカが身体をぶるりと震わせた。一滴も残さず中に出したくて、断続的に奥に吐き出す。
いつもの様に黒く潤んだ目。その目がじっとカカシを見つめた。
なのに。いつもと違う視線に感じてカカシが首を傾げると、イルカは腕で目を覆い、視線を自ら遮る。
「......イルカ先生?」
名前を呼べば、ぴくりと身体が反応するが。顔を隠したまま。
まあ、出勤を阻止してそのままベット無理矢理連れ込んだのだから、怒っているだろう、と思うが。
「早く......抜いてください」
その通り、不機嫌に言われ。カカシはずるりと、陰茎を抜いた。
悪いのは自分だが。
そんな怒る事だっただろうか。
訝しむが、イルカは動かない。
カカシはため息を吐きながら頭を掻いてイルカを見つめた。
見えているイルカの口がゆっくり開く。
「何だ......」
「......え?」
聞き返した途端、イルカは腕を上げ顔を見せると、カカシを押しのけた。
「何でもないです」
イルカはそこからシャワーを浴びに浴室に向かい。イルカが同じ言葉を言う事も、聞く事も出来なかった。



午後、執務室に向かう。部屋には暗部数人と、上忍は自分一人。
隠密に遂行する任務だと聞いていたから、このメンバーに疑問はなかったが。
遅れて入ってきた男に、カカシは目を見張った。
イルカが頭を下げ、扉を閉めると、自分から少し離れた場所に立つ。
(......何してんの?)
カカシには疑問しか浮かばなかった。
Sランクの極秘任務。依って、この任務にイルカは関係がないはずだ。
横目でイルカを見るが、当のイルカはカカシを見る事はなく、姿勢を正したまま、火影へ顔を真っ直ぐ向けている。
そこからカカシは火影を見る。
「揃ったな」
火影の言葉に耳を疑った。
意味が分かるのに、分からない。
困惑するカカシを余所に、火影は話し始める。
「今回の任務に必要な事前調査の報告だが、イルカ」
「はい」
名前を呼ばれ、イルカは再び姿勢を正し返事をした。
「私が潜入調査した今回の里ですが、その書類にあります通り、海の物流拠点とした港を持っている里で、」
イルカが説明をし始める中、カカシは眉を寄せたままじっとイルカの横顔を見つめた。
中忍であろうが、その個々の能力によって高いランクの任務に就く忍びはいる。
イルカもただ、アカデミーの教師をしてるだけではない事くらいカカシも分かっている。
イルカの忍びとしての能力を疑っている訳ではない。火影に選ばれたのだから、その力は十分にあるのだ。
しかし。
自分に言い聞かせながら、イルカから視線を外し、説明にじっと耳を傾ける。
そこからカカシは手元にある報告書に目を落とした。
イルカが読み上げるよりも先に内容を読み進める。
そこで気がつく。
この潜入に必要な忍びの能力。
カカシは眉を顰めていた。
おかしい。
そんなはずはない。
否定するも、自分の分析能力の高さと正確さは、自分が嫌という位に知っている。
「待ってください」
カカシは口を開いていた。
その声にイルカは話すのを止め、カカシを見る。同じように、同席している暗部もカカシに目を向ける。
カカシの視線の先にいる火影が煙を吐き出しながら静かに見つめ返した。
「なんだ」
「イルカ先生がどうしてこれを出来るの」
自分が手に持った報告書を軽く上げて問うカカシに、火影の表情は変わらない。
「何がだ」
「何がだって......そのまんまですよ。この内容からすれば、イルカ先生は、」
「ああ、お前には説明してなかったか」
火影は然程驚く事もなく淡々と続ける。
「イルカは心を読む能力を宿している、だからだ」
心を読む。ーーイルカが、心を読む。
その言葉は想像以上にカカシの心を貫いた。
その衝撃を必死で抑えて、カカシは視線を床に落とす。
動揺の波がカカシを襲う。
意外だったからとかじゃない。
その能力が特殊性が高いからとかでもない。

(だって......さっき、俺は、)

今朝、自分はイルカに。

イルカの中に自分自身を捻入れ。
イルカと身体を繋ぎ。

ーー想いを心で叫んでいた。

そこまで分かった途端、カカシの心音が激しくなる。
鼓動は耳鳴りがするほど早い。
その場から逃げ出したくなる衝動に駆られる中、また今朝のイルカが頭に浮かぶ。

何だ......

目を覆い、苦しそうに吐き出したイルカの言葉。
あの言葉の先が。
聞きたい。
反射的にイルカへ顔を向けていた。
イルカもカカシを見つめる。
翳りのない眼差しが、カカシを見つめていた。同時に含むのは、熱のある視線。

カカシの身体の芯を焼くような、眼差し。

心の中なんて読む能力なんてないのに。
イルカのその眼差しの意味が分かって。
泣きたくなった。

(.....何だ)

心の中でぼそりと呟く。

(俺たち……同じ事思ってたんじゃない)


そう思ったら。
イルカがふわりと微笑んだ。
嬉しそうに。



<終>


如月さんのサイト1周年のお祝いとして書かせていただきました。
リクは、「実はイルカ先生って凄いんだぜ!」と言う素晴らしいテーマ!
その素晴らしいテーマにどれだけ近づけれたのか。少し不安が残っていますが^^:自分なりに頑張りました。
イルカ先生の隠れた能力。これってずっと妄想出来るなあ、と。如月さんのいただいたテーマの魅力にカカイラーとしては悶えました。
さすが如月さん!
強イルカ。これもちゃんと表現出来ていたのか...。でも如月さんに感想いただき、褒めていただきすごく嬉しかったです///
こんなカカイルしか書けない私ですが、これからもよろしくお願いします^^
いつも優しい言葉をかけていただきありがとうございます!
改めまして、サイト1周年おめでとうございます!

2017.6.28
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