やさしい気持ち

ハロウィンが終わると町の飾りは少しづつクリスマスへと変わっていく。
カカシは一人商店街の入り口近くにある木の幹に背を預けながら、立ち並ぶ店を眺めた。
ハロウィンもクリスマスも、どちらも昔から自分には全く興味のない行事なのだが。この時期になるとふと思い出す事がある。
1年前のちょうどこの時期に、イルカから食事に誘われた。
少し驚いた事を今でも覚えている。
ナルトが自分の元から離れ、里を出て授業の旅に出てしばらく経っていた頃だった。
ナルトが下忍になり自分の部下になったばかりの頃はイルカと食事をする事がよくあった。それは相手から誘われたり自分から誘ったり。最初は共通部分がナルトしかなく、何を話そうかと思った事もあったが、イルカの与えてくれる適度な距離感や暖かい人柄に仲良くなるのはそう時間はかからなかった。
上忍仲間は数人いるが友人と呼べる相手は片手を数えるほどしかいない。その中にイルカは含まれ、その中でも彼は気がつけば上位にいた。
不思議だがイルカの側にいるだけで安心した気持ちになった。自分には見せない先生らしい所を見ると、自然頬が綻んだ。生真面目で、でもおおらかな性格が好きだった。
彼にとったら自分はきっと友人と言う関係にはならないのかもしれないけど、付かず離れず、ずっととはいかないだろうが、彼とこうしていれたらいいな、と思った。
だけど、イルカはそうは思っていなかった。
はっきりと彼に言われたわけではない。そう感じたのは、ナルトが里を出て直ぐ。商店街を歩いていた時だった。
その日の任務は珍しく早く片付いた。昼夜関係なく、どちらかと言えば夜間の任務が増えた為、日が明るいうちに商店街を歩くのは久しぶりだった。同じ任務に就いていた上忍のくノ一もまた同じらしく、どこかで夕飯を食べようと機嫌よく誘われた。自分はそんな気分でもなく、本当はイルカを誘いたいと思っていたが、付き合いが大切だとイルカに教えてもらっていた事を思い出す。
カカシは顔に出さないようにそれを承諾をすると、どこの店にしようかと話をしながら歩いた。
商店街は夕飯時というのもあり、買い物客で混み合っていた。里の中は殺伐とした空気が流れているが、忍びでない一般の民間人がいる場所はまた別で、毎日を忙しくも過ごしている平和な空気を感じるのは悪くない。カカシは隣のくノ一の歩みに合わせているのもあったが、ゆっくりと歩きながら眼に映る情景をぼんやり見つめていた。
その視界に入った黒い髪に、カカシははたと視線を止めていた。見間違えるはずがない。高く結った黒い髪が揺れている。イルカだ。
自分より少し先を歩いている。
久しぶりだった。
見かけたら声をかけようと思ってから何週間経っただろうか。
嬉しい。
素直に込み上げる感情はそれだった。
途端自分の足が早足になった。背を向け歩いているイルカの後を追う。
「イルカ先生」
人混みの中、名前を呼ぶとイルカが振り返った。
会いたかったイルカの顔を見れ、嬉しさに顔が綻ぶが、
「今晩は」
カカシを見て挨拶をして軽く頭を下げるイルカの、いつもと違う表情に、あれ、と思った。疲れているのかと心配すれば、イルカはいつもの様に笑顔を見せた。
「先生も今帰りなの?」
聞くと、はい、とイルカは頷いた。
ラッキーだ。カカシはこのタイミングでイルカに会えた事を誰に言うわけでもないが感謝した。
「じゃあ一緒に夕飯でもどう?」
久しぶりにイルカと共に食事がしたい。ラーメンでも居酒屋でも。彼と一緒ならどこでもいい。
浮かれたカカシを他所にイルカは気まずそうな表情をした。
「いや、でも、」
「え、なんか用事でもあるの?」
聞くとイルカは苦笑いを浮かべた。そしてカカシから横へ視線をずらした。
「俺なんかがお邪魔するわけにはいきませんから」
隣のくノ一を半分忘れかけていたカカシは、そこで、あ、と声を漏らした。
自分だけならまだしも顔見知りでもない上忍の存在は、当たり前にイルカに空気を読ませていた。カカシは頭を掻いた。
うっかりしていたなんて、そんな言い訳はどちらにも言えないのは、流石の自分でも分かった。
分かったから、尚更カカシは困った。
せっかくイルカに会えたのに。
「・・・・・・じゃあ、今度一緒に行こうね」
残念な気持ちはそう簡単に拭えない。ようやくそう口にすると、イルカは嬉しそうに微笑む。
「ええ、今度」
確約でもないが、その約束はカカシを慰める。頭を下げるイルカにカカシは手を振った。
だから、また今度があると自分は期待していたのに。
イルカはそれからよそよそしくなった。
何がいけなかったのかと考えてもカカシにはその理由は全く分からなかった。
気に触るような事を自分が言うはずがない。不安と寂しさが募った。
それから数ヶ月。イルカのよそよそしさは変わらない。
忙しさもあり遠くからイルカを見かける事も減り、ぽっかりと心に穴が開いたようだった。
数年前はあんなに近い距離にいたはずなのに。彼と酒を酌み交わしながら他愛のない会話でも盛り上がり楽しかった事を思い出す。酔うと朗らかな性格がもっと朗らかになり。大好きな彼の笑った顔を思い出して、その幸せだった頃の気持ちに浸った。

任務の報告を終えてカカシは一人商店街を歩いた。橙色の南瓜や黒いおばけ、よく分からない飾りが街を覆っていたのに、気がつけばそれらはなくなり、ちらほら代わりに飾られ始めているのは、ツリーやサンタといったクリスマス。
ああ、もうそんな時期なのか。
カカシは過ぎ去る季節の速さを感じながら歩いた。この飾りが街一色になり、やがて雪が降り出すような寒さがやってくるだろう。
クリスマスの季節になると、忙しくなるんです。そんな事をイルカが言っていたのを思い出した。学校では行事に加えテストシーズンに入り、それとは別に里にはこの時期から年末にかけて任務要請が増える。商店街で手伝いも頼まれたりするんですよ。
大変だと困ったように言いながらも、イルカは嬉しそうに笑っていた。
子供たちや上の人間、商店街の人たちに嫌な顔1つせず仕事をするのが想像出来た。
だからきっとイルカは今年も、どんなに忙しくてもその時見せた笑顔を浮かべながら仕事をしているのだろう。
胸の奥に何かがつかえたような苦しさを覚え、それを吐き出すように、
「・・・・・・会いたいな」
募った想いに思った事が口から出ていた。
「カカシさん」
名前を呼んだその声に、カカシは驚いた。目を丸くしたまま振り返る。
前商店街で会った時は夕暮れで、茜色が道を店を包んでいた。今は日も沈み往来する買い物客も疎らだ。暗くなったその道にイルカが立っていた。
「イルカ先生」
懐かしいと言うのは可笑しいのかもしれないが、そんな気持ちで胸が一杯になる。
振り返ったカカシに肩に鞄をかけたイルカが歩み寄る。
「今晩は」
「今晩は、イルカ先生。先生も今帰りなの?」
いつか言った台詞をカカシはまた口にした。イルカはゆっくりと頷いた。
「しばらく残業続きだったんですけど、早く帰れる日くらいは帰れって言われちゃいまして」
綱手に言われたのだろうか。情けない笑いを見せるイルカを見つめながら思った。綱手自身、あの人が誰よりも山のように積まれた仕事に忙殺されているだろうが。
さっき見せた顔は疲れからだったのかと、納得する。
会いたいと思っていた相手に会えただけで、イルカの笑顔を見れただけで十分に幸せだ。
「じゃあ早く帰って少しでも身体を休めないとね」
「カカシさん」
「ん?なに?」
少し真顔になったイルカがじっとカカシを見つめた。
「良かったら飲みに行きませんか?」
イルカが緊張しているのが分かった。
でも何で?と、疑問に思った。嬉しいがさっきの会話の流れから躊躇うのは当たり前だ。
でも、イルカの目が不安に揺れていた。
「うん。いいよ」
それを見たら断る事なんて出来なかった。安堵したイルカの表情に胸がまた苦しくなった。
それから数回食事に誘われた後、イルカに告白をされた。

思い出したカカシは甘酸っぱい気持ちに包まれて、ゆっくりと息を吐き出した。
日が沈み始めた商店街は、イルミネーションが点灯しきらきらとと輝き始める。
「カカシさん」
名前を呼ばれ顔を向けると、恋人のイルカがこちらに笑顔を見せながら走ってきている。
カカシは微笑みながら木の幹から背を離した。
「お待たせしました。待ちましたか?」
息を切らせるイルカにカカシは首を振った。
「ううん。全然」
カカシも優しく微笑むと、イルカもホッとしたように笑顔を浮かべた。
「じゃ、行きましょうか」
「うん」
二人並んで商店街に向かって歩き出す。
クリスマスに移ったイルミネーションや耳に入るクリスマスソングを聴きながら。カカシは隣を歩いているイルカに目を向けた。
「ねえ先生、聞いていい?」
「はい」
カカシの問いに反応してイルカもカカシに顔を向けた。
「ちょうど1年前の今日だよね。付き合い始めたの」
イルカが驚いた顔をし、少し目を丸くした。
「覚えててくれたんですか」
カカシは笑った。
「そりゃ覚えてるよ。忘れるはずがないじゃない」
当たり前でしょ、と顔を覗き込むように見ると、イルカの顔が赤く染まる。恥ずかしそうに視線を下にずらした。
「どうしてあのタイミングだったの?」
ずっと疑問に思っていた事を口にした。それにも驚いた反応を見せるイルカにカカシは続ける。
「だって俺たちはもっと前から知り合ってた訳でしょ?」
あの時、イルカが自分に声をかけるまでは、正直もうイルカへの気持ちは諦めようと思っていた。
イルカに対する気持ちが恋愛感情だと、自分の中で薄々気がついていた。でもそれはやっばり自分だけで、男に想われているなんて嫌な思いをさせたくない。友人でいいからその関係だけは続けたい。イルカに告白をされたのはそう思っていた矢先だった。
なんであのタイミングだったのか。
深く聞くつもりはないし無理に聞くつもりもない。黙ってしまったイルカに、仕方ないと眉を下げた時、
「・・・・・・にしたくなかったんです」
ぼそりとイルカが小さく呟いた。
「え?」
雑踏に紛れて聞き取れなく聞き返すと、イルカが黒い目をカカシに向けた。
「カカシさんへずっと抱いていた気持ちを、過去のものにしたくなかったんです。あの時、カカシさんの背中を見つけて。あなたの名前を呼んで、優しい笑顔を見たら。自分の中にある、あなたへの気持ちが思い出になってしまうのが嫌だった。俺、諦めが悪いみたいだってその時気がつきました」
はは、と笑うイルカの少し泣きそうな顔を、呆然として見つめていた。
自分と同じ気持ちだったと、初めて知る。
カカシをこれまでにないくらいの幸せな気持ちが体を暖かく包んでいく。目がじわりと潤んだのが分かった。
目を見開いたまま微動だにしないカカシに、イルカは不思議そうに首を傾げた。そのイルカを見つめながらカカシは目を細めた。
この人を好きになって良かった。心からそう思う。
口にしたかったが、混み合う商店街の真ん中では流石に言えない。せめてここが人があまり通らないアパートへと帰り道か家だったら良かったのにと思っていたら、するりとカカシの手にイルカの指が入り込んだ。人前でそんな事をするのを嫌うはずなのに。驚きながらも、恐る恐るカカシはゆっくりとその指を握った。
「あなたを好きになって良かったです」
はっきりと聞こえたイルカの声にカカシはまたイルカを見ると、黒い目がカカシを映す。
そこからゆっくりと目を緩ませ幸せそうにイルカは微笑む。
優しい気持ちに包まれながら、二人でゆっくりと歩き出した。

<終>


Jjannunaさんへ。
イラストや漫画、そしていつも丁寧な感想ありがとうございます^^お礼をと思った時、私が出来るのはカカイルを書く事くらいで、どんな話をJjannunaさんに書こうかと考えていました。
いただくコメントから優しい人柄を感じていたので、Jjannunaさんのイメージと、カカシとイルカ先生の2人のイメージを浮かばせていたら、こんな話が思い浮かびました。
気が付けば普段起きていない時間まで夢中になって書いていました 笑。
気に入っていただけるか分かりませんが、受け取っていただけたら嬉しいです^^
またマイペースに更新していきますので、遊びにきてください。

なないろ

2017.11.13
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