優しい人
つき合う前から、カカシが優しい人だって事は知っていた。
階級が違う自分にも同じ目線で接してくれるし、なにより物腰柔らかだ。最初はそんなカカシに恐縮して、もっと他の上忍のように振る舞ってもいいとは思っていたのに。その優しさの中に、実は自分に対する好意が含まれていたなんて、カカシに言われるまで丸で気が付かなかった。
カカシが、恋愛対象として自分を見ていた。それに気が付いたら。今までの通り接するなんてとても無理で。すごく意識するようになってしまって。カカシの何度目かの告白で、頷いていた。
つき合ったら何か変わるんだろうか、とか。そんな事を思ったりしたけど、同じ時間を過ごす時間が増えたからと言って、変わる事なくカカシは優しい。
「イルカ、今日はどうだった?」
声をかけられイルカは帰宅準備をしていた手を止めた。机の上には採点し終えた答案の束が置かれている。丸が決して多くない、その答案用紙に一回目を落としながら、まあまあかな、と眉を下げて答える。今年の学年は特に激しい学力差があるわけではないが、平均点が高くもない。たぶん、同僚の受け持つクラスも同じなんだろう。だよなあ、と苦笑いを返され、イルカはそれに相づちを打ちながら、鞄を持つ。お疲れ、と同僚に声をかけると職員室を後にした。
肩が凝るのは目を使ったからか。肩の痛みに軽く首を回しながら、商店街に向かう。
スーパーで値引きされた総菜を買い、馴染みの八百屋で野菜を買う。トマトをおまけで貰った事に礼を言い、両手に買い物袋を下げて家路へと足を向けた頃には、すっかり辺りは真っ暗になっていた。でも、今日はまだこれでも早く帰れた方だ。もっと遅ければ、スーパーはぎりぎり間に合っても個人商店は既に閉まっている。
おまけしてくれたトマトは冷やしてそのまま食べても美味しそうだ。今日は安く総菜を買えたのだから、それが夕飯だが。せめて味噌汁くらいは作りたい。鞄から部屋の鍵を取り出すと、イルカは鍵を開け部屋に入る。ベストだけを脱いで早々に夕飯の準備に取りかかった。
それから十分もしないうちにカカシが帰ってきた。
今日は任務で珍しく自分より早く家を出ると聞いていたから。本当はもっと早く帰還すると思っていたが。予定通りなのか、予定より時間がかかったのか。当たり前だが、高ランクの任務は中忍である自分には内容は明かされないし、聞かないから、分からない。
内勤の自分とは違って仕事の家族や恋人がいても、仕事に関する事や愚痴を同じ階級の仲間以外にには口にする事が出来ないもは、やっぱり嫌なんだろうなあ、とは思う。だって、人並み外れた力を持っていようが、上忍だって人間だ。ストレスだって溜まる。
自分みたいに酒を飲みながら友人と外で愚痴ったり、はたまた家でカカシに仕事の話を聞いてもらっている。それが出来ないのだ。
だから、カカシが七班の事で自分に話してくれると、すごく嬉しい。それはつき合う前からそう感じていて、ナルトや子供達の様子や成長を聞ける事が嬉しくもあったが、カカシから、本人の言葉でカカシの気持ちを感じるのが素直に嬉しかった。
それってもしかして。自分は、その時からカカシを無意識に意識していたとか。
ふと思った事に、イルカは思わずご飯を食べながらカカシへそっと視線を向ける。
カカシはお椀を持ち、自分が作った味噌汁を口にしていた。伏せられた銀色の睫毛は髪と同じ銀色で綺麗に生え揃っている。
カカシが、意外に甘える事があると言うのはつき合ってから知った。
テスト期間中は基本残業が続き、自分も中々時間がとれないと言うのが理由で、だから期間中は会えない。そうカカシにはっきり伝えれば、じゃあ、顔見るだけでも駄目?そう聞かれてすごく驚いた。理由が理由だから、それなりに理解してもらえ、あっさり引き下がると思ったのに。
顔だけでも。
そんな事をいわれたら、それも無理です、なんて言える訳がなかった。
でも、実際。会いに来てすぐに帰ろうとするカカシを呼び止めたのは自分だ。答案を持ち帰っていてまだ仕事が残っているし、朝も早い。それでも口にした事だけを本当に実行するカカシを見たら。どうせなら飯でも一緒に食べて行ってください。そうカカシに言っていた。
残業なのは変わらないから。今日みたいに総菜だったり、残り物だったり、そこまでちゃんとしたご飯は作れない。それでも、カカシは嬉しそうだから。言って良かったとは思う。
「カカシさん」
名前を呼ぶと、カカシの目線がこっちへ向けられる。
「今日、泊まってきますか?」
そう聞けば、え?と目を見開き驚いたように聞き返えされ、イルカは慌てて顔を赤らめながらも、いや、そういう意味じゃなく、と付け加えていた。
「カカシさん、今日朝早かったって聞いてたんで。お疲れでしょう?」
そう。会うだけの為にテスト期間中に通って貰うのも、カカシは恋人であれど、申し訳ない。
どうせここにはカカシの着替えや歯ブラシもある。つきあい始めて、同棲に至らずとも、なんとく、なあなあでそうなってしまっていたのは確かで。イルカの言葉に、その意味を、心遣いを理解したのか。カカシは、うん、と頷いた。
カカシに風呂に入ってもらっている間に食事の片づけを済ませる。週半分だけだが、生徒のテスト結果の内容を自分なりに纏めていれば、カカシが風呂から上がってきた。カカシへ顔を向ける。
「布団、用意しときましたんで」
笑顔で言えば、ありがとう、と素直な言葉が返ってくる。忙しいのにごめんね。そんな台詞を続けられ、イルカは持っていた書類をちゃぶ台に置いて眉下げる。何言ってるんですか、と口にした。
確かに独身で一人住まいだろうが、働いていれば忙しいのには変わらない。家事だって全部自分でやらなければならないのだから、仕事を持ち帰れば尚更だ。それでも。自分とは違い戦忍で。命がけで里を守ってくれている。そう思ったら、少しぐらい自分が譲歩したっていいのだと、思う。
「俺が泊まってけって言ったんですから、気にしないでください」
そんな事を改めて口に出すことはしないけど。くったくない笑顔を向ければ、カカシは安心したように微笑んだ。
友人の恋人は、仕事で遅くなったり、任務であっても、それなりに我が儘を言っては困らせるのだと、そんな愚痴を聞いた事があった。
カカシもそれなりに、我が儘を言うのかも。と思ったけど、甘える事はあっても、我が儘だと思えることはしない。
まあ、自分もそうなんだけど。ただ、それが互いのストレスになっているとは思えなかった。
持ち帰った仕事を終え、風呂に入る。布団に入ったのはその三十分くらい後だった。
カカシがいる布団に潜り込めば、当たり前に温もりを感じる。その隣で一日の疲れを取りたくて息を吐き出し目を瞑るものの、そこからイルカはゆっくりと目を開けた。
カカシが起きているのは分かっていた。
自分が泊まっていけば、と誘った時のカカシの期待した顔。その顔を思い出さないわけにはいかない。
ただ、自分も疲れているし。勿論、そんなつもりで誘ったんじゃない。
だけど。
イルカは口を開く。
「カカシさん」
名前を呼べば、少しの間の後、どうしたの?と声が返った。
「今日、疲れました?」
聞けば、また少し考えた後、カカシは、そうでもないよ、と口にする。ま、確かに朝早かったけど。そう続けられ、しまったと思った。確かに、とイルカも納得しながらも、聞き方を間違えてしまったと思うが、仕方がない。そうですか、と返すだけに留めた。
そこで黙ってしまった自分に、会話が止まってしまったのかと思ったのか、先生?とカカシに呼ばれ、イルカは小さく笑った。
「いや、あの、カカシさんがもし疲れてたんだったらセックスで慰めてあげるのもいいかなって、そう思っただけなんです。でも、疲れてないみたいで良かった」
おやすみなさい。
そんな台詞で締めくくれば、明らかにカカシが動揺したのが空気で分かった。でも、さっきの通り、自分の聞き方が悪かったのは明らかで。それはカカシも同じように思っているのかもしれない。それでも引っ込みがつかない。恥ずかしさに、顔を赤くしながらさっさと寝ちまおうと目を閉じれば、カカシが、あのさ、と声を出した。
「今日は計画通りに任務が進まなくて、」
じっと聞いているイルカにカカシは続ける。
「敵の数が思ったより多いし、その敵がしつこいし、朝は早かったし、明日は髭と一緒に任務で、」
だから、すごく疲れました。
カカシの思いもよらない告白に。イルカは思わず可笑しくて吹き出す。そこから笑い出した。
いや、自分の聞き方が悪かったんだって分かってる。でもまさか、カカシがそんな風に必死に言葉を繋げるとは思ってなくて。でもそれが何より嬉しくて。だから笑いが止まらない。真っ暗の部屋でも、カカシが困った顔をしているのは分かった。
イルカはまだ笑いながらもカカシへ手を伸ばし、その首へ腕をまわす。
「じゃあ、しましょうか」
顔を真っ赤にしながらも、カカシへ優しく耳元に囁いた。
<終>
階級が違う自分にも同じ目線で接してくれるし、なにより物腰柔らかだ。最初はそんなカカシに恐縮して、もっと他の上忍のように振る舞ってもいいとは思っていたのに。その優しさの中に、実は自分に対する好意が含まれていたなんて、カカシに言われるまで丸で気が付かなかった。
カカシが、恋愛対象として自分を見ていた。それに気が付いたら。今までの通り接するなんてとても無理で。すごく意識するようになってしまって。カカシの何度目かの告白で、頷いていた。
つき合ったら何か変わるんだろうか、とか。そんな事を思ったりしたけど、同じ時間を過ごす時間が増えたからと言って、変わる事なくカカシは優しい。
「イルカ、今日はどうだった?」
声をかけられイルカは帰宅準備をしていた手を止めた。机の上には採点し終えた答案の束が置かれている。丸が決して多くない、その答案用紙に一回目を落としながら、まあまあかな、と眉を下げて答える。今年の学年は特に激しい学力差があるわけではないが、平均点が高くもない。たぶん、同僚の受け持つクラスも同じなんだろう。だよなあ、と苦笑いを返され、イルカはそれに相づちを打ちながら、鞄を持つ。お疲れ、と同僚に声をかけると職員室を後にした。
肩が凝るのは目を使ったからか。肩の痛みに軽く首を回しながら、商店街に向かう。
スーパーで値引きされた総菜を買い、馴染みの八百屋で野菜を買う。トマトをおまけで貰った事に礼を言い、両手に買い物袋を下げて家路へと足を向けた頃には、すっかり辺りは真っ暗になっていた。でも、今日はまだこれでも早く帰れた方だ。もっと遅ければ、スーパーはぎりぎり間に合っても個人商店は既に閉まっている。
おまけしてくれたトマトは冷やしてそのまま食べても美味しそうだ。今日は安く総菜を買えたのだから、それが夕飯だが。せめて味噌汁くらいは作りたい。鞄から部屋の鍵を取り出すと、イルカは鍵を開け部屋に入る。ベストだけを脱いで早々に夕飯の準備に取りかかった。
それから十分もしないうちにカカシが帰ってきた。
今日は任務で珍しく自分より早く家を出ると聞いていたから。本当はもっと早く帰還すると思っていたが。予定通りなのか、予定より時間がかかったのか。当たり前だが、高ランクの任務は中忍である自分には内容は明かされないし、聞かないから、分からない。
内勤の自分とは違って仕事の家族や恋人がいても、仕事に関する事や愚痴を同じ階級の仲間以外にには口にする事が出来ないもは、やっぱり嫌なんだろうなあ、とは思う。だって、人並み外れた力を持っていようが、上忍だって人間だ。ストレスだって溜まる。
自分みたいに酒を飲みながら友人と外で愚痴ったり、はたまた家でカカシに仕事の話を聞いてもらっている。それが出来ないのだ。
だから、カカシが七班の事で自分に話してくれると、すごく嬉しい。それはつき合う前からそう感じていて、ナルトや子供達の様子や成長を聞ける事が嬉しくもあったが、カカシから、本人の言葉でカカシの気持ちを感じるのが素直に嬉しかった。
それってもしかして。自分は、その時からカカシを無意識に意識していたとか。
ふと思った事に、イルカは思わずご飯を食べながらカカシへそっと視線を向ける。
カカシはお椀を持ち、自分が作った味噌汁を口にしていた。伏せられた銀色の睫毛は髪と同じ銀色で綺麗に生え揃っている。
カカシが、意外に甘える事があると言うのはつき合ってから知った。
テスト期間中は基本残業が続き、自分も中々時間がとれないと言うのが理由で、だから期間中は会えない。そうカカシにはっきり伝えれば、じゃあ、顔見るだけでも駄目?そう聞かれてすごく驚いた。理由が理由だから、それなりに理解してもらえ、あっさり引き下がると思ったのに。
顔だけでも。
そんな事をいわれたら、それも無理です、なんて言える訳がなかった。
でも、実際。会いに来てすぐに帰ろうとするカカシを呼び止めたのは自分だ。答案を持ち帰っていてまだ仕事が残っているし、朝も早い。それでも口にした事だけを本当に実行するカカシを見たら。どうせなら飯でも一緒に食べて行ってください。そうカカシに言っていた。
残業なのは変わらないから。今日みたいに総菜だったり、残り物だったり、そこまでちゃんとしたご飯は作れない。それでも、カカシは嬉しそうだから。言って良かったとは思う。
「カカシさん」
名前を呼ぶと、カカシの目線がこっちへ向けられる。
「今日、泊まってきますか?」
そう聞けば、え?と目を見開き驚いたように聞き返えされ、イルカは慌てて顔を赤らめながらも、いや、そういう意味じゃなく、と付け加えていた。
「カカシさん、今日朝早かったって聞いてたんで。お疲れでしょう?」
そう。会うだけの為にテスト期間中に通って貰うのも、カカシは恋人であれど、申し訳ない。
どうせここにはカカシの着替えや歯ブラシもある。つきあい始めて、同棲に至らずとも、なんとく、なあなあでそうなってしまっていたのは確かで。イルカの言葉に、その意味を、心遣いを理解したのか。カカシは、うん、と頷いた。
カカシに風呂に入ってもらっている間に食事の片づけを済ませる。週半分だけだが、生徒のテスト結果の内容を自分なりに纏めていれば、カカシが風呂から上がってきた。カカシへ顔を向ける。
「布団、用意しときましたんで」
笑顔で言えば、ありがとう、と素直な言葉が返ってくる。忙しいのにごめんね。そんな台詞を続けられ、イルカは持っていた書類をちゃぶ台に置いて眉下げる。何言ってるんですか、と口にした。
確かに独身で一人住まいだろうが、働いていれば忙しいのには変わらない。家事だって全部自分でやらなければならないのだから、仕事を持ち帰れば尚更だ。それでも。自分とは違い戦忍で。命がけで里を守ってくれている。そう思ったら、少しぐらい自分が譲歩したっていいのだと、思う。
「俺が泊まってけって言ったんですから、気にしないでください」
そんな事を改めて口に出すことはしないけど。くったくない笑顔を向ければ、カカシは安心したように微笑んだ。
友人の恋人は、仕事で遅くなったり、任務であっても、それなりに我が儘を言っては困らせるのだと、そんな愚痴を聞いた事があった。
カカシもそれなりに、我が儘を言うのかも。と思ったけど、甘える事はあっても、我が儘だと思えることはしない。
まあ、自分もそうなんだけど。ただ、それが互いのストレスになっているとは思えなかった。
持ち帰った仕事を終え、風呂に入る。布団に入ったのはその三十分くらい後だった。
カカシがいる布団に潜り込めば、当たり前に温もりを感じる。その隣で一日の疲れを取りたくて息を吐き出し目を瞑るものの、そこからイルカはゆっくりと目を開けた。
カカシが起きているのは分かっていた。
自分が泊まっていけば、と誘った時のカカシの期待した顔。その顔を思い出さないわけにはいかない。
ただ、自分も疲れているし。勿論、そんなつもりで誘ったんじゃない。
だけど。
イルカは口を開く。
「カカシさん」
名前を呼べば、少しの間の後、どうしたの?と声が返った。
「今日、疲れました?」
聞けば、また少し考えた後、カカシは、そうでもないよ、と口にする。ま、確かに朝早かったけど。そう続けられ、しまったと思った。確かに、とイルカも納得しながらも、聞き方を間違えてしまったと思うが、仕方がない。そうですか、と返すだけに留めた。
そこで黙ってしまった自分に、会話が止まってしまったのかと思ったのか、先生?とカカシに呼ばれ、イルカは小さく笑った。
「いや、あの、カカシさんがもし疲れてたんだったらセックスで慰めてあげるのもいいかなって、そう思っただけなんです。でも、疲れてないみたいで良かった」
おやすみなさい。
そんな台詞で締めくくれば、明らかにカカシが動揺したのが空気で分かった。でも、さっきの通り、自分の聞き方が悪かったのは明らかで。それはカカシも同じように思っているのかもしれない。それでも引っ込みがつかない。恥ずかしさに、顔を赤くしながらさっさと寝ちまおうと目を閉じれば、カカシが、あのさ、と声を出した。
「今日は計画通りに任務が進まなくて、」
じっと聞いているイルカにカカシは続ける。
「敵の数が思ったより多いし、その敵がしつこいし、朝は早かったし、明日は髭と一緒に任務で、」
だから、すごく疲れました。
カカシの思いもよらない告白に。イルカは思わず可笑しくて吹き出す。そこから笑い出した。
いや、自分の聞き方が悪かったんだって分かってる。でもまさか、カカシがそんな風に必死に言葉を繋げるとは思ってなくて。でもそれが何より嬉しくて。だから笑いが止まらない。真っ暗の部屋でも、カカシが困った顔をしているのは分かった。
イルカはまだ笑いながらもカカシへ手を伸ばし、その首へ腕をまわす。
「じゃあ、しましょうか」
顔を真っ赤にしながらも、カカシへ優しく耳元に囁いた。
<終>
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