弥生

暖かい日差しと冷たい空気が入り交じる。まだ芽もそこまで膨らんでいない寒々とした桜の木を眺め、背中から吹いた北風に、サクラは両手で身体を包んで身体を振るわせた。
(寒いのって苦手)
3月に入ったと言うのに、目に映るものはどれもまだ冬の景色が残っている。
やはり桜の花咲く季節が待ち遠しくなってしまう。
でも。
同じ気持ちを呟くサクラに、カカシがポツリと言った。
「でもほら、蕾はしっかり膨らんでるじゃない」
「そうですか?」
北風に吹かれる寒さに見上げる枝を見てみるも。やはり変わってない気がする。
「三月は弥生でしょ?簡単に言うといよいよ生まれる。ま、草木が芽吹く事を意味してるのよ」
だから、春はすぐそこ。
それを聞いてるのはきっと私だけかと思ったら。
「カカシ先生は顔ほとんど隠れてて暖かいからそんな呑気に言えるんだってばよ」
と、言うナルトに自分も同感した。
それからもう一週間経ち、確かに日差しが暖かくなってきてると、感じた。
商店街を歩きながら並んでいる店を眺めれば、「ホワイトデー」と書かれた店が立ち並び、カラフルに彩られている。
少し前はバレンタインだったのに。
今年のバレンタインを思い出して、サクラは小さく微笑んだ。

今年こそは、と、頑張って手作りで意気込んだ。
少しでも自分にある女子力をアピールする為だ。
サスケに。
お菓子本のリサーチから入り、自分でも作れそうなレシピで、しかも美味しそうで見た目可愛いチョコ。
決めるまでに半月かかった。そこから家で練習もして。
やっと作った、自分では完璧なチョコだった。
はずなのに。
サスケは可愛い包みを見るなり、眉を寄せた。
「いらん」
素っ気ない一言。そう来ると思っていた。でも頑張ったのだ。好きな人に好きって言えるのは年にたった一日。この日しかないのだから。
「そんな事いわないで、サスケくん。チョコってポリフェノールたっぷりで身体にも良いのよ?」
「だったら自分で食べればいいだろうが」
素っ気ない。
がっくりうなだれるサクラに、ナルトが口を開いた。
「何が不満なんだってばよ!サクラちゃんの手作りだってのにっ」
断るなんて信じらんねえってばっ。
(そうよ、ナルト!もっと言って!)
心で強く念じる。
「絶対激うまなんだってばよっ」
赤い袋をサスケに見せながら言う。
一応、と言ってはなんだが、男であるには変わらないナルトにも小さめのチョコを作って渡していた。それを大事そうに握りしめながらナルトは吠える。
サスケは鼻を鳴らした。
「そんなの知るか。甘いのは苦手なんだよ」
ぷいと顔を背ける。
サスケの少し照れた顔に気が付いていないサクラは、小さくため息を吐き出した。
予想していた事とは言え。
(両思いへの道は果てしなく。遠いわ...)
包みを持っていた腕を力なく下ろそうとした時、その包みが自分の手から離れる。
驚き顔を上げるとカカシがその包みを手に持っていた。
え、なに、と思うと、カカシはその包みを持ってサスケに差し出した。
「はい、サスケ」
笑顔でカカシから渡されサスケはむっとした。腕で押しのけようとする。
「だからいらねえって言ってる」
カカシは、はあ、と眉を寄せた。
「お前ホント可愛くないねえ。いいじゃない。チョコ貰えるのってモテる証拠だよ?」
言われてサスケはむっとしたままの顔でカカシを見た。
「だったら自分が貰えばいいだろ。大体、カカシだってアホみたいに渡されてるのに全部断ってるだろうが」
アホって、と、カカシは苦笑いを浮かべた。
「俺はほら。甘いの苦手だから」
「それだったら俺と同じ理由じゃねーかっ」
言い返されて、カカシはポケットから赤い包みを出した。
「でも、サクラのはちゃんと貰ったよ。だって可愛い部下からのチョコだから」
ニコリと微笑まれ、サスケは悔しそうな顔をした。
サスケはしばらく考えるように黙り、そこからカカシがもう片方に持つカカシよりも大きい包みを、奪うようにして取る。そこでまたふん、と鼻を鳴らした。
「これでいいだろっ」
(やーん、サスケくん貰ってくれたー)
まさかのカカシの働き?でサスケが受け取ってくれるとは思っていなかったサクラは、心の中で舞い踊る。
思っていたのとは違うけど、それでも受け取ってくれたのは嬉しい。
去年なんかもらってくれなかったんだし。そう思うと去年よりは距離が縮まった感じ?
密かに頬を綻ばせて、サクラは喜びを噛みしめた。

それが先月のバレンタインデー。
その嬉しさを思い出してサクラは一人、ふふっと笑いを漏らした。
情報によれば、サスケくんがもらったチョコは、私のあげたそれ、1つだ。
そう思うと。本当、カカシ先生に感謝よね。
もしかして、ホワイトデーとか。サスケくんからお返し貰っちゃったらどうしようっ。
ありがとう、とか。旨かったとか、言われちゃったりしてっ。
一気に妄想が燃え上がり、サクラは頬を染めながら嬉しそうに笑った。
ふと横を見ると、新しく開店したばかりの洋菓子店のショウウィンドウが目に入る。サクラは思わず立ち止まってその中を眺めた。
木の葉でも珍しい、外国のお菓子。宝石の様な色のお菓子が綺麗に並んでいる。
はあ、と思わずため息が漏れた。
ケーキや焼き菓子を一つずつ眺める。
この前も読んだ雑誌の通り。何て可愛くて美味しそうなんだろう。
(...こんなの、貰えたら。...いいな)
サクラは目を細めてガラスの向こうの洋菓子をじっと見つめた。

翌日、任務が終わっていつも通りの解散を言われてサクラは家に向かおうとした。
「サークラ」
呼ばれて振り返る。
にこにことしたカカシがそこに立っていた。相変わらず気配がないのには部下ながらに関心する。
「...どうしたんですか、先生。報告じゃなかったんですか?」
きょとんとすると、うん、行くんだけどさ。と、頭を掻く。
「ちょっと教えて欲しい事があってね」
「はい」
カカシが私に聞く事なんてなにがあるんだろうか。と、答えを待つ。
「イルカ先生の好きな食べ物とか、知ってる?」
「は?」
思わず聞き返していた。急に、何を言い出すのかと思ったら。
「あ、それかイルカ先生の欲しいものとか。何か知らない?」
イルカ先生の好きな食べ物?
イルカ先生の欲しいもの?
そんな事聞かれると思っていなかった。何回か瞬きをして。聞かれたままにサクラは取り得ず、と考えてみる。
「...ラーメン、です」
「はは、だよねー」
カカシは、やっぱり、と笑う。
イルカ先生と言えば一楽のラーメンだ。それに、どの種類も好きだ。
「他は知らない?」
聞かれて、サクラはうーん、と考え込んだ。
「あ、イルカ先生前に混ぜご飯は苦手だって言ってました」
ふとアカデミー時代にイルカが言っていた事を思い出す。
「でもそれは嫌いなものですよね」
と続ければ、カカシは、へえ、と感心したような声を出した。
「そーなの」
そこはどうでもいいはずなのに、カカシらしくない興味の持ち方が気になるが、で、とカカシは口を開いた。
「欲しいものとかは、聞いたことない?」
「欲しいもの」
サクラは首を傾けた。
イルカから物欲の匂い自体全くしない。
女性教員であれば、同性として多少思い当たる事もあるのに。イルカは昔から教師としてのあのイメージのまま。服装も食べ物も、そこまで気を使わない。どちらかと言えば質素で倹約家。
「やっぱ知らないよね」
諦め顔で言うカカシに視線を向け、ふと最近の事を思い出した。
「そうだ」
イルカの優しそうな顔。その顔で、先日サクラの話した話題に嬉しそうに同調し、目を細めた。
それだ。
「カカシ先生、あのね、」
サクラは思い出した事に目を輝かせてカカシへ顔を向けた。

「マカロン?」
カカシは初めて聞いたような顔で聞き返した。たぶん、本当に初めてなのかも知れない。
「それって、食べ物?」
案の定聞かれる。
「お菓子ですよ。洋菓子なんだけど、本当に美味しいのっ」
「へえ...」
変な名前だね。
カカシは大して興味のなさそうな声を出す。
折角人が教えてると言うのに。これだから男の人は、と息を吐き出すと、カカシは眉を下げて笑った。
「いや、可愛いよね」
「無理に合わせなくてもいいですから」
そこでサクラは咳払いをする。再び輝かせた目をカカシに向けた。
「でね!そこはー、新しく出来たお店なんですっ。外装も中もすっごく可愛らしいの」
「...へえ」
「へえって。もう。そこのお菓子の話したら、イルカ先生も、そりゃ一回食べてみたいなー、って。言ってたんです」
「あ、そうなの」
カカシがまた反応を示す。
「そう」
にっこりサクラが笑うと、カカシもにっこり微笑んだ。

「ここ?」
「ここです」
時間的に、とか雑誌に載ったばかりなのもあるのだろう。
小さな店だが、客で混雑している。店の外からでもそれはよく分かった。
「何か...女の人ばっかりだね」
「そりゃあ、だってこんな素敵なんだもん。当たり前ですよ」
「でね、私のお勧めは絶対これ、」
と、指さしながら振り返ると、カカシがいない。
あれ、と探すと少し先を歩き出していた。
「カカシ先生、どうしたんですか?」
歩み寄れば、カカシは眉を下げる。
「ちょっと、考えさせて」
「え、何でですか?」
「だって、ちょっと店に入る前から目がちかちかしてきて」
サクラは首を傾げた。
「ちかちか?」
「いや...なんかすごい混んでるし...」
若い女の子ばっかりだしさ。他を考えてみるね。
そんな事を言うカカシに呆れてサクラはため息が出た。
何よ。ちかちかって。これだから男の人って。

あれから2日。カカシは何も言ってこない。
あの洋菓子店はやめて、他を探しているのだろうか。
(ぜーったいあの店がいいのになあ)
心掴まれているサクラは、残念な気持ちになる。
でも。
なんでそんなにイルカ先生の事を知りたがるんだろうか。疑問が当たり前にサクラの頭に浮かぶ。
イルカ先生の誕生日はまだ先だし。
一体何で。
任務からの帰り道、商店街をまた歩きながら。
目に入る「ホワイトデー」の文字に目が留まる。
いや、まさか。
浮かんだ馬鹿らしい考えにふっと笑った。
よく分からないけど、大人同士何かやりとりがあるんだ。きっと。
団子屋の前を通って、そこにいる紅がサクラに気が付き手を挙げた。サクラは頭を下げる。同じ女性で八班の上忍師。才色兼備の紅に、サクラは憧れの気持ちを抱いていた。
「なに?七班は今任務終わったの?」
「はい」
「そう。私のところは少し前に終わったの」
にっこり微笑む紅の横から、アンコが顔を覗かせた。
「ああ、カカシのところの」
「どうも」
サクラを見て、団子を頬張るアンコにサクラは頭を下げた。
「そっちは意外に時間かかったのね」
紅に言われてサクラは苦笑いを浮かべた。
「あー...ナルトがちょっと、」
野菜の収穫に張り切りすぎてとか、足を引っ張ってこんな時間になったとかは、さすがに同じ班として言えない。一人で頑張ろうとするナルトに呆れていた自分やサスケを見て、コミュニケーションのなさをカカシに駄目出しもされた。
サクラはそこまで言って笑った。
「ふーん。まあ、なんか想像できるけど。お疲れ様」
「はい、じゃあ」
紅の言葉に、サクラは元気良く頷いた。
そこから背を向けて。
「カカシと言えばさ。今年は全然チョコまわってこなかったわ」
期待してたのに残念。と、アンコがため息混じりに口にした言葉が、サクラの耳に届く。
団子屋にかかる御簾越しに、サクラは心なしか歩みをゆっくりとさせた。
「ああ、あれ。あれはね、今年はイルカのしかもらってないって話よ」
(.......)
なにそれ、とぼやくアンコの声を聞きながらサクラはその場から離れる。
歩きながらぼんやりと考えた。
あれと言われたカカシは、今年は確かにカカシは自分のは貰ってくれたが、他はなかった。
去年は山のようにチョコを抱えていたのに。
特に興味もなかったから気にも留めていなかったけど。
そこから、さっきの聞こえた会話に戻る。
イルカ先生のだけしかもらっていない。
サクラは手を顎にあてた。
 イルカ先生の好きな食べ物とか、知ってる?
頭に浮かぶカカシの台詞と、要所要所で反応を示したカカシ。
(え~、やだ~)
浮かんだ結論に心でそう言ってみるも、顔はすこしニヤケてしまっている。
イルカは自分が見ても恋愛に疎そうなイメージしかない。そんなイルカがカカシにチョコを渡すなんて、想像も出来ない。
実際に渡したのは野菜とは知らないサクラは、恩師の初めて聞く浮いた話に、心が弾む。
相手がカカシでも。
(あの二人、意外に似合ってるって感じなのよね)
二人の恋愛事情に興味心と好奇心しか浮上してこない。
サクラは嬉しそうに微笑んだ。
だったら尚更あの店のお菓子じゃなくっちゃ。
サクラはぐっと拳を胸の前で作った。

「カカシ先生」
任務の休憩時間。
少し離れた木の幹の上にいるカカシに声をかけた。
いつもの本を顔に伏せたままのカカシの腕が動いた。
本を取ってサクラに顔を向ける。
「なに、まだ休憩時間だよ」
「うん、そうなんだけど。この前の事でちょっと」
そこまで言うと、カカシは察したのか。のそりと身体を起こし、サクラの前にふわりと降り立った。
「なーに?」
「私考えたんですけど」
「うん」
「私が一緒に行くんで、あのお店に行かないですか?」
カカシは微かに眉を困ったように寄せた。
「あの店ってあの店?」
「もしかして、もう他に渡すもの決めちゃいました?」
聞くとカカシは首を振る。
「ううん。まだだけどさ」
「じゃあいいじゃないですかっ。私一緒に行きますから」
カカシはさらに困った顔をして笑う。
「一人もやだけど、さすがに部下と一緒ってわけにはね」
「じゃあ私変化します!」
さらに一手を詰められたカカシは、驚いて目を丸くした。
「変化って、サクラが?」
「はい。それなりの大人の女性に変化しますから。そしたら怪しくないんじゃないですか?」
良い案だと思うのに、カカシの反応は鈍い。
「....まあ、いいって言えばいいんだけど、」
「じゃあそうしましょうっ。決まりですね!」
じれったいカカシにサクラは勢いで決めさせる。
女性から山のような数のチョコをもらっていても、イルカにチョコをもらっていても、(野菜だが)カカシはイルカより鈍い感じがする。それがイルカの気持ちが離れるきっかけになってしまってもおかしくはない。
ここは、ビシっと素敵なお返しをイルカにあげて欲しい。でなければ、お互いに疎い者同士、上手く行きっこない。
もうホワイトデーは目の前なのだ。
「今日任務終わったら。いいですよね?」
「ああ、うん。ま、いいけど」
「はい決定!」
鼻息荒くなるサクラに、カカシは不思議そうにしながらも、部下の勢いに、頷いた。

無事買い物は済ます事が出来、サクラはほっとしていた。
実際いざ店の前まで来た時カカシは、
「甘そうだけど、これ本当に先生食べたいって言ってたの?」
だの、
「クッキーとかじゃ駄目なの?」
だのぶつぶつ言い出したので、無理矢理腕を引っ張って店に入ったのだが。
忍びでは里一だって聞くのに。うじうじ男らしくないカカシを引っ張る形になってしまっていた。
そう。あの店のあのお菓子とサクラは決めていたからだ。
しかも、あのお菓子を買える店は、あの店しかないのだ。
あとは予約したお菓子を、カカシが取りに行ってイルカに渡せば万事OK。
の、はずだったのに。

念のため、と、お菓子を取りに行ったか聞いた時に、返ってきた言葉に耳を疑った。
「行かないって、どういう事ですか?」
上忍待機所。
昨日今日はカカシは任務で七班の任務はなかった。
心配して顔を出したのに。
驚くサクラに、カカシは情けない笑顔を浮かべた。
「ちょっと色々あってね」
「色々って何ですか」
間髪置かずに聞かれてカカシは、いやー、と笑いながら口を濁すのみ。
サクラの眉間に皺が寄る。
あのお菓子は特別なのだ。
この二人が上手くいくには必要な。
大事なお菓子なのに。
「理由聞かなきゃ納得いきません」
言うと、カカシは少し悩んだ顔を見せたが、渋々口を開いた。
「イルカ先生と喧嘩しちゃって」
はあ!?
薄ら笑いを浮かべるカカシを前にサクラは驚く。
いや、よくよく見ると、カカシは薄ら笑いではない。少し悲しそうにも見える。
喧嘩したのは事実のようだ。
「何で喧嘩なんて…」
呟いて、2人が不仲なのを想像しただけで悲しくなった。視線をぐいとカカシに向ける。
「喧嘩なんて駄目」
責めてみるもカカシはただ笑うだけ。
理由を聞いても、カカシはきっと口を割らないだろう。
萎んだ気持ちでサクラは口を開いた。
「...お菓子。予約したままなのに、どうするんですか?」
「ああ、どうしよっか。サクラ欲しいならあげるよ?」
「いらないわよ!」
思わず大きな声が出ていた。
自分の気持ちをカカシが知る由もないのは分かってるが。酷く無神経な言葉に感じた。イルカが怒った理由も何となく分かるような気もしてくる。
目を丸くするカカシを前に、サクラは指で印を組んだ。大人の女性に変化をする。
カカシの腕を引っ張った。
「行きましょう」
「え、行くって、」
「あのお店に決まってるじゃない」
カカシは嫌そうな顔をした。
「一緒に行きますから、絶対あのお菓子じゃなきゃ駄目なんですっ」
ぐいぐい引っ張るとカカシは仕方なく立ち上がるも、困った顔はそのままだ。
銀色のぼさぼさの頭を掻いた。
「だからね。サクラの気持ちは有り難いけど、もういらないのよ。サクラがいらないならさ、取り消しの連絡あとでしとくから」
ね?
宥めているつもりかもしれないが。
そんな事で納得できるわけがない。
自分の事じゃないのに。怒りがこみ上げてくるのを耐えるように拳を握って。
「もういいです!」
その場から出て行く事をサクラは選んだ。
苛立ちを当たるように上忍待機室の扉を強く締めて。
廊下を歩いて外へと向かった。
イルカ先生はカカシ先生のどこがいいのよ。
自分の上忍師だが、怒りにそう呟いてしまう。
だって。
無神経だ。
あのへらっとした笑い顔が許せない。
それじゃイルカ先生の事がどうでもいいみたいじゃない。
喧嘩したからもういいって。それじゃああんまりだ。
あのイルカ先生がチョコを渡した気持ちを、(しつこいようですが、渡したのは野菜)カカシは丸で分かってないようで。
男の人同士の恋愛ってそんなものなの?
勢いで部屋を飛び出してきたもの。サクラの足はあの店に向かってしまっていた。
ショウウィンドウに映る自分ではない自分の姿のまま、サクラはじっとマカロンを見つめた。
あのカカシが、嫌だ嫌だと言いながらもここで買った事を思い出す。
(...決めた)
サクラは決意すると、店の扉を開けた。

「ありがとうございました」
店員にあいさつをされながらサクラは店を出る。
手には可愛い包装紙に包まれたマカロン。
やっぱりこれはカカシがイルカに渡して欲しい。
その包みを胸に抱えると、サクラはそこから走り出した。

上忍待機室に着いて聞こえたのはイルカの声だった。
しかも、怒っている。
何でまた。
悲しい気持ちに俯きながら、こみ上げてきた別の感情に、サクラはぐっと拳に力を入れた。
(…だーかーらー)
顔を上げる。
(喧嘩は駄目って言ってんのー!!)
「ちょーーとまったーーー!!」

サクラは力一杯扉を開けた。

驚くイルカに、サクラは荒い息のまま二人に近づく。
カカシに包みを差し出した。
「はい、カカシ先生。ちゃんと買ってきました」
受け取らないなんて言わせない。
サクラの気持ちが分かったのか。カカシは驚いてはいたが。微笑んで手を伸ばす。
受け取ってもらえた事に安堵すると、
あの、と、イルカに声をかけられ、不安な視線を向けられ、サクラは不思議に思いながらイルカに振り返った。
イルカにそんな声のかけられ方した事は一度だってない。
「今...カカシ先生って言いました?」
続けて言われる言葉。
そこでようやく気が付いた。
自分が変化している事に。
そして気が付く。イルカの不安げな視線の意味が。
嫉妬だと、分かってしまった。
イルカのカカシを思う気持ちに、素直に胸が熱くなる。
それを隠すように、サクラは笑った。そこから変化を解く。
イルカが驚いたのは当たり前だった。
驚いたままのイルカに、カカシが取り繕うように説明を始める。カカシの足らない説明に付け足すようにサクラもイルカに説明をする。
それでもイルカはこの状況から頭が混乱しているのか。顔に赤さを増しながら、動揺しながら。じっと話を聞いていた。
「もう。喧嘩なんて、やめてください」
お菓子も絶対に食べてください。と、念を押すように言えば、ようやくイルカがいつもの表情を見せた。
さっきの姿でイルカに見られてしまったのは失態だったけど。
大丈夫。
だってなんだか、この場にいるのが恥ずかしいくらいに二人はしっかり恋人同士だ。
頭を下げてサクラは部屋を出ると駆けだした。
廊下を曲がってすぐのところで人にぶつかりそうになる。
「あ、ごめんなさい」
頭を下げて、顔を上げると。
そこにはアンコが立っていた。手には三食団子とお茶を持っている。
「いいよ、別に」
アンコは特に気にする様子もなく言って歩き出す。
もしかして。
もしかしなくとも、アンコの向かう先は一つ。
「あのっ」
サクラは声をかけていた。
「んー?」
「さっき、紅上忍が外で探していました」
「えー?」
口から出た出任せに、アンコは面倒くさそうな顔をして。そこから、仕方ないな、と方向を変えて歩き出す。
嘘なんてつくのは自分らしくないけど。
今、あの二人に邪魔は入って欲しくない。

スキップして小さく微笑む。
(ったく。世話がかかるんだから)
きっとあのお菓子の意味なんてもちろん二人とも揃って知るわけがないのよね。
二人の恩師の恋路。
でも、嬉しくて仕方がない。
(よっしゃーっ。メルヘンGETー!!!)
自分じゃないけど、まあよしとするか。
サクラの頭上にある桜の木。春の訪れを報せるように、蕾は大きく膨らむ。
弥生はいよいよ生まれるーー草木が芽吹く事を意味してる。
カカシが教えてくれた言葉を思い出し、その蕾を見上げてサクラはまた嬉しそうに微笑んだ。

<終>
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