夢じゃない

布団の中でもぞりと身体を動かすと、暖かい肌がカカシに触れる。自分より体温が高くて、それでいて気持ちいい。
「ねえカカシさん」
「なに?先生」
返事をしながらイルカにすり寄ると、まだ少し汗ばんでいるイルカの額に唇を落とした。
イルカはくすぐったそうに笑うと身体を少し捩らせる。
「風呂入ります?」
「んー、このまま寝ちゃいたいんだけど、先生は?」
聞き返すと、イルカは少しの間の後、
「入りたいです。それに、買った食材が気になって」
言われてカカシは笑った。
「だよね」
カカシはむくりと起きあがる。
「冷蔵庫に入れくるついでに、俺がもう一回風呂沸かしてくるから、待ってて」
「すみません」
布団から顔を出して申し訳なさそうに謝るイルカに、カカシは眉を下げた。
「いいよ、俺が無理させちゃったしね」
素直に顔を赤く染めたイルカに微笑むと、カカシは下着を身につけると風呂場に向かう為に部屋を出る。
「・・・・・・」
目の当たりにした光景に。ついさっきのイルカと同じように、カカシの顔が赤くなった。
イルカのアパートはそこまで広くはないが、玄関から居間を抜け奥の和室に繋がる床に、道を作るかのようにイルカと自分の服が落ちていた。買い物袋は玄関近くに落ちている。
なにこれ、と思うも。いやいや、イルカの服も全部自分が脱がしたんだっけ。と、心でつっこみながらカカシは眉を寄せる。
顔を赤らめたまま、生々しく落ちている服へ改めて視線を落とした。
じわじわと沸き上がる恥ずかしさに、カカシは頭を無造作に掻く。
(・・・・・・ま、俺ががっつき過ぎたのは分かってるんだけど)
その通り、らしくないと自分で思うけど。止められなかった。
イルカと一緒にこの部屋に帰って、玄関の扉を閉めてすぐイルカの唇を奪った。
するなら自分からと決めていた。
その決意をイルカに見られてしまったのは誤算だったけど。それを受け入れてくれた、恥ずかしそうにでも嬉しそうに微笑むイルカの表情は、まだ脳裏に焼き付いている。
朱に染まった頬に、黒い目がカカシをじっと見つめてゆっくりと緩み。ぎこちなくも嬉しさが伝わって。
そんな表情を見せられたら、堪らなくなった。
ずっと想い続けてきた相手だったからなんだろうか。
それに、想いが叶わない相手だと思いこんでいたからだろうか。
ちょっとだけ、とキスをねだったかかしは、イルカの両頬を手で包むようにして自分に引き寄せ、何度も口づけをした。戸惑いながらもイルカの手が自分の背中に回る。
そこから。受け入れてくれた事で、自分の箍が外れた。
(だってそれに、あの表情にあの髪型でしょ。抑える方が無理)
自分の中で言い訳を口にしながらカカシは屈んで散乱している服を拾い上げる。
正直、外であの髪型のイルカを見た時はどうしようかと思った。髪を下ろしたまま普通に外に出て、無防備な姿を他人に見せていたのかと思ったら。イルカに対しての勝手な憤りと嫉妬が沸き上がったのは確かだった。
それに加え正月はいちゃいちゃ出来るのかばかりと思っていたら、それを見越したかのような短期任務の要請。
ムードとか自分で言いながらムードの欠片もなく、イルカを半ば強引に押し倒していた。
初めてだと知りながらも早くその気にさせたくて焦るような動きをするカカシに、イルカも必死に応えた。早くこうしたかったと、お互いに伝えるように。
イルカの中は熱くて、内側を擦る度にあまりかかない汗が額に浮かんだ。イルカもまた汗をかき、終わった後はお互いに息が上がっていた。
それでも余裕のなさ過ぎる自分の行動に自己嫌悪に陥り、思わずため息が出る。
なのに、それを全てイルカは受け入れてくれた。
「カカシさん」
名前を呼ばれてカカシは驚き振り返った。
「え、何?」
思考が読まれていたかと動揺したカカシにの目の前には、毛布一枚で身体を包んだイルカが立っている。勿論その下は裸だ。その姿にカカシの心音がドキンと高鳴った。
イルカの服も下着も今自分が持っているのだから、着ていなくて当たり前だが。
「どうしたの?風呂は今から、・・・・・・それより動いて大丈夫?」
「え?ええ、平気です。俺身体が頑丈なんで」
恥ずかしそうに笑うと、イルカは腕を伸ばした。
「ちょっと来てください」
「え?」
聞き返す間もなくカカシは腕をイルカに引っ張られる。寝室へ連れて行かれた。
ベットに乗るとカカシもその上に乗るように促し。
イルカは横にある窓のカーテンへ手を取ばし、無地の青い遮光のカーテンがしゃーっと音を立てて勢いよく開けられた。
何だろうとカカシはその窓から外を見て。
「・・・・・・雪だ」
カカシは窓から見える景色に、ちらちらと降り始めている雪に気が付きそう呟いた。
「寒いと思ったら、やっぱり降ってきましたね」
イルカがカカシがさっき居間で拾ってきた服を着込むと、イルカのであろう着替えを自分にも差し出してくれる。カカシもそれを受け取り服を着た。
「ここからの景色、よくないですか?」
「うん、・・・・・・いいね」
少し高台にあるアパートからは、木の葉の町並みが眺められる。普段からどこかしらで木の葉の景色を目にしているのだから、どうも思わないはずなのに。
素直にいいと思う。
風がないのか。ふわふわと雪が上から静かに落ちていた。
「ああ、この景色の中に今も寒い中仕事してるやつがいるなーって思ったりして」
言われてらしくない台詞にイルカへ顔を向けると、少し悪そうな笑顔をイルカは浮かべる。その笑顔はあどけなく、子供のような表情に見えカカシは思わず苦笑して眉を下げた。
「ま、それは冗談ですけど。ここからの景色が好きで、いつかカカシさんと見れたらいいなって思ってたんです。だから、・・・・・・それが叶って嬉しいなって」
雪を眺めながら頬をぽりぽりと掻く。
恥ずかしそうにそう呟くイルカの横顔を、カカシはじっと見つめた。
黒い瞳には雪が鏡のように映っている。
つい最近まで、自分だけの片思いだとばかり思っていたから、イルカの心境を口にされ、夢を見ているかのような錯覚を覚えると身体が反応するかのように、胸が熱くなった。
心が震える。
「さてと」
小さく息を吐き出したイルカがふとカカシを見る。今度はその黒い瞳に見慣れた自分の銀色の髪が映った。
「風呂もそうですけど、腹減ったんでカップラーメンでも食いますか」
急に言われて驚くと、あ、とイルカは何かを思い出すように口元に手を当てた。
「醤油と味噌。一つずつしかないんで、じゃんけんですよ」
イルカの言葉にカカシは目を丸くして。
その後直ぐに吹き出した。
ああ、夢じゃない。
イルカの一言が現実なのだと実感させる。
それが幸せなんだと気がつき、気持ちとは裏腹に泣きたくなった。嬉しいはずなのに。
何故なのかは分からない。
幸せなんて自分とは無縁の存在だった、はずだった。幸せになんてなれるはずがないとさえ、思っていた。
じわりじわりと込み上げるもを抑えたくて、思わず唇を閉じわずかに眉を寄せる。

そこからカカシは幸せを迎え入れるように。イルカに向けて微笑みを浮かべた。

<終>
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。