揺るぎない
その後ろ姿を見つけたのは任務が終わってどこで夕飯を済まそうかと、商店街を歩いていた時だった。
今週は夜勤だと言っていたから、部屋に帰りを待つ人はいない。自分の部屋に帰ってもいいんだけど、冷蔵庫に飲み物しか入っていない事は記憶にあった。だからどっかで適当に。
恋人と一週間ぶりの再会が報告所なのも寂しいけど、にっこり全開の笑顔を見せられたから、気分は悪くない。
(寂しいと思った時点で俺の方が分が悪いよな)
思いながらため息を吐き出し、そこで目に入った金髪の頭に一瞬足を止めようかとも考えるが。元部下にそう会う度に声かけるのもな、とすぐに思い直して通り過ぎようとした。
「あ、せんせー」
「........」
(あっちが気が付いたか)
仕方ないとカカシは立ち止まって顔を向けると、案の定、ナルトが嬉しそうに手を振っている。
「よ」
ポケットから手を出しそれに応える。
「メシまだなのか?」
「え?ああ、まあね」
「じゃあ一緒に食おうよ」
俺まだ注文したばっかだし。にししと笑って手招きされる。
「なに、俺に奢れって言うんじゃないよね」
ため息混じりに言いいながら隣に座ると、ナルトは大袈裟に口を尖らせた。
「んなことしねーってばよ」
憮然とした表情を見せられ、カカシは苦笑いを浮かべた。
二人で並んでラーメンを食べる。
「なあ先生」
「んー?」
目だけを向けるとナルトは口一杯に麺を頬張っている。ゴクンと麺を飲み込むと、口を開いた。
「最近忙しいのか?」
言われ考える。そりゃやることたくさんあるけど、そこまでではない。たまたま今回短期任務が入ったのだが。
(そういやナルトに会ったのは久しぶりだったか)
「そーねえ、今回はたまたま期間が長かっただけで、待機所にも詰めてるよ。それなりに非番もあるし」
「そうなのかよ。てっきり働きづめなのかとばっかり思ってた」
素直な意見にカカシは小さく笑った。
「なに?俺の心配なんかしてくれるの?」
笑うと、ナルトもケラケラと笑うが首を振る。
「してないってばよ」
「は?なにそれ。あ、そーか。ナルトはサクラの事しか考えてないもんねえ」
と言うと、ナルトは口を閉じてじっとどんぶりに浮かぶスープを見つめた。
「...今はあんまり」
いつもらしくない口調に、おや、と片眉を上げると、ナルトは口を開いた。
「いや、そうじゃなくってさ。今は同じ目標に向かってる最中だから」
ああ、そうね、とカカシは心の中で相づちを打った。口に出さなかったのは言わなくてもきっと分かっていると思ったから。
同時に関心する。黙ったカカシに気が付いて、ナルトは少し情けないような笑いを浮かべた。頭を掻く。
「てことにしといてよ」
まだまだ子供だと思っていたのに。
(成長って早いもんだね)
俺がこんだけ感じるって事は、あの人はきっともっとそれを強く感じてるに違いない。それもアカデミーで育ててきた子供たち全てに対して。
(適わないな)
それだけで、強く思う。
目を細めて見つめる中、ナルトは改めてラーメンを勢いよく食べ始めた。
「じゃー、先生。またな」
満腹になったと満足した顔でナルトは手を挙げ、
「あ、そーだ」
と、背を向けようとして、すぐにカカシに向き返った。ポケットをごそごそと探って出したものを投げられ、カカシは手の内に入れ掌を広げる。
陶器で出来た小さな招き猫。
「......?」
カカシは素直に首を傾げた。そこからナルトに顔を向ける。
「なにこれ?てゆーかお前ね、割れ物を投げちゃだめでしょ」
眉を寄せて言うカカシに、気にしていない笑いを見せた。
「この前俺さ引っ越ししたんだってば。その時見つけたやつ」
「はあ?だから、なんで。俺こんなのいらないよ?」
ナルトはカカシの手の中にある小さな招き猫を指さした。
「だってそれイルカ先生のなんだもん。貸すって言ってたからさ、返さないといけないだろ?」
そこまで言って満足したのか、ナルトは、じゃあな、と言い背を向けようとするので、カカシは慌てた。
「ちょ、ちょっと。ナルト!」
呼び止めると、カカシに不思議そうな顔を向けた。
「なんだよ?」
「いやね、返すだったらお前がイルカ先生に返せばいいでしょ」
ナルトは眉を寄せた。
「えー、何で?いいじゃん。どうせ部屋に帰るんだろ?」
怪訝そうな表情を浮かべる。ナルトの表情ははっきりしているのに、意味が分からない。困惑するカカシの顔をナルトはじっと見つめた。
「めんどくせーもん」
「は?だからはしょるんじゃないよ、....て、....お前...知ってるの?」
途中まで言い掛けて、そこから思い当たるべき事を、聞いた。ナルトは首を軽く傾げる。
「なにが?」
「なにがって、俺とイルカ先生が一緒に住んで、....るってこと」
語尾を小さめに言うと、普通に一回頷いた。
「ああ」
だから?と付け加えそうな顔をする。
驚いた。サクラが勘ぐってるのは知っていたが。このナルトが気が付いてるわけないと思いこんでいた。あまりの盲点にカカシは心の内で動揺する。
しかも関係を疑ってる訳でもない。知っていると、そんな言い方だった。でもナルトの事だから、ただ一緒に住んでいると思ってるのかもしれないし、イルカがぽろっと住んでる事だけを零したのかもしれない。
色々言い訳じみた事を頭の中で並べていると、ナルトは口を開いた。
「別に俺、偏見とかないからさ、先生」
真っ直ぐ清い瞳を向けられるが、内容は強烈だった。が、その胸中を隠しながらも、ナルトのその眼差しを見つめる。
ふっと肩の力を抜いて息を吐き出す。
「イルカ先生に、...聞いたのか?」
ナルトは金色の頭を振る。
「じゃあなんで...?」
「んー?なんとなく」
ぼやけた言い方だが、はっきりと言いきる。
「いつから知ってた?」
聞くと、ナルトは平然とした顔から、記憶を手繰るように、視線を斜めにずらした。
「いつからなんて、言われても...」
んー、とそこから深く考える表情を見せ、閉じていた口をナルトが開いた。そうだ、とぽつりと呟く。
視線をカカシに戻した。
「アカデミーでイルカ先生の授業受けてた時」
カカシから目をそらすことなくナルトは言った。
実際、イルカとつき合い始めたのは、上忍師として出会う頃よりずっと前。その頃のナルトはまだ下忍にもなっていない年齢で。
そんな歳で気が付くはずがないと、そう思うのに。ナルトの目は偽りがなかった。それに思わず怖じ気付きそうになる。
だけど、そうだと言われても、そんな洞察力、その頃のナルトにあると思えない。
それでもナルトはけろっとした顔を見せている。長年そう思ってきのに何を今更、と思っているような顔だ。
実際、ナルトはきょとんとした表情をした。
「あれー、違ったの?」
純粋な目に、カカシは頭を掻いた。
「あー、いや。そう。違ってないよ」
聞いて、ナルトは嬉しそうに微笑んだ。出会った頃の笑顔となんら変わらない子供らしい笑顔だった。
「だよね。良かった。ずっと勘違いしてきたのかと思っちゃった。なんだよ先生、ビビらせんなって」
ビビらせるもなにも。こっちがビビってるって、分かってんのか、と内心思うが、あはは、と笑うナルトはカカシの心まで読もうとも思っていない。
子供が親の感情を敏感に察知するのと似たようなものなのか。二人の関係性からどの生徒にもない観察眼を持ってる事になる。
カカシは半分納得しながら、招き猫をポケットに仕舞い込む。
「まあ、いいや。悪かったな、呼び止めて」
カカシの言葉にニコッとナルトは笑った。
「いいよ、全然。だって俺間違ってなかったって事なんだし」
「ああ、そうね」
片手を上げたカカシに、ナルトは嬉しそうに目を細めた。
「俺にもチャンスがあるって事だから」
ナルトの台詞に、カカシはじっとその顔を見つめた。何を言ったのか、いや、分かっているのに。それでも信じられない。
「そうだろ?先生」
あどけない微笑みのまま、揺るぎない目で。ナルトは白い歯を見せた。
<終>
今週は夜勤だと言っていたから、部屋に帰りを待つ人はいない。自分の部屋に帰ってもいいんだけど、冷蔵庫に飲み物しか入っていない事は記憶にあった。だからどっかで適当に。
恋人と一週間ぶりの再会が報告所なのも寂しいけど、にっこり全開の笑顔を見せられたから、気分は悪くない。
(寂しいと思った時点で俺の方が分が悪いよな)
思いながらため息を吐き出し、そこで目に入った金髪の頭に一瞬足を止めようかとも考えるが。元部下にそう会う度に声かけるのもな、とすぐに思い直して通り過ぎようとした。
「あ、せんせー」
「........」
(あっちが気が付いたか)
仕方ないとカカシは立ち止まって顔を向けると、案の定、ナルトが嬉しそうに手を振っている。
「よ」
ポケットから手を出しそれに応える。
「メシまだなのか?」
「え?ああ、まあね」
「じゃあ一緒に食おうよ」
俺まだ注文したばっかだし。にししと笑って手招きされる。
「なに、俺に奢れって言うんじゃないよね」
ため息混じりに言いいながら隣に座ると、ナルトは大袈裟に口を尖らせた。
「んなことしねーってばよ」
憮然とした表情を見せられ、カカシは苦笑いを浮かべた。
二人で並んでラーメンを食べる。
「なあ先生」
「んー?」
目だけを向けるとナルトは口一杯に麺を頬張っている。ゴクンと麺を飲み込むと、口を開いた。
「最近忙しいのか?」
言われ考える。そりゃやることたくさんあるけど、そこまでではない。たまたま今回短期任務が入ったのだが。
(そういやナルトに会ったのは久しぶりだったか)
「そーねえ、今回はたまたま期間が長かっただけで、待機所にも詰めてるよ。それなりに非番もあるし」
「そうなのかよ。てっきり働きづめなのかとばっかり思ってた」
素直な意見にカカシは小さく笑った。
「なに?俺の心配なんかしてくれるの?」
笑うと、ナルトもケラケラと笑うが首を振る。
「してないってばよ」
「は?なにそれ。あ、そーか。ナルトはサクラの事しか考えてないもんねえ」
と言うと、ナルトは口を閉じてじっとどんぶりに浮かぶスープを見つめた。
「...今はあんまり」
いつもらしくない口調に、おや、と片眉を上げると、ナルトは口を開いた。
「いや、そうじゃなくってさ。今は同じ目標に向かってる最中だから」
ああ、そうね、とカカシは心の中で相づちを打った。口に出さなかったのは言わなくてもきっと分かっていると思ったから。
同時に関心する。黙ったカカシに気が付いて、ナルトは少し情けないような笑いを浮かべた。頭を掻く。
「てことにしといてよ」
まだまだ子供だと思っていたのに。
(成長って早いもんだね)
俺がこんだけ感じるって事は、あの人はきっともっとそれを強く感じてるに違いない。それもアカデミーで育ててきた子供たち全てに対して。
(適わないな)
それだけで、強く思う。
目を細めて見つめる中、ナルトは改めてラーメンを勢いよく食べ始めた。
「じゃー、先生。またな」
満腹になったと満足した顔でナルトは手を挙げ、
「あ、そーだ」
と、背を向けようとして、すぐにカカシに向き返った。ポケットをごそごそと探って出したものを投げられ、カカシは手の内に入れ掌を広げる。
陶器で出来た小さな招き猫。
「......?」
カカシは素直に首を傾げた。そこからナルトに顔を向ける。
「なにこれ?てゆーかお前ね、割れ物を投げちゃだめでしょ」
眉を寄せて言うカカシに、気にしていない笑いを見せた。
「この前俺さ引っ越ししたんだってば。その時見つけたやつ」
「はあ?だから、なんで。俺こんなのいらないよ?」
ナルトはカカシの手の中にある小さな招き猫を指さした。
「だってそれイルカ先生のなんだもん。貸すって言ってたからさ、返さないといけないだろ?」
そこまで言って満足したのか、ナルトは、じゃあな、と言い背を向けようとするので、カカシは慌てた。
「ちょ、ちょっと。ナルト!」
呼び止めると、カカシに不思議そうな顔を向けた。
「なんだよ?」
「いやね、返すだったらお前がイルカ先生に返せばいいでしょ」
ナルトは眉を寄せた。
「えー、何で?いいじゃん。どうせ部屋に帰るんだろ?」
怪訝そうな表情を浮かべる。ナルトの表情ははっきりしているのに、意味が分からない。困惑するカカシの顔をナルトはじっと見つめた。
「めんどくせーもん」
「は?だからはしょるんじゃないよ、....て、....お前...知ってるの?」
途中まで言い掛けて、そこから思い当たるべき事を、聞いた。ナルトは首を軽く傾げる。
「なにが?」
「なにがって、俺とイルカ先生が一緒に住んで、....るってこと」
語尾を小さめに言うと、普通に一回頷いた。
「ああ」
だから?と付け加えそうな顔をする。
驚いた。サクラが勘ぐってるのは知っていたが。このナルトが気が付いてるわけないと思いこんでいた。あまりの盲点にカカシは心の内で動揺する。
しかも関係を疑ってる訳でもない。知っていると、そんな言い方だった。でもナルトの事だから、ただ一緒に住んでいると思ってるのかもしれないし、イルカがぽろっと住んでる事だけを零したのかもしれない。
色々言い訳じみた事を頭の中で並べていると、ナルトは口を開いた。
「別に俺、偏見とかないからさ、先生」
真っ直ぐ清い瞳を向けられるが、内容は強烈だった。が、その胸中を隠しながらも、ナルトのその眼差しを見つめる。
ふっと肩の力を抜いて息を吐き出す。
「イルカ先生に、...聞いたのか?」
ナルトは金色の頭を振る。
「じゃあなんで...?」
「んー?なんとなく」
ぼやけた言い方だが、はっきりと言いきる。
「いつから知ってた?」
聞くと、ナルトは平然とした顔から、記憶を手繰るように、視線を斜めにずらした。
「いつからなんて、言われても...」
んー、とそこから深く考える表情を見せ、閉じていた口をナルトが開いた。そうだ、とぽつりと呟く。
視線をカカシに戻した。
「アカデミーでイルカ先生の授業受けてた時」
カカシから目をそらすことなくナルトは言った。
実際、イルカとつき合い始めたのは、上忍師として出会う頃よりずっと前。その頃のナルトはまだ下忍にもなっていない年齢で。
そんな歳で気が付くはずがないと、そう思うのに。ナルトの目は偽りがなかった。それに思わず怖じ気付きそうになる。
だけど、そうだと言われても、そんな洞察力、その頃のナルトにあると思えない。
それでもナルトはけろっとした顔を見せている。長年そう思ってきのに何を今更、と思っているような顔だ。
実際、ナルトはきょとんとした表情をした。
「あれー、違ったの?」
純粋な目に、カカシは頭を掻いた。
「あー、いや。そう。違ってないよ」
聞いて、ナルトは嬉しそうに微笑んだ。出会った頃の笑顔となんら変わらない子供らしい笑顔だった。
「だよね。良かった。ずっと勘違いしてきたのかと思っちゃった。なんだよ先生、ビビらせんなって」
ビビらせるもなにも。こっちがビビってるって、分かってんのか、と内心思うが、あはは、と笑うナルトはカカシの心まで読もうとも思っていない。
子供が親の感情を敏感に察知するのと似たようなものなのか。二人の関係性からどの生徒にもない観察眼を持ってる事になる。
カカシは半分納得しながら、招き猫をポケットに仕舞い込む。
「まあ、いいや。悪かったな、呼び止めて」
カカシの言葉にニコッとナルトは笑った。
「いいよ、全然。だって俺間違ってなかったって事なんだし」
「ああ、そうね」
片手を上げたカカシに、ナルトは嬉しそうに目を細めた。
「俺にもチャンスがあるって事だから」
ナルトの台詞に、カカシはじっとその顔を見つめた。何を言ったのか、いや、分かっているのに。それでも信じられない。
「そうだろ?先生」
あどけない微笑みのまま、揺るぎない目で。ナルトは白い歯を見せた。
<終>
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