2021クリスマス

 冷えてきたな。
 夜道を歩きながらカカシは黒い空を仰いだ。昼間はそこまでではなかったが陽が落ちると同時に感じる気温差に身体を震わす。その寒さが堪えるわけでもないが好きなわけでもない。
 そう、別に好きでもないのに何故か寒いと思っていても寒そうに見えないと上忍仲間に言われるのは毎年のことで。まあ、ただ単に格好から言われているだけに過ぎないが。ナルトからも羨ましいとボヤかれたが口布だけでそこまで体感温度が変わるわけでもない。
 冷たくなる手をポケットに突っ込み寒さに背中を丸めた時、
「こんばんは」
 かけられた声に振り返ると、イルカが立っていた。どーも、と返しながら見るイルカはたぶん仕事帰りなんだろう、肩に鞄をかけている。基準は分からないが、残業して帰るには遅い時間だ。自分も任務を終えて帰るところだが、内容兎も角昼過ぎに動いた自分からしたから朝から勤務しているイルカと比べたら実動時間は少ない。
 それを労ったところで恐縮され逆に返されるのが分かっているから、カカシはどうしようかと思うも、こんな時間まで仕事?と聞けばイルカは苦笑いを浮かべた。
「ええ、まあ」
 笑いながら短く答えるイルカの笑顔には疲労が見える。
「まあ、盆も正月もましてやクリスマスも関係ないのが俺らの仕事ですからね」
 疲労が見える目を見つめ返すカカシにそう続けたイルカの、言葉の混ぜっ返すような明るさは、わざとだ。それが分かったら、カカシも笑った。そーね、と返しながらポケットから出した手で銀色の髪を掻く。その直後に強く吹いた風が木々を鳴らすから、カカシは暗闇へ目を向けた。慣れた寒さとは言え寒いものは寒い。
「ま、この寒さなんで一杯やって帰りますよ」
 互いに仕事帰りだと言うのにこんな所で長話を続けるわけにもいかない。肩を軽く竦める仕草をして会話を切り上げようとしたカカシに、
「あのっ」
 イルカの声がそれを遮った。
 帰ろうと思っていたのはイルカも同じだったはずだから。カカシはイルカに顔を戻す。
 ついさっき冗談を口にして笑った表情とは裏腹なに真面目な顔をイルカは見せている。今までイルカと会話をしてきてこんな神妙な顔を見せたのは初めてで、何だろうと思う間も無く、
「今日、何時まで飲んでますか」
 言われた言葉にカカシは瞬きをした。そんなにイルカの事は知らないが、こんなに脈絡のない会話をする人間ではない。
 不思議に思うカカシは戸惑いながら、適当に飲んで帰るくらいしか頭になかったから。いつまでって、と呟けば、イルカは再び口を開いた。
「お願いがあるんですが」

 カカシは屋台で一人おでんをつまみながら酒を飲む。
 最近見つけたこの屋台のは、おでんが美味くお気に入りだ。店主が無口ななもいい。味がしっかりと染み込んだ大根を口に運び、それを味わいながらも立て肘をつきながらカカシは再び酒の入ったグラスを傾けた。
 俺を起こして欲しいんです。
 言葉の意味が分からなくて、眉を顰めるカカシに苦笑いをイルカは浮かべた。
 今日はどうしても起きていなきゃいけないのに、この疲労で寝てまうだろうから。頑張って起きているつもりだがもし寝ていたら起こして欲しい。それがイルカの説明だった。
 まあ、確かに以前ナルトから聞いたイルカの住んでいるアパートは自分の帰る道からは遠くない。でも。
「何で起きてなきゃならないの?」
 疲れてるんだったら寝ればいいだろうと、そんな意味合いを含めた口調で当然の質問をすれば、イルカはまた眉を下げた。
「どうしても親がいない生徒にプレゼントを配りたいんです」
 この時期らしい尤もな理由にも感じるが、ピンとこなくて、カカシは、へえ、とだけ相槌を打つ。確かに昔に比べたらその時々の色々な行事を里全体が楽しんでいる風潮はあるが。大戦を繰り返した事で孤児がいるのは珍しくもない。ただ、イルカがアカデミーの教師だからと言われればそこまでだが。そこまで親しくない自分に頼む事を考えればイルカの真剣さは伝わるものの、そっか、とカカシは後頭部を掻いた。
「そんなに大事?」
 価値観の違いは明らかだから。イルカにとったら辛辣な言葉だと受け取られるかもしれない。でも、カカシの言葉に、イルカは笑顔を浮かべる。
「こういうのを楽しめる時期なんて一瞬ですから」
 屈託なく笑った。

 そんなものかねえ。
 カカシはイルカの笑顔を思い出しながらグラスから口を離すとおでんが乗っている皿に視線を落とす。
 自分ではそこまでとは思えなくとも。イルカにとったら大切なのだ。
 残業で疲れていようと、睡眠時間を削ってまで。そして上官に頼むほどに。
 そして、きっとナルトもサスケもイルカにもらったのだろう。そっと窓枠や玄関に置かれたプレゼントを。
 目にした事のない情景を思い浮かべていたら感じたのは胸の暖かさだった。久しく感じた事のない感情は、決して酒のせいでもなくて。カカシは酒を飲み干すと立ち上がる。
 勘定をするんだと、椅子から立ち上がった店主にカカシは顔を向けた。
「おでん、適当に見繕ってくれる?」
 いつもは黙って勘定をして立ち去る客だが。
 お土産にしたいのよ。
 そう口にして微笑むカカシに、店主は頷きトレイを手に取った。
 
 すっかり夜が更けた空の下、カカシはゆっくりと歩く。手にはおでんの入ったビニール袋。
 今まで誰かに何かをあげようなんて思ったこともなかった。
 たかがおでんだが。
 イルカの気持ちが分かったとは言えないが、サンタの気分とはこんな感じなのだろうか。
 妙な高揚感は、思ったより悪くなくて。
 その足取りは軽い。
 きっと宣言通り頑張るも睡魔に襲われ寝てしまっているだろう、イルカの住むアパートへカカシは足を向けた。
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