2022 ホワイトデー

 同僚の誘いを断って商店街で買い物をしようと歩いている時に声をかけてきたのはカカシだった。
「こんな時間に珍しいね」
 言われて確かに最近残業続きでこんな時間に買い物をする事もなかったから。その通りだとイルカは苦笑いを浮かべる。
「日が長くなってきましたしね」
 言えば確かにねえ、とカカシが視線を上げた。赤く染まり出している空を眺める。そこから、そうだ、と声を出しイルカへ視線を戻した。
「ね、ラーメン食いに行かない?」
 ラーメン。それはもちろん一楽の事を指しているのだろうが。ついさっき給料日前だからと同僚の誘いを断ったばかりだ。それに、たまに居酒屋で顔を合わせたり、職場の飲み会で酒を一緒に飲んだことはあるが、こんな風に誘ってきたのは初めてだ。
 迷いが顔に出たのだろう。
「奢るからさ」
 そう追加されてイルカは慌てた。思わず、いやっ、と手を振る。
「今日俺自炊しようと思ってたんで」
 断る理由は嘘ではない。でも恐縮しているからだと受け取ったのか、ポケットから手を出したカカシに背中を押される。いーからいーから、と言われたら、それ以上に拒否も出来ず、イルカはついて行くしかなかった。

「俺醤油ね」
 戸惑うイルカを前にカウンターに座ったカカシは先に注文を済ませる。
「イルカ先生は?」
 カカシが振り返る。ここまで来たら食うしかないし、それに分かってはいたが。
 すげーいい匂い。
 節約と、さらに忙しいのもあってか来たくてもなかなか来れなかったから尚更だ。店内に広がるラーメンの匂いに胃袋は心より先にラーメンを食う気になっている。そして、奢るとは言ってくれたが、ラーメンの代金くらいは財布にはある。
 まあ、こういうのもタイミングだ。
 カカシの横に座りながら、イルカはいつものように店主に味噌を注文した。

 カカシと並んでラーメンを啜る。
 久しぶりのラーメンが美味くないわけがない。給料日まで我慢だ、と思っていたが。
 ラーメン最高。
 いつ食べても変わらない旨さを噛みしめながら、同じようにラーメンを啜っているカカシを見て思うのは。
 俺なんかと食べてて楽しいのか?
 ということ。
 ナルト繋がりで話す機会も増えたが、中忍選抜試験のあれで面倒くさい中忍だと思っているだろうとばかり思っていたのに。カカシはそれを見せない。普通だったらボコられると同僚が言った通りボコられるまではいかないにしろ何かしら咎められたって文句は言えない。何が正しいとかではなく、あれは確かに自分が悪かった。あの発言をあの場所で言うべきではなかった。
 だから、こうして声をかけてくれるのは嬉しいが、謝るタイミングを逃してしまっているのも事実だ。
 あ、いや、今日言うべきか。
 もぐもぐと咀嚼しながら考えてれば、
「先生って味噌なんだね」
 言われてカカシへ顔を向ける。
「いや、全部制覇はしてたんですが味噌に落ち着きまして」
 笑わすつもりはなかったが、それを聞いてカカシは笑った。なるほどねえ、と呟く。
「替え玉頼む?」
 麺の減りを見たからなのか、そう言われて、まだ満腹とまではいかないが、でも何も考えていなかった。それに流石に糖質ばかりは良くないのも分かっている。
「俺の奢りだからいいじゃない」
 聞き捨てならない言葉にイルカは反応した。
「いや、自分の食った分は払います、そんなつもりで、」
「俺はそのつもりだよ」
 被せられて言われイルカは困った。
 それじゃ俺が奢りの言葉に誘われてきたみたいじゃないか。
 伸びてしまう前にと麺を啜りながら、でも、と口籠った時、
「バレンタインのお返し」
 麺を吹き出すかと思った。
 不意に言われた言葉に咽せたイルカは麺を飲み込みながら、咳き込む。
「な、なにを、」
 目を白黒させながら口元を押さえて言えば、先に食べ終わったカカシは、だからさ、と付け加える。
「バレンタインの日。女性職員からだって先生が俺に持ってきたチョコの中に、先生のチョコあったよね?」
 ぎくりとした。
 バレるはずはない。
 そう思っていた。
 アホのように悩み時間をかけて選んだが。買ったのはどこにでも売っているようなチョコだ。
 仕掛けも何もない。実際にカカシに渡して欲しいと頼まれて渡されたチョコの方が本命をぎらぎら主張していた。あれに紛れ込ませたら分からないと思ったのに。
「木の葉スーパーのバレンタインのチョコ、あれ先生だよね?」
 見事に指摘され、イルカはごくりと最後の麺を飲み込む。
 別に告白する気なんてなかった。
 気持ちを伝えない代わりに渡したくなった。
 そう。ただ、バレンタインだから。渡したくて。
 片思いするくらいいいじゃないか。
 何を言ってもはぐらかそう。
 そう決意するイルカに、カカシは少しだけ顔を近づける。
「ラーメンがチョコのお返し」
 食べたよね、全部。
 あ。
 カカシの台詞に反応して自分の丼へ目を落とす。
 スープが少し残っているくらいで何もない。
 きっとカカシは自分が密かに好意を寄せているのも、その気持ちを伝えることをしないのも知っていた。
 それに自分は何も気が付かず、のこのことついてきて、ラーメンを完食した。
 その事実は分かるのに。
 頭が回らない。
 だってそうだろう。
 ラーメンで腹が満たされているのに、気持ちがバレたのと立たされたこの状況に頭は真っ白だ。
 こんなのってない。
 逃げ出したい。
 消えてしまいたい。
 羞恥と動揺に。そう思うイルカの前で、
 「カップル成立だね」
 カカシはにっこりと嬉しそうに微笑んだ。
 
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