あやまち イルカ視点

 何でそんな事を、そんな顔で言えるんだよ。
 たまたま居酒屋で居合わせた時、眉を下げて口にしたカカシさんの顔を見て俺は泣きなくなった。
 最初、下忍になったナルト達をこの人に任せる事が心配だった。
 でも、想像以上にカカシは子供たちの事を分かっていた。誰よりも仲間思いなんだって、子供たちから聞いて思い知らされた。
 サスケが里抜けした事は、七班がバラバラになった事は、カカシのせいでも何でもない。責任を感じることなんてないのに。
 カカシが、ぽっかりと空いた穴を埋めることが出来ていないんだと、想像するのも容易かった。その感覚は、長年教師をしていようと、慣れることはない。気の利いた事を何か言わなきゃと思ったのに、カカシの顔を見たら、言葉が口から出てこない。何が喋ったら、涙腺が緩んでしまいそうで。そんな自分に情けなくて腹が立った。だって、泣きたいのは俺じゃない。カカシさんなのに。

 あの日、カカシと肌を合わせた最初で最後の日。
 この人はこんなに暖かいんだと思った事を覚えている。
 最初は指先も、触れる唇も冷たかったけど、何度も重ね合ううちに暖かくなり、吐息もまた、同じように熱いものに変わっていった。
 口づけを交わしながら中に押し入ってきたものは今まで感じた事がないくらいに灼けるような熱さで、中を容赦なく擦られて、気が付いたらカカシの背中に手を回してしがみついていた。その背中も汗に湿っていて、薄く目を開けたら、カカシの額に滲む汗を見つけた。暑い夏でも右目だけを晒した格好なのに、汗一つ掻いていない、何も暑くなんかない、そんな顔で涼しげで。それが愛おしく感じて、気が付いたら、カカシの額に手を伸ばしていた。汗に触れれば、カカシもまた目を開ける。不思議そうに、そして優しく俺に微笑みその手を優しく退けた。
 そこからは激しく追い立てられて、その後の事はよく覚えていない。
 
 カカシが火影に就任してから、里内外からの目がカカシに向けられ、上忍師の時以上に色々な噂が耳に入った。中には、近隣の国はもちろん、遠く離れた他の里からもカカシへ縁談を持ちかける話が絶えないと聞いて、戦略的なものがあるだろうが、そりゃそうだろうなあ、と内心納得した。
 火影になったカカシは、以前と同じように、何も変わっていないかのように、イルカ先生、と自分を呼ぶ。写輪眼じゃなくなったカカシの両目が自分を映して微笑む。カカシは何も話さないが、あのペイン戦で命を落としそうになったと聞いて。もちろん自分も命を張って子供たちや里を守ったが、それ以上にカカシが守ってくれたんだと。カカシの目を見る度に感じれば感じるほど辛くて。距離をとった。
 でも。
 執務室で、あの、と声をかけた時、優しそうに自分の目を見つめ返してくれたカカシを見たら。
 どうしようもなくカカシの温もりが恋しくなった。
 あと一回だけ。
 一度だけ。
 もっと手が届かない存在になってしまう前に。
 元から何も始まっていない恋だから。
 ───それなのに。
 重ねられた手のカカシの暖かさを感じた時、心の奥で何年も張りつめていた糸が切れた音が、イルカの耳にはっきりと聞こえた。
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