あやまち 追記②

「調子はどう?」
 不意に後ろから声をかけられ、イルカは動かしていたペンを止めた。振り返り、そこにカカシ、いや、六代目火影の姿を目にしてぎょっとする。げっ、と思わず出た声にカカシは眉を下げた。
 そりゃないでしょ、と言われイルカは面目ない表情を見せながらも、頬を少しだけ赤らめる。
 そりゃそうだろう。だって、昨日の今日だ。
 互いに仕事に追われる身で仕事で、時間を作らない限り、顔を合わせる機会はほとんどない。
 だから、昨日議事録も提出済みで、執務室へ出向く予定もない。だからしばらくは顔を合わせないんだろうと思っていた矢先、まさかカカシから足をアカデミーに運ぶなんて思ってもみなくて。
 動揺が広がるのを抑えながら、
「えっと・・・・・・まあ、まずまずです」
 と最初の質問に答えると、イルカは書き込んでいた書類へ目を向けた。今取り組んでいる授業内容でも何でもなく、来期迎える新入生に組むべき項目を見直していたが、カカシはそれを手に取ると、眺める。
 目を通しながら、へえ、と関心そうに呟いた。
「まあ、まだ提案の段階なので、色々訂正が必要になってくるとは思いますが、」
 そう、まだ火影に見せる段階ではない。というか見せるつもりもなかった。気まずそうにしているイルカに構わず、カカシはその書類を読み進める。
 職員室の開け放たれた窓からは、授業をしている教員の声や、子供たちの笑い声が遠くに聞こえる。今アカデミーで一番静かなのはここなのかもしれない。
 そう思いながら、イルカはそっとカカシへ視線を向けた。

 昨夜、交わったのは一度だけではなかった。
 欲望に身を任せ、部屋には水っぽい音が響く。いい歳した、教職に就きながら部下も持つ身で、しかも相手は里の長だ。まあ、でも、纏っていた衣を脱ぎ捨て裸で交わっている今、誰でもない。ただ、欲望のまま肌を重ねるだけだ。
 一度達したものを抜こうとはせず、カカシは荒い息を吐きながらも耳の薄い部分を甘噛みする。同時に耳に吹き込まれる熱い息にイルカは身震いした。
(・・・・・・すげえ体力)
 自分もまだそこまで衰えてはいないとは思っていたが、二十代の頃とは明らかに違う。それでもカカシよりも既に体力を消耗しているのは明白で。そもそもカカシは、写輪眼を失った事で過去その眼から力を放出しないように常に押さえる為のチャクラを使う事がなくなったからなのかどうかは分からないが。その息づかいさえまだ余裕を感じる。
 イルカがぐったりベットに身体を横たえていれば、カカシは名残惜しそうに黒い髪の上から唇を落とした。ゆっくりと引き抜かれ擦れる感覚にイルカは、声を小さく漏らす。カカシは覆い被さっていた身体をようやく退けると、乱れた呼吸を整えるように同じように身体を横たえた。
「余裕なくてごめん」
 そんな事言われるなんて。少し驚きながらも顔を向けると、苦笑気味に青みがかった目がイルカを見ていた。久しぶりすぎて、と付け加えたその台詞に、カカシに対して様々な憶測を浮かべてはいたが意外で。でも嘘ではない言葉に、そうですか、とだけ返せば、そこからカカシはイルカを抱き寄せる。離す事はなかった。

 昨夜の光景がいまだ頭から離れない。
 言うならばまだ鮮明で、カカシの低い声を聞いただけで、それがまだ耳元で囁かれているような感覚になる。
 自分はこんなんなのに、カカシは至って普通だ。
 でも、カカシの書類を真剣に眺める表情を見つめていると、昨夜の事は夢だったんじゃないかとさえ思えてくる。と、その涼しげな目は書類そのままに、カカシがふと口を開いた。
「俺たち、結婚でもする?」
 イルカは目を見開いていた。次第にその目はまん丸になる。
 思わず落としそうになったペンを握り直す。
 その時、授業を終える鐘が鳴り響いた。
 今たまたま職員室には自分とカカシ以外誰もいないて。でも、ここは自分が職場としているアカデミーの職員室で。
 そして書類に目を通しながら何でもない風に。
 でも。
 口にした言葉は、聞き間違いでも何でもなく。顔が徐々に熱くなる。
「・・・・・・あんた、今それを言いますか」
 顔を真っ赤にしながら非難するような言葉を口にすれば、カカシの目がこっちを向く。
「何で?」
 不思議そうな顔をした。
「だって・・・・・・そういうのは、こんなタイミングじゃなくて、」
 まだ始まったばかりで、そう、こんなまだ昨日の熱が冷めていないような状態で言う事じゃ、と思考をぐるぐるさせるイルカを余所にカカシは、そう?と暢気そうに言い、そしてふっと微笑む。
「今だから言うんじゃない」
 それを言うために昨日の今日でここに来たんだと。
 動揺に耳まで赤くさせているイルカを見つめながら、あっけらかんと、そうでしょ?とカカシは両目を緩ませる。それは揺るぎない目で。イルカの作成した書類を手に、にっこりと嬉しそうに微笑んだ。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。