不器用な二人

 声をかけられたのは任務を終え報告を済ませた後、外を歩いている時だった。日は沈んだばかりで、あちらこちらで電灯がちかちかと灯り始める。
 夕飯をどうしようかと思いながら商店街の方へ足を向けて直ぐ名前を呼ばれる。そこにはイルカが立っていた。足を止めれば鞄を肩にかけたイルカが駆け寄ってくる。歩いてきた方角から察したのか、任務でしたか、と聞かれそれに素直に頷けば、お疲れ様でした、と受付にいる時と同じ笑顔を浮かべた。きっと今日はアカデミーで、そして今は勤務時間でも何でもないのに笑顔と共に労いの言葉を向けるのは、自分に媚を売る為でもないと分かっているから。カカシはまた素直に、うん、と答える。その言葉を聞いたイルカはまた満足そうに笑みを浮かべた。
 何となく二人で歩き出したのは、たぶん同じ方向へ向かっているからで。そう思うのは、自分は商店街や繁華街のある方向に向かっているが、イルカはその付近にあるアパートに住んでいるとナルト言っているのを聞いたことがあったから。別に聞いたわけでもないのに、住んでいる場所も然り、イルカの好物やら女の裸に弱いとか、色々な情報をナルトが口にする。アカデミーの生徒だった頃にやたら怒る先生だったと文句を言おうが、嬉々として言う辺り口に出さずとも、イルカがどんな存在だったかが想像出来るから。そこまで親しくもないイルカに対して警戒心はそこまでない。
 イルカからしたらきっと余分な情報までこっちが知っていようなんて言おうものなら、きっと感情を素直に顔に出し、顔を真っ赤にして、お恥ずかしい、と口にするだろうが。言っても仕様もない事なのは分かっているから、カカシはポケットに手を入れたまま黙ってイルカと並んで歩く事を選ぶ。
 今日あったアカデミーでの事を話しているイルカに相づちを打っていた時に、
「あ、」
 不意にイルカが声を出して、顔を向ければイルカは鼠色の空を見上げていた。
「雨ですね」
 ぽつりと口にした言葉に、ああ、とカカシは頷いた。同じように空を仰げば頬に雨粒が落ち口布を濡らす。里に着いた時点で既に空気が少し雨をはらんでいたから。ぱらつき出すのも納得で。傘は持っていないがもう仕事終わりだから気にもしていなかったのに、降り出す雨にイルカに腕を取られ驚いた。
「なに」
 思わず口から出た言葉に、イルカは、早く、とその腕を引っ張る。走り出すから、促されるままにカカシはその後に続いた。

 ついて行ったのは大方近くの軒がある場所で雨宿りをするかと思っていたからだ。
 でも連れてこられた場所は古いアパートで、雨から防いではくれているが、あちらこちらに錆が見える。言わずともイルカの住んでいるアパートなんだと分かり、戸惑うカカシの前で、イルカは鞄から取り出した鍵を取り出す。目の前の扉を開けたところでカカシに振り返った。
「入ってください」
 言われて当たり前だが躊躇する。自分には珍しく、でも、と口を濁していた。雲の切れ目から通り雨の可能性だってあるし、雨宿りならそこらの近くの適当な場所で十分だ。
 戸惑い立ったまま動かないカカシに、イルカは扉を開けたままこっちを見た。
「早く、濡れちゃいますよ」
 確かに、ここのアパートも軒があるがとても軒とは言えなく、しかも強まった雨足にその軒から落ちる雨がカカシの髪や身体を濡らしている。自分が濡れるのは構わないがこうしている間にも入り込んだ雨で開けた玄関が濡れるから、カカシは玄関に入る事を選んだ。
 そこからはバタバタしていた。
 カカシ入るのを確認すると扉を閉め、苦笑いしながらイルカは部屋に上がる。玄関で立っているカカシの前で、あ、やべ、とイルカがまた声を上げた。
 洗濯物干しっぱなしだ、と慌てて居間の窓を開けて吊してあった洗濯物を取り込み始める。干した意味ねえ、とすっかり再び濡れてしまった洗濯物にぼやきながら今度はどこか奥へイルカは向かおうとして、こっちを見る。
「あ、カカシさん上がって、今タオル持ってきますから」
 ここで十分だと思っていたしそこまで図々しくない。その言葉に困ろうとも、それにお構いなしにイルカはカカシに靴を脱がせ部屋に上がらせると、ちゃぶ台の前まで招いた。
 そしてタオルを渡されるから、それを使わないわけにはいかなくて。ありがとう、と礼を口にする。そしてカカシは仕方なく床に胡座を掻いて座りながら、濡れた髪や身体を拭いた。
 
 ベストだけを脱いだイルカが脱衣所と思われる場所から姿を見せ、同じようにタオルで濡れた髪を拭きながらぼんやりと外を見た。
「雨、止みそうにないですね」
 言われてカカシも窓へ目を向けた。確かに雨は未だ雨足が強く、切れ目があった雨雲は見る限り一面に広がり止みそうにないが。長居するわけにもいかないから。
「どうかねえ」
 止みそうにないと分かっていてもそう呟く事を選べば、
「泊まっていったらどうですか」
 そんな言葉を返され、思わずイルカの顔を見ていた。会話をする時は必ずと言っていいほど目を見て話すのに、今は雨が打ち付ける窓へ顔を向けたまま。お茶を淹れますね、とそこからカカシの答えを聞かずに台所へとまた姿を消す。
 姿を消すとは言っても狭い間取りに振り向けばそこにイルカがいることは分かっているが。答えなんか出そうになくて、参ったなあ、とカカシは再びタオルで髪を拭く為に手を動かした。
 何でもないように言うくせに、イルカの心拍数がや体温がわずかながらにも上昇したのは確かで。気がつかないふりもできるけど。そもそも普段から他人に興味がない自分が、イルカの目に見えない僅かな変化に気を留めるとか。らしくないなあ、と思う。
 普段から自分から誰かに話しかける事は滅多にないし中忍はもちろん同じ上忍であろうが距離を取られる事が常で。それなのに。イルカは初対面から人懐こい笑みを自分に向ける。中忍と上忍合同の飲み会では顔を見かければビール瓶片手にこっちに挨拶にきて。外でも、建物の中でも、見かけると声をかけてくる。自分に対してごまをする訳でもなく、計算的でもなく。そして時々一生懸命にさえ感じるイルカの行動に気がつかないわけではなかった。誰かに好意を抱かれる事は慣れているが、これが自分の思っている好意だとしたら。ひどく不器用だとしか言いようがない。
 そして自分は自分でイルカに対して不思議と得体の知らない親近感を抱いているのは確かで。しかもさっき言った通り好意を抱かれることはあっても自分が誰かに好意を抱いて行動を起こしたことはない。
 ただ、何となく感づいてはいたけれど、好意の種類は正直イルカの口から出る言葉を聞かない限り分からない。
 お茶を淹れたイルカが台所から戻る。目の前に湯気が立つ湯飲みを置いた。その湯飲みを見つめながら、ふとカカシに別の考えが頭を過ぎる。
 前述の通り、自分は正直他人に興味がなさ過ぎて受け身ばかりで、紅から言われた事もあるが、遊び人だと思われていてもおかしくはない。いやでも、自分はそんなつもりもないが、だからイルカがこんな言葉を自分に向けたのか。だとしたら心外だが。
 思考がぐるぐると回り出口から抜け出せなくなってしまいそうで。それでも、目の前のイルカに答えを出さないわけにはいかない。
 カカシは濡れて草臥れてしまった銀色の髪をがりがりと掻きながら、あのさ、と口を開く。
「取り敢えず、・・・・・・今度一緒に飯でもどうですか」
 誰にも言った事がない言葉をたどたどしくも口にすると、それがどんな意味でカカシが言ったのかイルカは気がついたのか。
 徐々にその顔が赤く染まる。
「・・・・・・よろしくお願いします」
 じっと答えを待つカカシに、イルカは正座をしながら俯き、恥ずかしそうに答えた。
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