冷やし中華はじめました

 昼下がり、カカシは炎天下の道をゆっくりと歩く。つい先週までの梅雨が嘘のように晴天が続き、周りの木々から聞こえる蝉の声は幾つも重なってカカシの耳に届く。その鳴き声も暑い日差しも避けたいと思いながらもカカシは顔を上げ、真っ青な空に浮かぶ白い雲から覗く太陽の光に目を眇めた。
 カカシが歩いてきた道が普段自分が歩く道ではないのは、イルカの家に向かっているからだ。繁華街から離れた場所にあるそのアパートには何回も足を運んだ事があるが、普段は日の暮れた時間だったり任務明けの夜半だったり。こんな風に昼間に一人で向かうのは初めてで。多少は見慣れているはずなのに見慣れない景色をカカシは眺めながら歩いた。

「溶けちゃったかも」
 イルカの部屋に上がり手土産を渡した後、そう口にすれば、ビニール袋の中を確認したイルカから、大丈夫でしょう、とそんな声が返ってきた。道すがら立ち寄ったコンビニで買ったのはカップアイスだった。コンビニからここまで歩いた距離を考えるとたぶんではなくきっと溶けてしまっているんだろうが。冷凍庫に入れておけばまた凍りますよ、とその言葉通り、冷蔵庫に向かったイルカはカップアイスを冷凍庫へ入れる。
「ビールの方が良かった?」
 手土産うんぬんとか、こう言うのは手慣れていない。カカシの台詞にイルカは笑った。
「ぬるいビールはいらないです」
 冗談混じりなのに大方本気にも聞こえるから、だよね、とそれを素直に受け取る。ちゃぶ台の前に座ると目の前に置かれたのが冷えた缶ビールで、先に飲んでてください、と台所向かったイルカに声をかけられる。自分から先にビールの事を振ったが、本当に出てくるとは思っていなかった。普段休日だからと言って昼間から酒を飲む気にもならないが。こうして一人ではない、イルカと過ごす休日なら悪くないと思える。遠慮なく、とカカシは缶ビールに手を伸ばした。
 何を作っているのかと、正直思っていた。
 ビール飲みながらただ待っているだけじゃ手持ちぶさたで、手伝おうとも思ったが。そこまで広くはない場所に手慣れていない自分が入るのもどうなのかと遠慮して。胡座をかきながらちゃぶ台の上に立て肘をついて台所にいるイルカへ目を向けていれば、やがてカカシの前に皿が置かれる。
「冷やし中華です」
 これは何?、と問う前に、イルカが言う。
「カカシさん食べたことがないって言ってたんで」
 確かにそんな事を言った記憶はあるが、ラーメンと同じく家で作って食べるようなものじゃなないと思っていたが、麺の上に乗ったいるのはトマトやキュウリ、細く切られた薄焼き卵とハムで目新しいものでもない。食べましょう、と促されるままにカカシも箸を手に取る。冷たいたれをかけられた麺を啜った。
 つきあい始めたきっかけは、はたまたま居酒屋で顔を合わせる事が重なって、そこから話す機会が増えたからだ。それだけでつき合う事に発展する事はおかしいとは思うが、今回は違った。
 たまたま互いに恋人がいないと、そんな話題になった時に、じゃあつき合ってみましょうと言い出したのはイルカだ。
 どんなつもりで言ったのかは、今も分からないが。頷いたのは、元々お堅い教師とばかり思っていたのに、酒を酌み交わすうちにイメージとは違うそのギャップに、すっかり気を許してしまっている自分がいたからだ。
 こうして昼間から酒を勧めたりするところもあるのに、泊まりに来ませんか、なんて緊張した顔で誘ってきたり。
 イルカが求めるものが何なのか、それを知りたいとは思うけど。それよりも、この部屋で自分ではないイルカの料理をする音や生活感のある匂いも、こうして食卓に並べられた料理も。決して自分が求めてきたものではないのに、これが幸福なんだと、イルカが教えてくれる。
「今年初ですが、やっぱり夏はこれですね」
 麺を啜りながらイルカが満足そうな声を出す。
 さっぱりとしたたれにマヨネーズをかけるのはどうなのと思うが。それに苦笑にながらもカカシはイルカへ目線を向ける。
「これ食べたらあなたを食べるから」
 昼間のビールにイルカの手料理。これ以上に何も要らないとは思うが、欲しいと思ってしまったものは仕方がない。
 カカシの宣言に、豪快に麺を啜っていたイルカは目を一瞬丸くしたかと思うと、短く咳込む。
「バ・・・・・・っ、」
 口から出そうになった麺を手で押さえながら言葉を詰まらせるイルカの顔は真っ赤で。冗談ではないと悟ってくれているのが嬉しくて、カカシは可笑しそうに笑った。
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