本音か建前か

 その日はたまたま居酒屋で居合わせた上忍のアスマと一緒に、酒を飲んでいた。
 元々面倒見がいいアスマに、奢ってもらえるとも確証もなしに財布の心配がなくなったと嬉しそうな同期達に現金なものだと内心呆れつつも、自分も同席して酒を飲む。最初は任務や仕事の内容を話していたが、アスマが上忍で自分たちの上官と言えど所詮は男同士。集まって酒が進めばやがて話も脱線して普段と変わらない内容になっていく。
「疲れてる時は本当、勘弁して欲しいんですよ」
 そう言い出したのは付き合って長い彼女がいる同期だった。
 ジョッキを傾けながら明日のスーパーの特売で何を買おうか考えていたイルカが、何のことかとふと目を向けると、同期の言葉にアスマが笑った。
「そりゃ惚気か」
 アスマの素直な突っ込みに彼女がいたりいなかったりする周りがそうだそうだと合いの手を入れるが、でもですよ、と同期は引き下がる事なくまた口を開く。
「俺も男なんで求められたらそりゃあ嬉しいですが、任務明けとか夜勤続きの日とか、関係なく言われたら嬉しいって言うより仕事の延長みたいって言うか、」
 愚痴る同期に、その言葉に話題が夜の営みの事だと理解する。一歩出遅れたイルカとは違う周りは、やっぱり惚気じゃねえか、と不満そうな顔を見せた。そんな中、アスマは理解を示しながら軽く頷く。
「でもな、女の機嫌を取るわけじゃねえけど相手をしてやるのが一番手っ取り早いんだって」
 残業手当は出ねえけどな
 最後の一言にどっと笑いが起こる中、イルカは思わず飲んでいたビールで咽せそうになった。
 この中のメンバーと同じく自分もまた過去彼女がいたりしたが、今の話題に同感する間もなく関係が解消して。そこから久しく彼女なんて出来ていない。ただ、今は上忍であるはたけカカシの恋人で、しかも、自分が下だなんて。そんな事をアスマも同期も知る由もないから。イルカは周りに合わせるように笑いながら、笑顔の下で複雑な表情を浮かべた。

 奢ってもらった礼をアスマに言い、飲み会を後にして帰路をイルカは一人で歩く。
 残業手当。
 舗装もそこまでされてないない薄暗い道を歩きながら、思い出したアスマの言葉に考え込むように視線を地面に落とした。同期を慰める言葉であって本音ではないのかもしれないが、その言葉はイルカの胸に突き刺さった。自分に向けられた言葉でもないのに、残業手当って、それはあんまりじゃないか、とついそんな言葉が頭に浮かぶ。別に同期の彼女を擁護する為でもない。しかし自分はある意味立場はその彼女と同じだ。
 そう、確かにカカシとそういう関係で、下だけども。ただ、自分はそもそもカカシに強請るような事はしない。
 どちからと言えば、求めてくるのはカカシの方だ。内勤である自分とは違いカカシは戦忍で里外でランクの高い任務をこなし帰ってくる。そんな日も求められる事があるが、それに応じていたのはカカシが求めてきたこらであって。でもそれは間違っていたと言うことなのか。
 先生、する?
 ベッドの中で聞いてくる時、カカシは大抵そんな台詞を耳元で囁くように口にする。
 自分がぐっすり寝ていた時はカカシはもちろんそんな言葉は口にしない。ただ寝しなでまだ起きていた時は別だ。でも、寝ないで起きていた時はただ単に任務帰りのカカシが心配な時であったり、たまたま自分が家で持ち帰った仕事をして寝る時間が遅くなったからであって、決してカカシに無理強いさせたいから起きていた訳でもなくて。
 でも、その言葉に頷いていたのは自分だが、断って欲しくて聞いていたのなら別だが、ただ、自分だって男だ。任務で疲れているだとうろ思っていても、シャワーを浴び、布団に潜り込んできたカカシにシャンプーの匂いをさせながら耳元で熱い吐息混じりに囁かれたら、しかも久しぶりだったりしたら。それなりに自分も溜まっていて、ついそんな気分になってしまうのは仕方ないだろう。
 でもいつもいつも頷いているわけじゃない。断った事だってある。でも、十分でもいいから。そう言われながらまだ柔らかい股間を大きな手のひらで包まれで揉まれたら、嫌でもそんな気分になってしまって。
 暗い夜道で赤くなってしまった頬ををイルカがごしごしと手で擦った時、
「先生」
 不意に後ろから声をかけられイルカの身体が大きく跳ねた。振り返れば、そこにカカシが立っている。
 驚くイルカを余所に、にっこりと微笑まれ、驚かさんでください、と責める言葉を投げかければ、ごめんね、とそんな言葉が返ってくるが、別に悪びれているわけでもない。カカシが隣に並んだ。
「飲んできたの?」
 聞かれて、イルカは、ええ、と素直に頷く。
「アスマさんと合流したら結構盛り上がっちゃいまして」
 流石に話題は口には出せないが。笑顔で答えるイルカに、へえ、と相づちを打ちながら、アイツ面倒見いいもんね、とカカシが続けた。
 確かにアスアは下の面倒見がいいが、それは昔からで、彼の気質のようなものだ。カカシも自分が見ている限りでは部下である七班の子供たちには向けるものは厳しくあれど愛情に近いものを感じるから。中忍選抜試験の時にはぶつかりはしたものの、アイツらの上忍師はカカシで良かったとも思っている。
 もちろんそれを口に出すこともないが。まあ、そうですねえ、とイルカは返す。
 カカシに告白されたのは中忍選抜試験の直後だった。
 衝突してしまった事もあり気まずさを感じていた自分に声をかけてきたのはカカシだった。
 てっきりその中忍試験の事で声をかけられたのだと思いこんでいたから、恋人として付き合ってもらえないですか、と向かい合って言われた時は本当に驚いた。急展開過ぎるし、何を考えているのか分からなくて混乱したが。何のことはない、本当に愛の告白で。
 友達からでよければ
 おずおずとそう答えれば、カカシは満足そうに微笑んだ。
 でもまあ、友達からなんて言葉はカカシには届いていなかったのか、気がつけば返事をして間もなくカカシにいい雰囲気を作られ、その雰囲気に押されついでに押し倒されて。気がつけばあんあんベッドで喘いでいたんだけど。
 そもそも強く女性に迫られた事なんてなかったからか、自分が押しに弱いんだと知ったのはその時だ。
 

「カカシさん風呂沸かしますか?」
 部屋に帰って直ぐ。任務帰りにはゆっくり風呂に浸かって欲しい、そう思い聞けば、カカシは首を横に振った。
「今日はそこまで汚れてないし、さっとシャワー浴びるくらいでいいかな」
 ベストを脱ぎながらカカシが答える。そう言われたらそれまでで、それに自分も今日はさっさと寝たい。そうですね、と返した時、
「先生とシたいし」
 カカシの言葉に、同じ様ににベスト脱ごうとした手をイルカは思わず止めていた。そう口にするのはいつもの事だ。それでも、何度聞いても慣れるはずなくて、イルカは思わず頬を染め、困った顔で俯いた。
 でも、そこまで疲れていないようには見えても、カカシは今週はずっと任務続きだったはずだ。優しさともとれるその恋人の言葉を鵜呑みにには出来ない。でも、とイルカは口を開く。
「今日は遅いしさっさと寝ちゃいましょう」
 笑顔で言うイルカに、カカシは服を脱ぐ手を止めてイルカを見た。
「何で?久しぶりだし、いいじゃない」
 これは本音か?建前か?
 どっちだ?
 カカシの不思議そうなをいくら見ても、真意が分からない。迷う中に浮かぶのはアスマの言葉で。手当の付かない残業だと思われるのは嫌だった。
 えっと、とイルカは言葉を濁す。
「明日も早いですし、」
 また今度でも、と言い終わる前に、カカシはイルカに近づいた。
「俺とするの嫌になった?」
 面と向かって言われ、明け透けな言葉にイルカは思わず眉根を寄せる。そんな訳ないじゃないですか、そう口にした時には腕を取られていた。抱き寄せるようにされ距離を縮められ急に近くに感じるカカシに心音が早くなる。
「じゃあ何、お預け?今日はそういうプレイなの?」
 顔を近づけられ耳元で低い声が囁く。プレイとか、そんな変な性癖を持っているような言いぐさにんなわけないでしょう、と言いながらもイルカの顔が熱くなった。その耳の後ろの薄い皮膚を軽く吸われ、それだけで思わず身震いをする。普段匂わないカカシの体臭がふわりを鼻に入り、胸が苦しくなりながらもイルカは首を横に振った。
「じゃあ何、いつもそんな事言わないのに。もしかしてアスマに何か言われた?それか、されたとかじゃないよね」
「ちが、」
 二回目の見当違いの方向に、否定して顔を上げると間近で色違いの目と視線が重なる。顔を見た途端、頭がくらくらした。
 そうなんだ。
 押しが強い相手に弱いっていうのも知ったが。
 自分がこんなに面食いだったなんて、知らなかったんだ。
 しかもそれを分かっているのか分かっていないのか。その普段隠されている端正な顔で警戒心のない表情を見せたり、こんな風に性欲を煽られるような顔で迫られると、どうしようもなくなる。言葉を詰まらせたまま黙るイルカにカカシはじっと見つめる。
「じゃあ、一回だけならいい?」
 そういう意味じゃない、と言いたいが。甘えるような声にその台詞に、正直もう腰が砕けそうで。
 もう残業手当なんてどうでもよくなる。
 します、と言えば、カカシの薄い唇の端が上がる。その形のいい唇に重ねる為に、イルカは自分の唇を薄く開いた。
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