変わる姿

 任務が終わって向かったのは看板もない、小さな定食屋だった。
 出入り口には暖簾もない。民家を改築した店内は座敷席とテーブル席があり深夜近くにもなるのに店内には客がいる。客とはいっても里内の暗部しかいない。面を外して一人で飯を食べていたり数人で雑談していたり。そしてテーブル席に座る自分の前にはカカシが蕎麦を啜っていた。この店で暗部服ではない、正規の支給服姿なのはカカシだけだが、当たり前だが誰も気にする事はない。
「昔からそれですよね」
 何となく口にしたら、青みがかった右目がこっちを見た。
「それはお前もでしょ」
 言われて自分の前にある焼き魚定食の膳へ目を移し、その通りだと納得する。ルーティンに組み込まれているかのように任務後はほぼ決まったものを注文しているのは確かだった。 
 任務内容によっては食べられない事もあるが栄養のバランスを考えるとこの定食が一番で何より使われている魚や野菜の鮮度が良い。それに脂の乗った魚も炭火で焼いているからそこまで脂っぽくなくない、とそこまで思ったところで、でもさ、とカカシがまた口を開く。
「何にも変わってないね」
 定食屋にも関わらず店のどこにもメニューが貼ってある箇所はないが。古びた殺風景な店内を見渡したカカシに、テンゾウは軽く頷いた。カカシが古巣であった暗部を抜けて数年経つが、こんな風に向かい合って任務終わりに食べているとつい最近の事のようにも思える。今日任務を共にして、温情主義なのは相変わらずだが、正規部隊に戻ったからといって何かが劣る事もなく術も手数の多さやその精度は舌を巻く。カカシが抜けた事でいい意味でも悪い意味でも暗部に変化があったのは事実で、そして里の情勢も徐々に変わりつつある。カカシの台詞に色々な事が浮かぶが、思い出話を始める気はないしそれはカカシも同じだろう。違う組織に属しているというのはそういう事だ。だから、テンゾウはそうですね、と答えるだけに留め、まだ湯気の立つ椀を手に取る。青菜が入っている味噌汁を口にした。
 ぐだぐだと話す事はないから、食べ終わったカカシと共にテンゾウは席を立つ。立ち上がったカカシに座敷で胡座をかいていた一人の暗部が手を挙げ、カカシも同じように軽く手を挙げてそれに応えた。出入り口近くにちゃんとしたレジカウンターのようなものはなく、椅子に老女が一人座っているのは勘定を頂戴する為だが、それも昔からだった。彼女は初めてここに訪れた時からここに居て、その時から年月が経とうが変わらない容姿である為に妖怪だと揶揄混じりに陰で暗部仲間から言われたりしているのを耳にしたが、馬鹿らしいと思いつつも、早朝だろうが昼間だろうが深夜だろうが、いつ何時来店しても地蔵の様にここに座っているから、実はそうなんじゃないかと思う事もあるのも事実だが。いつもにこやかに古い椅子に座っている。 
 先に向かったカカシがポケットを探りお金を老女の横に置かれた陶器のトレイに置けば、ありがとね、といつもの柔らかな口調で礼を口にする。
「幸せかい?」
 老女がにこやかにカカシに問う、その台詞は時折口にするものだった。毎回客に問わない。稀に、どんな意図で聞いてくるのか分からない。
 ただ、これもいつものことだからと聞き流し適当したりするのはカカシも同じだった。
 いや、どうだろね
 別に
 過去暗部だったカカシは、そんな台詞を口にしたり時には無言で店を出た。
 はずなのに。
「うん」
 聞かれた後、わずかの間をおいて。低い声でカカシが答える。
 テンゾウは耳を疑った。
 
 店を出て夜道を歩き始める、カカシの後ろ姿を見つめる。
 なんて声をかければいいのか分からなかった。
 と言うか。未だにカカシの肯定が信じられない。
 だって。
 カカシが温情主義と言えど、合理主義である今の自分がいるのはカカシがいたからだ。
 面倒ごとは避けるべきだと遊女を教えてくれたのもカカシだった。仕事には厳しく淡々と自分の運命を受け入れ、レールを敷き、その道を歩く。
 カカシが正規部隊に配属されてからも、誰一人合格させていないと耳にした時は相変わらずだと思った。
 でも。ここ最近。
 あの九尾の子が部下になったと知った後、ある上忍師からカカシの事を聞いたが。それは大抵信じられないものでそして信じてもなかったのに。
 だって、こうして久しぶりに一緒に任務を遂行して顔を合わせても。表情も口調も。考えも何も変わっていないと、そう思ったのは、自分がそう思い込もうとしていただけなのか。任務で汚れた後ろ姿へ視線を向ける中、沈黙を破ったのはカカシだった。
「質問はなし」
 短く呟くように口にしたカカシに当たり前だが思考を読まれていて、言い訳がましく何か話そうとしたが、
「詮索もなし」
 有無を言わさないカカシの言動と念を押すように言い返す間もなく付け加えられた台詞に、呆れた。呆気に取られながらもゆっくりと口を結ぶ。

 大切な相手ができたんだとよ

 脳裏に過ぎる。髭を生やした上忍師が冗談を言うように口にした、適当な嘘だと思い込んでいた台詞が真実だと。じわりじわりと脳内で理解しながら、昔と変わらない月夜に鈍く光る銀色の髪と、上忍師となったその背中をじっと見つめる。
 それは明らかに昔と違う、カカシの後ろ姿だった。
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