きっかけとタイミング

 あ、まただ。
 執務室で業務の報告する為に入ってきたイルカの表情を見てカカシは心で呟く。
 付き合い始めてしばらくは存在していた、自分に意識しないように努めながらも目が合った時の気まずさは、既に過ぎ去ったものだと思っていたのに。
 ここでだけじゃない。
 外や受付、他の場所で顔を合わせてもイルカは最近同じ顔を見せる。
 でも、正直半年経っていて言わせれば今更だ。立て肘をついて報告を聞きながらイルカを見つめていれば、カカシの視線に気がつくから。にっこりとまではいかないがうっすら微笑めばイルカの目が僅かに丸くなった。止まってしまった言葉に咳払いをして誤魔化しながらもイルカは改めてまた報告を始める。赤く染まった頬がなんとも言えなくて、初々しい反応はカカシの心を簡単に刺激する。
 なんかあった?
 時折見せる表情が気になって、カカシはこの前そうイルカに問いかけた。それでもイルカが何か理由を口にする事はなかった。
 イルカと付き合うことになるまでには紆余曲折はなかったにしろ、自分の中では地道な努力の積み重ねの賜物以外何物でもなかった。イルカと出会いナルト達の元担任と新しい上忍師という関係からずっと片思いをしていた。初めて食事に誘った時の緊張は今でも覚えている。上忍師である自分なんかが誘う事に怪しまれやしないかと内心ドキドキしながら、ナルトには申し訳ないがナルト達のこともあるし、と理由をつけて誘えば、イルカは多少驚きはしたが笑顔で頷いた。
 何度か一緒に飲みに行きながら、顔見知りから知人程度には昇格していたらいいなあ、と思った。くだけた笑顔が可愛くて。
 中々良い人なんてそう出来るものじゃないですよね。
 何気なく口にしたイルカの言葉に勇気を出して冗談混じりに、俺なんかはどうですか。言えば、イルカは笑った。
 何言ってるんですか。
 あっけらかんと言ってくれればもうひと押し口に出来たのかもしれないけど。イルカのなんとも言えない微妙なぎこちなさと苦笑いに尻込みしてしまい、冗談ではない言葉を冗談に変えて自分も笑った。
 それからナルトは自来也と里を出て。自分は上忍師ではなくなり、そこからイルカと話す機会もぐっと減った。
 イルカの事だけじゃない、あの頃はあれからしばらくは苦しかった時期だったなあ、とイルカが立ち去った執務室でカカシはぼんやりと振り返る。
 自分が綱手の後任になると正式に決まった日、カカシはその足でイルカに会いに行った。
 前とは違う。
 俺と付き合ってください。
 酒の力も借りず、面と向かってはっきりと口にした。
 どうせ一度は振られているのだ。火影になったら嫌になるくらい見合い話が持ち上がるのも分かっていたから。だったら好きな人と添え遂げたい。とはイルカには言わなかったが。火影になる事も伝えた上でした告白に、あれ本気だったんですね、とイルカは力無い笑顔を見せた。
 寂しそうでいてホッとしたような嬉しそうな顔を見たら心が震えた。そして、イルカに抱きついていた。
 二度と手放さない。
 そう思っていたのに。いや、今ももちろんそうだが。
 なんであんな顔をするのか。
 昨夜は久しぶりに一緒に過ごせたからもっと肌を重ねていたくて。少し無理をさせたのは自覚があるが。あの気まずそうな顔が繋がる事はない。昨夜の吐息さえ混じるようなキスからはイルカの愛しか感じなかった。立て肘をついていた手の指で爪を噛むような仕草で自分の唇を触れながら。カカシはイルカが既に出て行ったであろう窓建物の外を窓から眺めた。

 
 堂々となんて出来ないです。
 そう口にしたのはイルカが気になる表情をし始める少し前。
 バレたら仕方ないよね、と笑うカカシとは裏腹にイルカは大真面目な顔を見せた。遅目の昼飯を定食屋でとりながら。天丼に乗った海老天の尻尾をばりばりと食べながらイルカは言った。
 イルカの普段の人前での言動から、まあそうだろうなあ、と察してはいたが。生真面目で頑固なイルカが付き合うことを承知してくれた事だけで自分の中では奇跡だから。イルカの意向に沿う事を選んだ。
 一体何が気まずいのか。
 恋人だと公にしていなくとも部下を使ってイルカを探らせる事は容易いが、流石に出来ない。そんな事がもしバレたらしばらく口を利いてくれないどころか関係が悪化してしまう。それだけは避けたい。
 その日の午後、一人悶々としながら外を歩く、その先に見えたのはイルカだった。
 黒い尻尾を目で追いながら、自分が声をかける前に別の人からイルカに声がかかる。
 イルカは昔から外では良く声をかけられる。生徒はもちろん、生徒の父兄や商店街の人や、卒業した元生徒。一緒にいてもお構いなしに声がかかるのはイルカの人気だからにほかならないが。自分とイルカがそう言う関係だと誰も知らないのだから気を遣ってくれるはずもなく。
 ただ、イルカの人柄を物語っているのは確かだった。先を越されたらのなら仕方ないと、思った矢先に声をかけた相手がイルカの手を引き、それに目を留めのは、生徒ではない、くノ一だったから。イルカの交友関係は広いから、同期のくノ一の場合もあるが、正直恋人の自分からしたら、馴れ馴れしくイルカに触れるその仕草がいただけない。
 イルカが誰と話してようといつもなら気にも留めないが、カカシは相手の口の動きを見つめた。
 大した内容ではないだろう。
 そう思ったのに。
 相手がイルカにどんな相手と付き合っているのか、聞いている。それを困った顔で聞くイルカの表情から、何で自分を見る度に気まずそうにするのか合致した。そして、イルカの事だ。自分に迷惑をかけたくなくて、でも嘘はつけない性分だから。参っていたに違いない。
 そして、よく見れば見覚えがあるくノ一は、記憶を探れば、少し前に自分が要請した短期任務を終え帰ってきたグループの一人だ。
 その馴れ馴れしさからもしかしたら恋人だったのかもしれない、そう思ったら足が動いていた。
 イルカの背後に近づき、しつこく質問を繰り返すくノ一から引き離すようにイルカの肩に手を置く。不意に感じた気配にイルカはもちろん、くノ一が驚いた顔でこっちへ顔を向けるが、構わずカカシは自分の方へイルカを引き寄せた。
「どうも、恋人のはたけカカシです」
 にっこり微笑むと、驚きにめをぱちくりさせるくノ一に、笑みを浮かべながら見つめ返す。
 知りたかったイルカの恋人がいるよりも、里長がいる、が優ったのか。動揺を顔に出しながら、お疲れ様です、と口にすると頭を下げてくノ一はそそくさと姿を消すから。カカシはゆっくりとそこでため息を吐き出した。
「あースッキリした」
 色んな意味でそう思ったら、それがカカシの口から出ていた。
「……何が良かったんですか」
 イルカの声に顔を向けると、スッキリしたカカシとは裏腹に、恨めしそうな表情をこっちへ向けている。
 イルカの言いたい事は分かる。だから、分かってるよ、と言えば睨まれた。
「分かってない!カカシさ、いや、火影様、何言い出すんですかっ」
 動揺して呼び方をどうしたらいいのか混乱しているイルカに、カカシは眉を下げる。苦笑いを浮かべながらも、分かってるよ、とカカシは再びそう口にした。
「恋人です、なんて言い方じゃなく、本当は、イルカ先生は俺のもんだって言ってやっても良かったんだよ?」
「な、に言って、」
「だからこれくらいいいじゃない。俺の恋人だって触れ回りたいのを我慢してるんだから」
 その台詞にイルカが目を丸くした。そこから健康的な頬が赤く染まる。
「ば、馬鹿らしい」
 責める眼差しを見せるがそこに怒りは感じない。
 まだ不満そうな顔をしていたが。
「……しょうがないですね」
 唇を尖らせながらもそう口にするイルカにカカシは微笑む。
 どっちにしろ、イルカもまた、きっかけが欲しかっただけなのだ。
 それが分かったカカシは、顔を赤らめたままのイルカを愛おしそうに見つめた。
 
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