七班の任務の報告前に鳥が鳴き、その足で里を出たのは二日前。
 阿吽の門を過ぎ地面に足を着けたことろでカカシはそこからゆっくりと歩き出した。
 三代目の人使いが荒いところは昔から変わっていないし知ってはいるが、だからといって疲れていないといえばそれは嘘で。カカシはため息を吐き出す。報告も済ませて、さっさと家に帰ろうと執務室がある方向へ足を向け、歩きながらふと聞こえた声にカカシは足を止めた。
 少し先で、怒鳴っているのは聞き間違えようもない、イルカで。その仁王立ちになっているイルカの前には不貞腐れそっぽを向いている生徒が三人。子供たちが何かをやらかしたのには違いなく、その絵に描いたような、そして相変わらずと思える光景に、カカシは思わず小さく笑いを零した。
 昼間、ああして子供たちと接している表情からは、夜の顔は微塵も見えない。険しい顔のイルカを見つめながら、僅かに目を眇める。
 うみのイルカという男は、見ての通り、教員熱心だ。感情的なのは、真剣に子供と向き合っているからで。ただ、それは受付や報告所では目にする事はない。ただ単に子供のように悪さをする相手がいないからなのかもしれないが、それなりに態度の悪い上忍だっている。しかしイルカはそれを淡々と処理する。込み合ってイライラする上忍に因縁をつけられようが、悪態をつかれ罵られようが、顔色を変えない。
 それを知っていたから、中忍試験の時に、元教え子の事とは言え、あの場所で、上忍である自分にくってかかってきたイルカ内心驚き、そして、そこで初めて興味を持った。
 そこから何度か顔を合わせる度に会話をする度に、イルカに向けた興味の中に性欲を含むようになり、自分でも可笑しいとは思ったが、それを打ち消そうとも思わなかった。
 自分が気持ちを打ち明けた時にイルカが頷いたのは、今も何でなのか分からない。ノーマルなのは知ってはいたが、イルカも自分に興味があったのか。たまたま寂しかったのか。ただ、自分もまた興味本位で声をかけたのにも関わらず、この関係にめり込んでいるのは事実だった。
 そして、仲良くなる期間を端折って関係を持ったのは間違いだったのかもしれないと思ったのは最近だ。
 簡単に関係を持つのは自分ではいつもの事で、気にもしていなかったが、イルカは違った。自分が恋人になったのはいいものの、外でどんな風に接したかいいのか、困っているのは目に見えて分かった。
 だから、接しやすいように、過ごしやすいように。恋人になる前と変わらない態度で接していれば、イルカもそれに合わせてくれたが。
 正直、物足りない。
 恋人が任務から帰ってこようが、報告所でのイルカはいつものように、事務的だ。言い方を返れば愛想がないとも言えるし、丸で自分とは全く関係ありませんよ、みたいな態度が何とも寂しい。
 そう思っているのは自分だけなのか。
 子供たちに叱っている恋人の横顔を見つめながら、そこからカカシが視線を外そうとした時、イルカがふとこちらを見た。
 一言二言、子供たちに何かを告げ、そしてこちらに向かって歩いてくる。軽く微笑むと、イルカはいつものようにカカシに頭を下げ、お疲れさまです、と礼儀正しく挨拶を口にした。
「もう説教は終わったの?」
 そう聞けば、イルカは少しだけ気恥ずかしそうに苦笑いを浮かべ、ええ、まあ、と鼻頭を掻いた。
「今回はちょっと度が過ぎたんできつめに叱ったんですが、分かってるかどうか」
 ため息混じりで言う。
 イルカを見ていれば、こういうのは、きっと悪戯と説教の繰り返し何だと嫌でも分かるから。同調しながら、だろうねえ、と相づちを打てば、イルカは笑った。
 その何でもない笑顔に、今は恋人としてではなく中忍と上忍の関係だと、分けられた笑顔だと分かっていても、任務での疲れが吹き飛んだ気がして心が和らぐ。
 単純だと内心苦笑いを浮かべた時、
「あの、」
 会話の延長のはずなのに、不意に緊張したような声を出すから、カカシが不思議そうに顔を向けると、黒い目がじっとこっちを見ていた。

「二日ぶりに声が聞けて、嬉しいです」
 少しだけ緊張を含みながらも恥ずかしそうに、しっかりと言葉を口にしたイルカに、カカシは素直に驚いていた。瞬きもせずにイルカを見つめる。
 イチャパラに出てくるような情熱的な、色めいた言葉でも何でもない。でも、胸が暖かく、苦しくなる感覚は確かで。それはやがてのどの奥に詰まり、思わずカカシは口を結んだ。
 信じられなくて。そして何て返せばいいのか。イルカの言葉を頭で再生させながら、
「会いたかったんじゃなくて、声が聞きたかったの?」
 不思議に思った事を口にすれば、イルカは僅かにハタとする。直後、あ、と小さく呟いたイルカが、どっちもです、と顔を伏せた。その顔をのぞき込むようにして。カカシはまた驚く。
(・・・・・・顔真っ赤)
 イルカの顔から目が離せない。
 自分から声をかけて始まった関係だから、イルカが自分のどこが好きとか、そういうものさえないと思っていた。
 でも。自分のどこかしらに、好きだと言えるものがイルカにあったなんて。
 声だとは思ってなかったが。
 でも。
 そっか。
 先生、俺のこと結構好きなんだ。
 それが分かったら、頬が自然に緩む。
 嬉しくて仕方なくて、自分の中で悩んでいた事が、どうでもよくなる。 耳まで赤くなってしまったイルカに何て声をかけようか。
 そう考えながらも、それよりも。イルカに触れたくて。カカシは自分の手をそっとイルカに伸ばした。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。