これだから色男は……

 里が赤い夕日に包まれる時間、任務の報告を終えたカカシは建物を出る。空いた時間をどうしようかと考えながら、少し先に見えた人影にカカシは目を向けた。
 同じ下忍仲間でもあるいのやヒナタと楽しそうに会話をしているのは、自分の部下であるサクラで。休日に皆と買い物をしいてたのか、それぞれ買い物袋を抱えている。何が一体楽しいのか、三人で話しながらきゃあきゃあとはしゃぐ姿は忍びとあれどそこは実に女の子らしい。分かれ道で二人と別れ、一人になったサクラが正面から歩いてくる。
「サークラ」
 別に避ける理由もない。声をかけると、そこまで距離はなかったはずなのに、驚いたように顔を上げ、そしてカカシ顔を見てがっかりしたような表情を見せた。まあ、確かに休みの日にまで師である自分と顔を合わせたくないのは分かるが。
「なんだ、カカシ先生か」
 その返答は予想はついていたものの、分かりやすい落胆ぶりに眉を下げながら、なんだはないんじゃないの?と返すが、撤回するつもりはないらしい。仕方なしにカカシは髪を掻いた。
「なんか楽しそうに話してたね」
 ついさっき見た光景を口にすれば、ああ、と相づちを打ちながら、うん、と頷く。その買い物袋に何が入っているのかとか、どんな物を買ったのとかはそれはどうでも良かったが、
「今日セールでたくさん買っちゃって」
 見せてとも言ってないのに、クマ柄のコップやらタオルを袋から出してカカシに見せる。これはお母さんに、とお揃いなのか、クマ柄の色違いのハンドタオルを出す。その嬉しそうにするサクラの顔に目を向けながら。内心どうしようかと一瞬迷うも、カカシは姿を見つめる。
「どーかした?」
 カカシの声に、薄緑色の目がこっちを向いた。買い物の話題の返しでもない、突然そんな事を聞かれ、きょとんとした顔でサクラはカカシを見る。そんなサクラをカカシは見つめ返した。
 いの達と別れた後見せた浮かない表情や、自分に見せる無理に作った笑顔の裏に何があるのかは知らないが。そもそも自分なんかが聞いたところで毛嫌いれさるのがオチなのも分かっているけど。聞いたカカシに、案の定、サクラはまた笑った。
「どうって、何が?」
 何言ってんのと言わんばかりにカカシの言葉を笑い飛ばすから。強がっているのは見え見えだとしても、カカシは、やっぱりね、とそこでまた眉を下げた。やはり深く突っ込むところではなかったと認識する。らしくない事はするもんじゃないし、そこまで心配する事でもない。
「ま、理由はどうあれ、サクラは可愛いから。いつものサクラの笑顔があれば大丈夫だよ」
 ニコリと笑えば、サクラの顔驚いた顔をした後、その顔が僅かに強ばり、カカシはぎょっとした。相手が流しやすく、返しやすい台詞を選んだはずだった。当たり前じゃない、と照れ隠しのようでいて嬉しそうに答えるサクラしか予想できていなかった。いや、それしかないだろう。
 それなのに。みるみるうちに薄緑色の大きな目に涙の幕が張るから、カカシの顔に動揺が浮かぶ。
「えっと・・・・・・、サクラ?」
 どうしたらいいのか分からず、名前を呼べば、サクラは、ぐい、と手の甲で滲んだ涙を拭うから。ますます焦った。
「なに、一体どーしたの、」
 言い掛けるカカシにサクラは袋を抱えそのまま駆け出すが、それを追いかける事は躊躇われた。だって、何がなんだか分からない。
 困惑したままサクラの後ろ姿を見つめるしか出来なかった。


「何ですかそれ」
 イルカのけらけらと笑う声に、カカシは思わず、だってさあ、と不満気な顔を浮かべた。
「泣くとは思わないじゃない」
 ため息混じりに言えば、まあ、そうですよねえ、と同情を含むように苦笑しながら、イルカはビールジョッキを傾けた。美味そうに喉を鳴らして飲む。今日は気温が上がったからなのか、イルカのジョッキのビールは既に半分もない。
 結果サクラを泣かせたのには変わらないけども。自分もそれなりにあの年頃を経験してきてはいるが、女の子ということもあってか、どうも分からない。分からないから、教職者であり恋人であるイルカに相談しているのに。真剣に聞いてくれとも思わないが、のほほんとした態度に思わず口を尖らすと、イルカは、カカシの表情を見つめ、その気持ちを悟ってか、そうですねえ、と口を開いた。
「難しい年頃って言ったらそうなりますもんね」
「やっぱりそうでしょ?」
 同意されほっとして。イルカにそう返したカカシはそこでため息を吐き出した。
「任務で部下としてなら歳とか関係なく扱える自信はあるんだけどね」
 それ以外の時になると別の生き物って感じでさ。
 イルカの前だけで漏らす本音に、それを聞いていたイルカは可笑しそうに小さく笑いを漏らし、頷く。
「先生って大変なんだね」
 纏める様に言えば、そんなのは今更です、とイルカは笑った。
「そうだけど、俺には無理」
 俺なんかしたかなあ。
 ボヤきながらジョッキを傾けビールを飲む自分をイルカは見つめるだけだから。こう言う時はこうだ、というような取説なんかあるわけがないんだろうけど。なんかこう、もう少し、元恩師として助言して欲しいなんて思ってしまうあたり、自分はイルカ先生に甘えたいだけなのかもしれない。なんて内心自分にダメ出しした時、
「元気付けたって、カカシさんはサクラに何を言ったんですか?」
 聞かれ、カカシはジョッキから口を離した。こっちを見ているイルカを見つめ返す。
「何って、・・・・・・サクラは可愛いから笑ってる方がいいって言っただけだよ」
 何も可笑しくないでしょ?
 問いかけると、イルカは息を漏らすように苦笑いを浮かべた。え、なに?と聞き返すカカシに、
「そりゃあ泣きますよ」
 はっきりと言われ、面食らった。
「何で?」
「何でって」
 イルカは笑いながらも困った顔を見せる。
「そんな風に優しい言葉をかけられたら、なりますよ」
 そう言われてもピンとこないカカシに、ですから、と後頭部を掻きながら言った後、イルカは続ける。
「サクラじゃなくたって、誰だって弱ってる時に言われたらそうなるって事です。分からないですか?」
「喜ぶんじゃなくて?」
「それは場合と相手によります」
 イルカの台詞にますます分からなくて、カカシは眉を寄せた。
「でもサクラぐらいの歳の女の子だったら喜ぶって思うじゃない」
 言われたイルカが、これだから、とため息混じりに呟くから。え?と聞き返すがそれに答えはない。代わりに、だから、と切り返したイルカがこっちを向いた。
「サクラはもうアカデミーの生徒じゃないんですよ?」
 そんな事は分かっている。そう返しても仕方ない気がして、納得していなくとも黙るカカシを前に、イルカはビールを飲み干すと、手をあげて店員にまたビールをやつまみを追加で注文する。
 店員がいなくなった後、イルカかはこっちへ顔を向けた。
「で、他の女性にもそんな事言ってるんですか?」
 胡乱な眼差しを向けられ、え、と思わず間の抜けた声がカカシから出ていた。まさか話題がそっちの方向に向かうとは思ってなかったし、イルカと出会いつきあい始めてから不貞を働いた事なんて一度もないのに。それはイルカが一番知っている事なのに。
「何言ってんの?」
 疑われる事なんて微塵もないのに、焦る声が出てしまうのか何故か、自分でも分からない。聞き返せば、イルカは可笑しそうに笑うから。そこで冗談だったと分かる。
 意地の悪いイルカの笑った顔を見つめながら、恋人と女の子の心を知るのはほとほと難しいと実感する。
「勘弁してよ」
 弱々しい声で言えばイルカは黒い目を嬉しそうに細め、笑った。


 サクラから、そういう言葉は好きな人に言って欲しかったと不満顔で愚痴られたのは、翌日の事だった。
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