口元

(あー・・・・・・、やば、・・・・・・)
 布団の中で自分の下着の中に手を突っ込んで。固くなったそれを扱きながらイルカは一人眉根を寄せた。
 自分で何をしてるかは自覚がある。過去何回もこんな事はしてきているし、このこと自体は健全だ。
 でも。目を瞑り、その脳裏に浮かぶのが、寝る前に開いて見たポルノ雑誌の卑猥な姿の女の姿でもなく、まさか、カカシなんて。
 頭の中でいくら否定しても消えなくて。諦めたようにイルカは熱い息を口から漏らす。同時に右手で自身の陰茎を擦れば、先走りでぬめった刺激に、堪らず声が出た。



「あー、先生じゃん」
 建物を出たところで元生徒だったくの一に手を振られ、その口調にイルカは苦笑いした。教師として初めて受け持った生徒は成人を迎え、面影は残っているものの、容姿は大人で、そして同じ階級であるにも関わらず、向こうにとっては自分はいつまでも教師のままだ。笑顔で応えて同じように手を振れば、そのくの一が駆け寄ってきた。
「ねえねえ、先生」
 アカデミーにいた頃と同じように、腕を引き寄せ密着させたまま、そのまま話しかけてくるから。その近さにイルカは多少体を離すが、向こうは当たり前だがお構いなしで話し始める。
「昨日さ、先生が話してた人って誰?」
 そう聞かれ、イルカは、ん?と聞き返した。職業柄、一日の中で誰かと話す事は多い。昨日の事を思い出そうとしても思い出す顔は大多数だ。誰のことかと考える間に、だから、とそのくの一がじれったそうにまた口を開いた。
「ほら、銀色の髪で顔を隠してる、」
 そこまでの特徴で分からないはずがない。ああ、とイルカは声を漏らしながらも、一緒に出たのはため息だった。お前なあ、とイルカはくの一を見る。
「はたけカカシ上忍な。里を誇る忍びの名前も分からないって、どうかしてるぞ?」
 世代が違い、しかもまだ経験も浅く関わる事がほとんどないからなんだろうが。そうなんだ、と呟くくの一が、かっこいいよね、と続けるから、イルカはますます呆れた。
「いいか、カカシさんはビンゴブックにも載ってんだから他国の忍びにさえ、って、おいっ」
 名前さえ聞いたら満足なのか。説教されるの感づいたのか。組んでいた腕を解くと、じゃあね、と言いさっさと背を向け再び駆け出すから、イルカは諦めてその背中を見送った。


 建物を出てきた本来の目的である自販機へ向かった時、そこにたまたま顔を合わせたのはカカシだった。さっき、くの一と話したように、昨日もたまたま外で顔を合わせて。自分が調整している任務の内容や、ナルトの事を話したが。二日続けて顔を合わせるのは珍しい。ぺこりと頭を下げるイルカに、どーも、と返したカカシは自販機に小銭を入れると、コーヒーのボタンを押した。
 カカシが自販機から缶コーヒーを取り出すのを待ち、そこから自分もズボンのポケットを探り財布を取り出す。自分もコーヒーと決めていたが、暖かいのにするか、冷たいのにするか。どうするかな、と考えながら自販機を眺めていると、さっきのってさ、とカカシが口を開くから。イルカは視線をカカシへ向けた。
「彼女?」
 そう続けられ、イルカは何のことだと思わず眉を寄せる。そこから、ついさっきのくの一の事だと察しが付き、やっぱり第三者からだとそう見えるのかと、イルカは笑った。だといいんですけどね、と言いながら首を横に振る。
「あれ、元教え子なんですよ」
 苦笑いを浮かべながら、イルカは小銭を入れ決めたコーヒーのボタンを押せば、へえ、とカカシから声が返る。
「元教え子の彼女?」
 そんな台詞に、話を聞いてなかったのかと、だから、とイルカは思わず声を出していた。
「ただの元教え子です。生徒に手なんか出すわけないでしょう」
 心外だとばかりに言い返せば、カカシは悪びれるわけでもなく、そっか、とだけ返すから。その冷静な返しに、温度差に、自分がついムキになって空気を悪くしてしまったと感じる。そうじゃなくて、とイルカは話題を変えたく口を開いた。
「あいつ、カカシさんの事を知りたかったみたいで、」
「俺の事?」
 カカシが不思議そうに聞き返すから、ええ、とイルカは素直に頷く。自分の缶コーヒーを取り出した。
 カカシは、顔をほとんど隠してようがモテる事は知っていた。女性と並んで歩いているところも何回か見たことがあるが、どの女性も自分では到底手の届かないような、綺麗な女性ばかりで。審美眼と言えばいいのか、あの元教え子も端正な顔だと見抜いていたんだろう。
「カカシさん若い子にもモテますから」
 そう続けるも、カカシはあまりぴんとこないのか、そう?と呟き、缶コーヒーのプルトップを開ける。そこから口布を下げ軽く口を開いた。コーヒーを一口飲む。
「でも、先生だってなんだかんだでモテるんじゃないの?」
 同意を求めるようにこっちを見るから。言われ慣れない台詞で、しかも、カカシの口調がいつも通り過ぎて、正直嫌味なのかも分からない。困ったイルカはカカシを見つめ返しながらも、どうでしょう、と答える。
「生徒にはそれなりに人気があるかもしれないですけど、それが直接結びつく訳じゃないですから」
「へえ、意外」
 缶コーヒーから口を離す。カカシにそう言われたらそうなのか?と思いたくなるが、自分の事は自分が一番よく分かっている。
「意外でも何でもないです。そもそも出会いがないんですよ」
 そうなの?と聞くから、それにイルカは頷く。
「だって、恋人が欲しくて飲み会とか参加したくても、さっきの子みたいに既に成人してる子が教え子だったりするんで。迂闊に飲み会に参加出来ないなって、同期と話したばかりです」
 悲しい現実を口にすれば、そこでカカシは、なるほどね、と可笑しそうに笑った。
「ま、確かにそう考えると、そもそも俺たちの稼業に出会いってものはないかもね」
 納得したような口調で言うと、飲み終わった缶コーヒーを自販機の横に備え付けられたゴミ箱に入れ、こっちを向く。
「じゃあ、先生またね」
 口布を戻しながら、カカシは微かに緩めた目でそう告げ、背中を向けるから、イルカも慌てて頭を下げた。
 その下げた頭を戻しながら、カカシの後ろ姿を、背中を見つめ、そこからぐっと眉根を寄せる。息を吐き出した。


 暖かかった缶コーヒーは既に手の中でぬるくなってしまっているが、それはどうでもよかった。
 それよりも。
 カカシの缶コーヒーを飲んでいた素顔が、脳裏から離れない。整っているとは知っていたが。実際に見たのは初めてで。屈託なく笑った顔はもちろん、コーヒーを飲む為に開いた口とか。そこからちらと見えた白い歯が、なんで言えばいいのか。どうしようもなく──艶かしくて。
 イルカは一人顔を赤らめる。
 なんだか見ちゃいけないものを見てしまった気がして。
 カカシと話してはいたものの、正直話どころではなかった。なんか、自分が正常ではない気がするのに、早まった心音は中々治りそうにないから。
 ため息を吐き出しながら、早くなった鼓動が収まるのを待つように、イルカは心臓を軽く叩いた。
 


 それだけだったのに。
 経験が浅い自分だから、妄想する内容も限られるけど。
 あの形のいい薄い唇で、塞がれたらどんな感じだろうか。口布に隠された、端正な顔立ちのカカシにキスをされたら。
 想像しただけで下半身が疼いて、眉間の皺が深くなった。違う、と否定するも、既にそれは意味がない。分かっているけど、イルカは分かっていないフリをして、手を上下に動かす。自分を見つめた青みがかった目を思い出しただけで、頭の中が真っ白になる。
 気がつけば手の中に放っていた。
 押し寄せるのは特有の倦怠感と、どうしようもない後悔で。でも、止められなかった。
 あろうことか、カカシをネタにするとか。
(やっちまった・・・・・・)
 力が抜けた身体を起こしながら、汗ばんだ額に手を当て自責するも、今してしまった事は事実で、しかもカカシが頭から離れない。
 ティシュで汚れた手を拭き、イルカはゴロンと布団の上に身体を横たえる。
(・・・・・・よっぽど溜まってたのかな、俺)
 自分の心が分からない。
 ぼんやりと人好きするようなカカシの笑顔を思い浮かべながら、イルカは目を閉じた。
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