食わず嫌い

 七班の任務が終わり報告所に向かうとイルカが笑顔で出迎える。
 今日は受付やこっちの当番だと知っているナルト達がついてきたのはこの為で。任務の報告書を手渡す前だと言うのに、そっちのけで今日の成果を話し始めようとするナルトの行動は予想できてはいたが。こっちが先でしょーよ、とナルトを軽くいなしながらもカカシはイルカに報告書を手渡す。イルカは苦笑いを浮かべながら受け取った。
「成果はどうでしたか」
 報告書の内容を確認しながらこっちに顔を上げたイルカに、読んでの通りですよ、とため息混じりにポケットから出した手で髪を掻けば、イルカは困ったような笑顔をまた見せる。結局チームワークを忘れ、自分自身の事ばかりを先行していまう結果、早く終わらせる事の出来る任務もこんな時間で。挙句に低ランクの任務だと不満を言うのだから手に負えない。有り余っているエネルギーを師である自分が修正起動させるのは簡単だが。自分で気がつき直さなければ意味がない。
 自分が思うところを全て報告書に書いてあるわけではないが、イルカにも何となく分かるのだろう。お疲れ様でした、と労いの言葉をかけられた。そしてその目が下へ向けられる。
 それは、と問う前に、ナルトが待ってましたと言わんばかりにイルカの前に出た。
「依頼人のおばちゃんがくれたんだってばよ!」
 自分が活躍したから、と遠回しに言いたいんだと分かるイルカは、そうか、と頷けば、でもさあ、とナルトが不満そうに続ける。
「人参、俺いらないんだってば」
 あからさまな顔をするナルトにイルカの表情が変わった。いいか、ナルト、と持っていたペンを机に置く。
「お前が人参を嫌いなのは知ってる。でもそれは依頼人の感謝の気持ちだろう。その気持ちを踏みにじっていいのか?」
 真っ直ぐに見つめられ、真っ当な言葉で問われ、ナルトはぐっと口を閉じた。だって嫌いなんだから仕方ないだろう、と言い返したいのだろうが。下忍になり任務を受けるようになった今、アカデミー生の頃とは違う。簡単に口に出せないと分かっているのか。カカシが見てる前でナルトは不満げな顔を見せるがそれ以上何も言わない。彼なりの成長の表れなのだろう、カカシがじっと見つめる先で、でもさ、とナルトが口を開いた。
「これなんか見た事ないし、どうやって食べれば良いか分からないってば」
 持っていた袋を広げるナルトに、どれ、とイルカが椅子から立ち上がると中を覗き込む。そして直ぐに笑った。
「これはチンゲン菜だ」
「チンゲン……?」
 耳にしたこともないのか聞き返すナルトにイルカは眉を下げ微笑む。
「苦味もなければクセもない。肉と炒めると美味いぞ」
 言われても青菜である事には変わらない。納得してないのか、えー、と渋い顔を見せるナルトにイルカは呆れ顔を作る。
「取り敢えず、お前はその食わず嫌いのことろを何とかしないとなあ」
 ため息混じりに言いながらイルカはまた口を開く。
「おひたしにしてもいいし、シャキシャキして美味いから、いいから一回食べてみろ、いいな」
 頭をポンと叩かれたナルトは、未だ嫌そうな顔をしていたが、やがてこくんと頷いた。


「待ちましたか」
 居酒屋で、一人隅のテーブルに座ってビールを飲んでいたカカシに声がかかる。顔を上げるとイルカが前の席に座った。カカシは、いや、と軽く首を横に振る。
「まだ一杯目」
 そう口にしてジョッキを軽く上げると、イルカは同調するように頷き肩にかけていた鞄を外して足元に置く。
「俺も生ビールにしようかな」
 壁に貼られたメニューに目を向けながら呟くイルカに、今日は暑かったもんね、と言えば、そうなんですよ、と返しながらイルカは手を上げ店員を呼ぶ。ビールとつまみを適当に注文をしたイルカは再びカカシに向き直った。
「受付はまだいいんですが、報告所なんか窓が小さいから風が通らないから暑いのなんのって」
 うんざりした口調で言いながらも、でも、とイルカは言葉を止める。
「カカシ先生も今日は大変でしたよね」
 話題を振られ、カカシはビールを飲みながら小さく笑った。
「俺は見てるだけだから」
 部下を扱う気苦労はそれなりにあるが謙遜しているつもりはない。そう返せばイルカは、ちょっとだけ訝しむような顔をカカシに見せるから。喧嘩の仲裁には参るけどね、と本音を零せば、やっぱり、とそんな顔でイルカは笑った。
 そこで生ビールがイルカの頼んだ運ばれ、それを手に取るとイルカはカカシの飲みかけのジョッキと軽く合わせる。そこからビールを喉に流し込んだ。
 美味そうに飲むイルカは、暑いと言っていた通り、自分とは違い、まだ支給服は夏服のままで半袖で。そんなイルカを縦肘をつきながら見ていれば。そうだ、とジョッキから口を離したイルカはカカシを見た。
「カカシ先生は野菜、もらわなかったんですか?」
 報告所で見た袋がない事に気がついたのか。聞くイルカに、ああ、とカカシは相槌を打つ。
「俺はたいしてもらってなかったんだけど、サクラがね、」
 枝豆をつまみながら言えば、イルカはうんと頷くから、カカシはまた続ける為に口を開く。
「サツマイモでお菓子を作るって言うんで、まとめてあげたんです」
 言えば、へえ、とイルカは感心した声を出した。女の子ですねえ、と嬉しそうに呟く。
「ま、俺はもともとあまり好きじゃないんで」
 そう口にすれば、イルカはふっと目を細めた。「カカシ先生もナルトと同じで食わず嫌いなんでしょう」
 砕けた笑顔を浮かべる。
 思わず目を奪われていたカカシは、その顔を見つめていた。
 他の誰でもない、イルカに惹かれている。違うかもしれないがそうかもしれないと、自分の中で幾度も浮かんだ。
 予感が確信に変わった瞬間、背中がゾワリとする。カカシは乾いたくちびるを湿らせるように、ぐい、とジョッキを傾けた。
 イルカと偶然この店で顔を合わせてから。互いの予定が合えば夕飯を一緒に食べるようになって数ヶ月。この笑顔を見せるようになったのは最近だ。
 最初は、もっとお堅いイメージがあったし、あまり好かれてはいないとばかり思っていまから。ここで声をかけられた時、驚いたのを覚えている。元々自分に声をかけてくる人は少ない。上忍もそうだが、中忍なんて尚更で。最初はどういう理由で声をかけてきたのか。探りながら飲んでいたのは確かだった。
 でも。向けられる笑顔は偽善的でもなければ裏があるわけでもない。でも多少緊張が含んでいたから。だから、いつかこんな関係なんてなくなるとばかり思ってたのに。
 そして、他人であるイルカに、飲みながらすっかり気を許してる自分に気がつく。
 カカシはジョッキをテーブルに置くと、じゃあさ、と口にした。イルカの黒い目を真っ直ぐ見つめる。
「試してもいい?」
 短い言葉を言えば、当たり前に、はい?と不思議そうに聞き返すイルカに、カカシは手を伸ばす。テーブルに置かれた手甲すらしていない、イルカのごつごつとした手にカカシは自分の手を重ねた。
 不意に重ねられた手に、思考がついていかないのか、重なる手へ視線を落とし、そして、再びカカシを見つめ返しすイルカは、戸惑い、困ったような表情をしているが、止めるつもりもない。
 指の腹で、イルカの手の甲をゆっくり擦る。
 カカシから、何かを覚ったイルカの黒い目が、驚きに徐々に丸くなった。カカシの手の中でピクリとイルカの指が動く。その手は想像していた通り、暖かい。
「だって、食わず嫌いはダメなんでしょ?」
 悪いけど逃すつもりはないと、目を細めながら、カカシは重ねていた手に力を入れた。

 
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