興味

 イルカはいくつもの書類の束を抱え書庫室から出る。
 受付へ戻るべく廊下を歩きながら、イルカは上げていた視線を僅かに下に落とした。
 イルカが書庫室に入った時、部屋にいたのは数人の上忍だった。中忍や上忍が遂行する任務の参考にすべく過去の任務報告書を読みにくる事はよくある事だ。だからその上忍達にペコリと頭を下げたイルカは、別の棚に足を向け自分が必要とする書類を探す。
 何冊もの束を箱から取り出し内容を確認し、後はついでにと同期に頼まれた書類を探すべく棚番を確認しながら目で追い、内心気まずそうな表情を浮かべそうになったのはその棚の前にまだ上忍達がいたからだった。
 いや、上忍とここで顔を合わせる事はよくある。よくあるが、ここ最近、いつも以上に上忍からの当たりが強いのは気のせいではなく、それが中忍選抜試験の後からだと言うのも知っている。そう、この縦社会で中忍ごときが上忍に楯突いたのだから当たり前だ。しかも自分が楯突いた相手はあのはたけカカシで、当事者ではなくとも癇に障る上忍や中忍が何人もいることだろう。
 ただ、間違った事を口にしたとは思っていないから何を言われても気にするつもりはないが。気まずいと思ったのは、棚の前にいる上忍の中にはたけカカシがいたからだった。
 一人が報告書を開き、カカシを含む数人がその前で何やら話し込んでいる。
 上司に早くしろと急かされたものの、探し物があるんでそこを退いてくだいとか。
 ……言えねえ。
 イルカはぐっと唇を噛む。
 話し込むならもっと別の場所を選べばいいだろうに。しかもその中の一人は煙草を吸っている。
 そもそもここが火気厳禁とか知ってんのかっ。
 とも言いたいが、内勤都合の決められたルールを守る上忍なんていない。
 少し前なら言っていた。でも、これ以上面倒を起こすなと同期や上司に散々言われたばかりだ。
 しかし見る限りまだ会話は終わりそうにない。それに上忍が受ける任務は基本極秘扱いだ。聞くつもりもないが聞き耳立てているみたいで居心地が悪いのには変わらない。
 仕方ない、出直すか。
 諦めて部屋を出ようと決めた時、ふとこっちへカカシが目を向けた。
 ジロジロ見ていたつもりはなかったのだが、少し離れた場所にいるイルカを目に映す。
 やべ。
 不意にそんな言葉がイルカの頭に浮かんだ瞬間、
「何か取る?」
 カカシがそう口にした。


 必要な書類を手に入れたイルカは廊下を歩く。
 初めて顔を合わせた時から胡散臭い上忍だと思っていた。普段から何を考えているのか分からない冷血な上忍だと。
 中忍選抜試験の件は、カカシが間違っていたとは思ってない。要は考え方や意見の相違だ。
 でも。まさかカカシが声をかけてくるとは思わなくて。
 警戒しているのがきっと顔にも出ていただろう。
 他の上忍が書庫室に入ってきた自分を見て舌打ちしたように。カカシも同じ嫌悪感を抱いてるはずなのに。
 カカシのお陰ですんなりと手に入れた書類の束を抱えながら。イルカは僅かに眉を寄せた。


 偶然とは重なるものなのか。
 翌日、昼休みにイルカは行きつけのラーメン屋に足を運んだ。
 混み合う店内でカウンターに空席を見つけその席に座り、注文したラーメンを待つ。
 すぐ隣の客が食べ終わり席を立ち、一番隅にいる相手を見てイルカは内心驚く。
 カカシだった。
 今まで見かけた事がなかったが、狭い里内だ。どこかで見かけてもおかしくはない。
 そう、カカシだって人間だ。ラーメンくらい食べる。
 気がついたものの気にしないように、視界に入れないようにお冷が入った自分のグラスを見つめていればカカシがラーメンを啜る音が聞こえる。
 昨日も気まずかったがこういうプライベートな場所も気まずい。
 そんな事を思っている間に目の前にラーメンが置かれる。
 美味そうなラーメンに気持ちが自然と弾むが、さっさと食べてしまおうという気持ちは変わらない。割り箸を取り、さて胡椒を、と手を向け、そしてイルカは止めた。いつもある場所に胡椒がない。
 横に伸びるカウンターへ目を動かし、隅に座っているカカシの前にある事に気がつく。
 イルカは思わず困って口を閉じた。
 手を伸ばせば届く距離なら良かったのに。残念ながらそれはさらに奥にある。
 別に胡椒はなくてもいいが、今日は胡椒を入れるつもりだった。
 でもまあいい。
 胡椒はまた別の機会だ。
 心の中で割り切って割り箸を持った時、
「はい」
 そのカカシの声と共に差し出されたのは、胡椒だった。

 ラーメンを食べ終わった時は既にカカシは食べ終えていなかった。先に食べていたのだから当たり前だが。
 無事胡椒をかけたラーメンにありつけ、満腹感に満たされながらも心境は複雑だ。
 だって、もっと嫌なヤツだと思っていた。
 忍びがいる里は実力社会なのには変わらない。
 下の人間なんて所詮替えが利く駒で。
 上忍の指示に従っていればいいだけとか。楯突くヤツなんて論外とか。
 ウザいとか。
 ウザい以前に興味さえないのかと思っていた。
 なのに。 
 必要な書類を棚から取り渡してくれた時や、ついさっきラーメン屋で胡椒を差し出してくれたカカシが頭に浮かび、その顔はやっぱり何を考えているのか分からないけど、向けられた眠そうな目は自分に嫌悪感を持っていないのは明らかだった。
 だって、もし少しでもあったのなら、こっちの意向を汲もうとも思わないだろうし気がつかない。
 黙々と歩きながら、イルカは考える。
 ……俺が大人気なかった……のか?
 意見が合わないからと頑固に頑なにカカシから背を向けていた。
 口うるさい中忍なんだと。そう思っていると勝手に決めつけていたのは確かだ。
 そんな自分がなんだか無性に恥ずかしくなり、イルカはぐっと唇を結ぶ。

 ───カカシは一体どんな人間なんだうか。

 決して持つはずがないと思っていた相手に、イルカの心の中に興味が湧いた瞬間だった。
 
 
 
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。