舞い上がり、そして消える

 呼び出されるままに紅と執務室へ向かって歩く。まだ五月だというのに強くなってきた日差しに煙草を咥えながら忌々しく太陽を見上げた時、聞こえてきた声にアスマは視線をそっちへ向けた。
 電柱の近くに立っている。最初に見えたのは黒い尻尾で、それが誰なのか直ぐに見当がつく。自分の部下の元担任でもあるイルカは、アカデミーの生徒や元生徒。中忍の仲間と馬鹿笑いをしているのを見かけることもあれば商店街のどこかの店主と立ち話をしていたり、色んなところで見かける。忍びには珍しい、悪く言えば忍びらしくない。お人好しな性格にかこつけて過去飲み会で無理に酒を飲ませた事もある。
 そのイルカが誰かと話していると思ったところで、目の前にいた別の人間が笑った。笑うというか、吹き出したに近い。その相手へ何気なく目を向け、目に映ったその相手に思わず足を止めたのは、笑っていた相手がカカシだったからだ。
 笑い声を立てながらカカシは可笑しそうに笑っている。笑われたイルカはバツが悪そうな顔をし、責めるような顔でカカシに何か言うが、それでもカカシは笑っていた。腹を押さえて可笑しくて堪らないとそんな感じで屈託なく笑う。
 面食らいながらも、アスマは煙草を咥えたまま、それを吸うことさえ忘れてカカシを見つめていた。
 カカシが笑う事自体珍しい事でも何でもない。でも、あんな風に声を立てて笑うとか。
 いや、ああいう顔をするんだとか、そういうことよりも。
 浮かんだのは親父の顔だった。
 出会った頃は、くだらない冗談にもカカシは笑いもしなかった。そういう奴もいると自分は割り切っていた。
 生まれた時期が悪かったと言えばそれで片づけられるが、自分も含めカカシもまた幼い頃から戦争を経験した一人だ。そこから暗部の経歴は長く、表の部隊に配属したものの闇が誰よりも深い。それを分かっていながらもその立場からカカシの実力を利用するしか他はなく。口には出さなかったが、それを危惧していた事も知っている。
 同じように下忍の部下を持つようになった頃から多少変わったとは思っていたが。
 警戒心がまるで無い、イルカの前で表情を崩すカカシを見つめている時、
「どうかした?」
 不意に足を止めたアスマに紅から声がかかる。
 どうかしたと聞かれても、それを上手く説明出来そうもなくて、いや、とだけてアスマは答え歩き出した。
 なんて言ったらいいのか分からないが、
 ───あの笑顔の前にいるのがイルカであって良かったと思う。
 幼い頃に無くしてしまったものが戻ってきたような。そんな感覚は、自分の事でもないのに、何故か胸の奥が熱くなる。
「・・・・・・良かったな」
 空を仰ぎながら誰に言うわけもなく呟けば、応えるかのように風が吹く。煙草の煙が青い空に舞い上がった。
 
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