目に見える幸せ
病室にに入ってきた時は既にイルカの表情は強張っていた。
面会が許されたくらいなのだから退院間近なくらい体調が回復しているのにも関わらず、神妙な顔のままのイルカに微笑みかけるとぐっと眉間の皺が深くなったのが分かった。
怒るかな。
なんとなく反射的に身構えるが、イルカは直ぐには何も発しなかった。何かを言おうとして口を開いたものの、直ぐに閉じる。そこからゆるりと結んだ唇を開いた。
「……ご無事で何よりです」
イルカの普段の声より低い声で呟くように口にする。
イルカとは付き合い出して数ヶ月。お試しで付き合ってみようかと誘ったカカシに頷いたのはイルカだった。真面目で堅物だと思いきや、想像以上に無頓着でおおらかな性格に甘えて気が付けばずるずると三ヶ月近く付き合っている。そう、まだお試し期間。
ただ、死と隣り合わせの仕事だと互いに割り切っているはずだと思ったが。イルカにこんな顔をさせるつもりはなかったと、今まで感じたことがなかった罪悪感が心の中に初めて芽生える。
今にも泣きそうな顔のイルカをカカシはじっと眺めた。
「泣いたの?」
だから、また黙ってしまったイルカに敢えてそんな事を言えば、黒い目がカカシを睨む。
「泣いてませんっ」
否定しながらもイルカはその赤い目を手の甲でゴシゴシと擦った。
「仲間思いもいいですがご自分の身も大切にしてもらわないと困ります」
余程カカシの言葉が癪に触ったのか、普段口にしないような台詞を言われ、しかもその強い口調に少しだけ驚くも、カカシは眉を下げた。ボサボサの頭を掻く。
仲間を無事撤退させる為に自分だけが残ったのは事実だから、そう言われたら返す言葉はない。
「ま、結果オーライってことで、」
上手く返したつもりだったがイルカの目つきが険しくなり、やばったとカカシは軽く肩を竦める。
「俺はっ、」
イルカが何かを言いかけた時、バタバタと廊下を走る音と共に病室の扉がバタンと勢いよく開いた。
同時に顔を見せたのは七班の部下達で。
「カカシ先生みーっけ!」
ナルトがこっちに指を差し病院に相応しくない台詞を大声で叫ぶから、当たり前だが矛先が自分からナルトへ向く。
「叫ぶな!走るな!」
案の定のイルカ怒声にカカシはまた眉を下げるしかなかった。
「だからこれでも上手くなったんだってば!」
ナルトの剥いたでこぼこのリンゴに非難が集中し、当の本人は不満げに口を尖らせた。
「見た目なんていいんだよ、食べちまえば一緒なんだから、な?」
イルカの言葉に、先生それ慰めてないから、とサクラからすかさずツッコミがが入る。
悪い悪い、と鼻頭を掻くイルカにつられてナルトもサクラも笑った。
リンゴを持ってきたのはイルカだった。手に何か下げているのは分かっていたが、聞けるような雰囲気でもなかったし、その話題に辿り着く前にナルト達が来たのだから仕方がない。
季節外れだから高かったろうに。大きく艶のあるリンゴが袋に何個も入っていた。
誰よりもリンゴをたらふく食べた後、ナルト達は今からヒミツの特訓をするんだと意気込んで病室を後にする。
「先生はどうするの?」
素直に聞いたカカシにイルカは、そうですねえ、と言いながら病院の壁にかかっている時計へ目を向けた。
「ここに来る前医師から聞いたんですがあと三十分くらいで経過を診にくるそうなのでそれまでは」
「別に俺病院を抜け出したりしないよ?」
何となくそう返したカカシに、知ってますよ、とイルカは笑った。
「それまではこれでも読んでからいかがですか?」
パイプ椅子に座り直したイルカに差し出されたのはくたびれた表紙の小冊子だった。普段だったらイルカが推奨なんかするはずのない如何わしい内容しか書かれていないそれを差し出され、カカシは少しだけ面食らった。
「ま、今日は特別ってことで」
ニカリと笑うイルカの笑顔は多少意地が悪いものの、それでも怒っている顔よりはずっといいとカカシは思った。
それを読むくらい元気になってるなら安心です。
しかしお見舞いにきた恋人の前で読むのもなあ、と無神経さに自覚があるものの流石に戸惑えば、そう付け加えられたら読まないわけにはいかない。
カカシは促されるままに受け取ると、くたびれた表紙を捲った。
もう何度読んだか分からない内容はすっかり頭に入っているがそれでも色褪せないのは作者の才力によるものだろう。
本に目を落とし何ページか読み進めたところで聞こえてきたのは定期的な呼吸音だった。ふと目を上げれば、パイプ椅子に座って腕を組んだまま寝てしまっているイルカが目に映る。すうすうと寝息を立てているイルカをカカシはじっと見つめた。
イルカがここに顔を見せた時は入院している自分なんかより憔悴し切った表情をしていた。
そこからその心配そうな顔は怒った顔に変わり、ナルト達が来てからは心底楽しそうに笑って、そして今はこうして寝ている。
この短い時間に見せたイルカのころころ変わる表情は丸で寸劇だ。
でも。
どんな夢を見ているのか。寝ながら気難しそうな表情をするが、それはすぐに普通の寝顔に戻る。そして時折、ふがっ、とイビキのような呼吸をするイルカを目にしたら。胸に詰まっていた何かが溢れてきて、堪えきれずにカカシは笑っていた。
笑い出すカカシにイルカはふっと目を覚まし、目の前にいるカカシを見る。うっかり寝てしまっていた事に、やべっ、と思わずそんな言葉を漏らしながらも、
「ここ数日ろくに寝れなかったんだから仕方ないでしょう」
言い訳ではない、きっと本当に寝れなかったんだろう、イルカを見つめながらカカシはうんと相槌を打つ。
「ね、先生。結婚しよっか」
微笑みながら口にした。
当然ながらイルカは目を剥く。
大切な人を作るつもりなんてなかった。
お試しはお試しで。本気になんてならないと思ったのに。
この小一時間でこの人を到底手放せないと思ってしまったんだから仕方がない。
目をまんまるにした後、冗談は、と言いかけながらもその言葉を止めたのは、冗談ではないと目を見て悟ったんだろう。
厄介な相手を好きになってしまったとばかりに真っ赤な顔をしながらも困り果てるイルカの顔を見て、それもまた愛おしいとカカシは目を細めた。
面会が許されたくらいなのだから退院間近なくらい体調が回復しているのにも関わらず、神妙な顔のままのイルカに微笑みかけるとぐっと眉間の皺が深くなったのが分かった。
怒るかな。
なんとなく反射的に身構えるが、イルカは直ぐには何も発しなかった。何かを言おうとして口を開いたものの、直ぐに閉じる。そこからゆるりと結んだ唇を開いた。
「……ご無事で何よりです」
イルカの普段の声より低い声で呟くように口にする。
イルカとは付き合い出して数ヶ月。お試しで付き合ってみようかと誘ったカカシに頷いたのはイルカだった。真面目で堅物だと思いきや、想像以上に無頓着でおおらかな性格に甘えて気が付けばずるずると三ヶ月近く付き合っている。そう、まだお試し期間。
ただ、死と隣り合わせの仕事だと互いに割り切っているはずだと思ったが。イルカにこんな顔をさせるつもりはなかったと、今まで感じたことがなかった罪悪感が心の中に初めて芽生える。
今にも泣きそうな顔のイルカをカカシはじっと眺めた。
「泣いたの?」
だから、また黙ってしまったイルカに敢えてそんな事を言えば、黒い目がカカシを睨む。
「泣いてませんっ」
否定しながらもイルカはその赤い目を手の甲でゴシゴシと擦った。
「仲間思いもいいですがご自分の身も大切にしてもらわないと困ります」
余程カカシの言葉が癪に触ったのか、普段口にしないような台詞を言われ、しかもその強い口調に少しだけ驚くも、カカシは眉を下げた。ボサボサの頭を掻く。
仲間を無事撤退させる為に自分だけが残ったのは事実だから、そう言われたら返す言葉はない。
「ま、結果オーライってことで、」
上手く返したつもりだったがイルカの目つきが険しくなり、やばったとカカシは軽く肩を竦める。
「俺はっ、」
イルカが何かを言いかけた時、バタバタと廊下を走る音と共に病室の扉がバタンと勢いよく開いた。
同時に顔を見せたのは七班の部下達で。
「カカシ先生みーっけ!」
ナルトがこっちに指を差し病院に相応しくない台詞を大声で叫ぶから、当たり前だが矛先が自分からナルトへ向く。
「叫ぶな!走るな!」
案の定のイルカ怒声にカカシはまた眉を下げるしかなかった。
「だからこれでも上手くなったんだってば!」
ナルトの剥いたでこぼこのリンゴに非難が集中し、当の本人は不満げに口を尖らせた。
「見た目なんていいんだよ、食べちまえば一緒なんだから、な?」
イルカの言葉に、先生それ慰めてないから、とサクラからすかさずツッコミがが入る。
悪い悪い、と鼻頭を掻くイルカにつられてナルトもサクラも笑った。
リンゴを持ってきたのはイルカだった。手に何か下げているのは分かっていたが、聞けるような雰囲気でもなかったし、その話題に辿り着く前にナルト達が来たのだから仕方がない。
季節外れだから高かったろうに。大きく艶のあるリンゴが袋に何個も入っていた。
誰よりもリンゴをたらふく食べた後、ナルト達は今からヒミツの特訓をするんだと意気込んで病室を後にする。
「先生はどうするの?」
素直に聞いたカカシにイルカは、そうですねえ、と言いながら病院の壁にかかっている時計へ目を向けた。
「ここに来る前医師から聞いたんですがあと三十分くらいで経過を診にくるそうなのでそれまでは」
「別に俺病院を抜け出したりしないよ?」
何となくそう返したカカシに、知ってますよ、とイルカは笑った。
「それまではこれでも読んでからいかがですか?」
パイプ椅子に座り直したイルカに差し出されたのはくたびれた表紙の小冊子だった。普段だったらイルカが推奨なんかするはずのない如何わしい内容しか書かれていないそれを差し出され、カカシは少しだけ面食らった。
「ま、今日は特別ってことで」
ニカリと笑うイルカの笑顔は多少意地が悪いものの、それでも怒っている顔よりはずっといいとカカシは思った。
それを読むくらい元気になってるなら安心です。
しかしお見舞いにきた恋人の前で読むのもなあ、と無神経さに自覚があるものの流石に戸惑えば、そう付け加えられたら読まないわけにはいかない。
カカシは促されるままに受け取ると、くたびれた表紙を捲った。
もう何度読んだか分からない内容はすっかり頭に入っているがそれでも色褪せないのは作者の才力によるものだろう。
本に目を落とし何ページか読み進めたところで聞こえてきたのは定期的な呼吸音だった。ふと目を上げれば、パイプ椅子に座って腕を組んだまま寝てしまっているイルカが目に映る。すうすうと寝息を立てているイルカをカカシはじっと見つめた。
イルカがここに顔を見せた時は入院している自分なんかより憔悴し切った表情をしていた。
そこからその心配そうな顔は怒った顔に変わり、ナルト達が来てからは心底楽しそうに笑って、そして今はこうして寝ている。
この短い時間に見せたイルカのころころ変わる表情は丸で寸劇だ。
でも。
どんな夢を見ているのか。寝ながら気難しそうな表情をするが、それはすぐに普通の寝顔に戻る。そして時折、ふがっ、とイビキのような呼吸をするイルカを目にしたら。胸に詰まっていた何かが溢れてきて、堪えきれずにカカシは笑っていた。
笑い出すカカシにイルカはふっと目を覚まし、目の前にいるカカシを見る。うっかり寝てしまっていた事に、やべっ、と思わずそんな言葉を漏らしながらも、
「ここ数日ろくに寝れなかったんだから仕方ないでしょう」
言い訳ではない、きっと本当に寝れなかったんだろう、イルカを見つめながらカカシはうんと相槌を打つ。
「ね、先生。結婚しよっか」
微笑みながら口にした。
当然ながらイルカは目を剥く。
大切な人を作るつもりなんてなかった。
お試しはお試しで。本気になんてならないと思ったのに。
この小一時間でこの人を到底手放せないと思ってしまったんだから仕方がない。
目をまんまるにした後、冗談は、と言いかけながらもその言葉を止めたのは、冗談ではないと目を見て悟ったんだろう。
厄介な相手を好きになってしまったとばかりに真っ赤な顔をしながらも困り果てるイルカの顔を見て、それもまた愛おしいとカカシは目を細めた。
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