褒められて伸びるタイプなんですけど、カカシさんは?と缶ビールを飲みながらイルカに聞かれ、カカシは視線を横に漂わせた。
 幼い頃から褒められたから伸びたと言う記憶はない。出来る事が当たり前だと思っていたし、何かを取得する上で躓いた記憶さえない。
「どうですかね」
 と答えれば、分からないんですか、と言われカカシは困った。
「分からないって言うか、そんな経験がないと言うか」
 カカシの言葉にイルカは素直に驚いた顔を見せたが、天才の名を欲しいままにしてきたカカシにとってみれば、改めて思えば褒められたいから何かを成し遂げたい、と思ったことはなかった。
 ただ、イルカが、ナルトやアカデミーの子ども達の頭を撫でたり抱き締めたりして褒めているところに何度も出会しているから、ああ言うのはないなあ、と再認識する。
 そこから不意に思いついたカカシは、ねえ、とイルカへ顔を向けた。
「先生俺を褒めてよ」
「えー、何言ってんですか」
 イルカは、突然何を言い出すのかと、そんな顔をするが、それを経験するにはイルカが最適な相手だと分かっている。カカシは一人で乗り気になっていた。それにイルカなら職業柄、こんなお願い容易いはずだ。
 なのにイルカは難しい顔をする。
「大体褒めるって、何を褒めるんですか」
 日頃からやたら顔が良いと口にするイルカを察して、そうじゃなくて、とカカシは手を横に振った。
「何でもいいから、俺の頭撫でてよ、ほら、ナルトにやるみたいに」
 直ぐに、はあ?とイルカから声が返る。銀色の髪へ一回視線を向けたイルカはそこから困った顔をした。
「待ってください。いくら酒が入ってるからってカカシさんの頭を撫でるとか、無理ですって」
 こんな感じで酒飲んでますけど、俺にとったらあなたは憧れで尊敬する忍びなんです。
 大真面目に返されるが、まあ上下関係を言われたらそこは否定できない。
 諦めきれないカカシは、缶ビールをちゃぶ台に置き、じゃあさ、と胸の前で印を結ぶ。
 ぶわん、と煙が上がりそれが消えた場所にいるのは、子供の頃に変化したカカシの姿で、イルカは目を丸くした。
 ナルトよりは幼いのはアカデミーの生徒と合わせたからだ。
「どう、先生。これならいいでしょ?」
 変化した事を除けば見た目ちゃんとした子供だ。文句は言わせないと得意げな顔を見せるカカシに、イルカは呆れた顔を隠さなかったが、目の前にいる小さくなったカカシを見つめた。
 大人しくじっと待つカカシに、イルカは手を伸ばす。
 混ぜっ返すように大きな手のひらがカカシの銀色の頭を撫でた。
 よしよし、と言う言葉こそ演技くさいものがあるが、暖かい手に、イルカの声に、満たされるものを感じる。
「でも、カカシさんはこのぐらいの時はいつもアカデミーで褒めてもらってたんじゃないんですか?」
「ああ、俺こんぐらいの時はもう戦場にいたから」
 頭を撫でていた手が止まる。返事をしなくなったイルカに顔を上げれば、難しい顔をしていた。
「……先生?」
 幼い声で呼び掛ければ、潤んでいた黒い目から一粒の涙が溢れ、カカシは息を飲んだ。
 そして、慌てる。
 当たり前だが、イルカを泣かすつもりなんかなかった。
 変化を解いたカカシは同じ目線になったイルカの顔を覗き込む。
「すみません」
 謝るイルカは、正座したまま。膝に乗せていた自分の拳で目を擦るように拭いた。
 自分の一言がイルカを泣かせたと分かっている。でもそれが自分の歩んできた道で、しかしイルカを悲しませる事は不本意で。
 自分がごめんと言ったら、イルカはきっとその謝罪は受け取らないだろう、それが分かったから、カカシは口には出せなかった。
 代わりに、自分の手をイルカの頭に乗せる。優しく撫でれば、イルカが顔を上げた。
「……やっぱ、撫でられるのもいいもんですね」
 少しだけ驚いた顔をしていたイルカが笑う。
 笑みが戻ったイルカを見て、かけがえのない感情を手に入れた気がして、カカシもまた嬉しそうにイルカを見つめて微笑んだ。


<終>
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