何気ない二人の会話「存在」

「ねえ先生、これって何に使うの?」
 カカシが台所で不思議そうな顔して右手を上げる。持っていたのは穴の空いたお玉だった。
「それは味噌汁を作る時に味噌を漉したり、ほら今日の鍋でも使えますよ。具だけ取り出すのに便利なんです」
 白菜をざくざくとまな板の上で切りながら言えば、へえ、とカカシから声が返ってきた。
「まあ、俺横着なんで、あまり使わないんですけどね」
 追加した言葉にもカカシは、そうなんだ、と言うものの、聞いておきながらそこまで興味がないような要領を得ないような口調に、そんなものだろうなあ、とイルカは小さく笑う。
 時々家に招くようになったカカシは、基本料理らしい事はしない。それを本人からも聞いていて、知っているから。それ以上説明するつもりもなかった。男一人住まいのアパートの台所は狭い。普段は用意が出来るまで座って待っていてもらうのだが、それじゃ悪いから、とカカシが進んで横に並んで立つもんだから、返って邪魔になるとも言えない。というか、上忍であるカカシに手伝わせていいのだろうかと言う迷いも勿論あるが、本人は至って普通で気にもしていない。
 カカシは穴の空いたお玉をかけてあった場所に戻すと、隣で野菜を切っているイルカの手元を見る。既に手持ちぶさたになっているカカシに、そこにある人参と大根、洗ってもらえますか?と言えば、うん、と返事が直ぐに返ってくる。カカシは腕まくりをして蛇口を捻った。
「先生の家って色々あるね」
 野菜を洗い終わったカカシは、今度はちゃぶ台に取り皿や箸を運ぶ仕事を任され、イルカに言われた通りに食器棚にある皿を取りだしながら。感心したように言うから、イルカは、そうですかね、と笑った。
 自分の使っているものは基本実家で使っていたものだ。だから年季が入っているし、鍋も食器も、買い換えてもいいものかもしれないが、まだ使えるうちは買い換えるつもりもなかった。食器だって一人では十分過ぎるくらいにある。段ボールに入れたまま、持ってきたままになっているものも押入れにあるくらいだ。
「でもまあ、人が来たときには慌てなくて済むんで」
 イルカの言葉に、それは確かにそうですよねえ。と居間からカカシの声が聞こえる。
「それってナルトとか?」
 台所に顔を覗かせたカカシに、素直に頷けば、あいつら、と呆れたようなため息混じりに言うから。イルカはまた笑う。ナルトよりここに来ている回数はカカシの方が多い気もするが、それを敢えて言うことじゃないなあ、とイルカは一人微笑んだ。
 イルカは、土鍋に入っている野菜と豆腐の間に切り終わった鶏肉を置き、火をつける。
「さ、これで準備は終わりなので、後は出来上がるまで飲みましょう」
 冷えた缶ビールを冷蔵庫から取り出すと、カカシを居間へと促した。
 
 ふと目を開け、ちゃぶ台から顔を上げた時、居間にはイルカ一人だった。
 出来上がった鍋をつつきながらカカシとビールを飲み、途中から日本酒に変え、仕事明けなのもあってか、ふと寝てしまったのは分かったが。
 既に鍋が片づけられたちゃぶ台の上には、乾いたつまみと空になった缶ビールや飲みかけのものが何本か置かれたままで。イルカはそこから時計に目を向ける。
 うたた寝してそこまで時間も経っていないのは分かったが。しんと静まりかえった部屋で、いつも独りでいる時は気にした事もなかったのに。部屋の静けさに寂しいと一度も感じたことはないのに。そんな気分になりそうで、片づけようかな、と腰を上げた時、後ろで物音が聞こえ、同時に扉が開く音が聞こえる。
「あ、先生。起きたの」
 トイレから出てきたカカシに、そう言われ。何故か何と言おうか、迷った。そこから、イルカは頭を掻いた。
「寝ちゃったみたいで、すみません」
 言えば、カカシは眉を下げる。
「いいよー、先生疲れてるみたいだね」
 いや、そんな事は、と否定しながらも。カカシが顔を見せた途端、止まっていた時間が動き出したような複雑な感覚に、イルカは笑って誤魔化すしかなかった。否定したくなるのは、自分らしくないと思うからだ。
「でも、カカシ先生帰っても良かったのに、」
 そう口にしたイルカに、カカシは、まさか、と笑った。
「先生を置いて?」
 何気ないその言葉に、胸が詰まった。何でなのか、分からない。
 どうせ直ぐ起きるだろうと思ったから、と続けるカカシの言葉が入ってこなくて、イルカは目を伏せる。
 ここは自分の家で。だからそのまま帰ったって構わないのに。
 帰ったっていいんですよ。と言えばいいのに、言えなくて。
「じゃあ、片づけますか」
 背中を自分で押すように、明るく口にすれば。カカシは鍋作りを手伝う時と同じように、はーい、と素直ににこりと微笑んだ。
 
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。