何気ない二人の会話「恋

 居酒屋で二杯目になるビールを店員に注文し、目の前にあるだし巻き卵を口に入れながら。
 俺、カカシさんになりたいです。とため息混じりにイルカに言われ、カカシはジョッキを傾けながら、僅かに目を丸くした。
「なにそれ」
 当たり前だが、自分にはその台詞を言う権利がある。ただ、話の流れからきている事は明らかで。自分が別れた彼女の話題を出すイルカに内心珍しいとは思っていた。
 元々、アカデミーの生徒の話や、仕事の話が主で、それ以外にも他愛のない話題を口にるすが。プライベートをあっさりと口にしたイルカに多少驚きはしたが。何となく彼の見えない領域に入り込んでいるんだろうとも感じるカカシに、酒で顔を赤くしたイルカは、だってですよ、と続ける。
「もし俺がカカシさんだったら。彼女の心変わりに気が付いてあげられてたのかなあ、とか」
 視線を下げるイルカの表情をカカシはじっと見つめた。
「後悔してるって事?」
 聞けば、直ぐに、いや、とイルカから声が返った。
「でも、正直分からないんですよね。向こうから別れ話をされた時も、がっくりとはしましたが、それだけって言うか」
 肩を竦めながら笑う、そんなイルカを見つめながら、自分に例える事自体、ナンセンスだなあ、と思った。じゃあ何でイルカがそんな話題を口にするのかと言えば、たぶん酒が入っているからで。今まで考えもしなかったが、イルカの話に乗ってみる。そうだねえ、とカカシは呟いた。
「俺になったら、もっと分からない事ばっかりかもよ?」
 え?とイルカが聞き返すから、その黒い目を見つめ返す。
「だって、俺、誰かとちゃんとつきあった事ないもん」
 枝豆をつまみ、実を口入れながら。不思議そうな顔をするイルカにそう続ければ、少しだけ面食らった顔をした。
「じゃあ、遊びって事ですか」
 遊び。聞かれてカカシは困った。言い方は悪いが、遊びと言われたらその通りなのかもしれないが。うーん、と立て肘をつきながらカカシは視線を上に向ける。
「だってさ、そもそも俺戦忍だし、割り切ったつき合いの方が楽じゃない」
 言えば、イルカは一瞬、きょとんとした顔をした。そこから、理解はしたが、納得出来ないと、そんな表情でイルカは口を尖らせる。
「モテる男は違いますね」
 嫌みとも取れる言い方に、カカシは困って眉を下げる。女を作る事に苦労した事はない、それは認めるが。
 今まで関係を持った相手に恋心を抱いた事はない。向こうも向こうで長くつき合う相手じゃないと、そう思っていたはずだ。
 というか、話が逸れている事に、じゃなくて、とカカシは口を開く。
「俺うんぬんじゃなくって。星の数ほどいる中で出会って、恋に落ちて、先生が相手を幸せにしたいって思って。でもそれでダメだったなら、それはそれで仕方ないじゃない」
 よく分かんないけど、恋なんてそーいうもんの繰り返しなんじゃないの?
 思っていた事を口に出しただけなのに。
 イルカは。ぽかんとしていたが、そこから、はあ、と気の抜けた返事をした。
 酒のせいではない、その顔が赤くなり、どうしたの?問えば、イルカは視線をこっちに向ける。
「いや、なんか、意外で」
 不思議そうにするカカシを前に、イルカは顔を赤くさせたまま、俯くから。その態度の意味が分からなくて、カカシは首を傾げる。
「なんか違った?」
「いや、」
「違うなら、先生が教えてよ」
 テーブルに頬杖をつきながら。
 真面目に聞いたのに。
 一瞬何かを考えた顔をした後、嫌です、とイルカはぷいと顔を背けた。
 何で?と問えば。イルカは少しだけ困った顔をしながらこっちを見る。
「なんかこそばゆいから、嫌です」
 不貞腐れる意味が分からないけど。言った理由が可笑しくて。ま、いいか、とカカシは眉を下げた。
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