お見通し

 書類を纏め終えたイルカはそれを持って立ち上がる。自分の次の授業が始まるまでにはまだ時間があるからと頼まれた他の書類を確認していれば、どこに行くのか察したのか。同期にこれもついでに頼むと言われイルカは呆れた眼差しを向けた。
「俺は便利屋じゃねーよ」
 そう言いながらも受け取ってしまうから駄目なんだと分かっているが、お人好しなのは自覚があるから仕方がない。
 コーヒー奢れよ、笑いながらそう付け加えるとイルカは書類を抱えて職員室を後にした。
 朝、家を出たときは寒くて白い息が出たのにその気温はすっかり上がり、頬に感じる暖かさに建物を出たイルカは歩きながら空を見上げる。
 風もない小春日和とも言えるこの天気に布団を干したいと思うが仕事中だから家に帰れるはずもなく。そう、今は仕事中で次の授業が始まるまでにはアカデミーに帰っていなければならない。
 足を早めた時、少し先に見えた人影が見える。木の下でカカシが同じ上忍仲間と話しているのが見えた。いつものようにポケットに手を入れて会話をしているカカシを見ながら、珍しいと思ったのは、話している相手がくの一だったからだ。別にカカシがくの一と話しているのを見たことがないわけではない。でも、大体話す相手は決まっている。だたそんなに知り合いが多いわけじゃないとそんな事をカカシが言っていたのは最近だ。
 ただ、自分とカカシとはそこまで長いつきあいではないし、つきあい始めたのも最近だ。よく考えたら、カカシの交友関係なんて丸で知らない。まあ、それはお互い様だと分かってはいるが。
 見つめる先にいるくの一は中忍ではないのは分かるから、上忍か特別上忍であるのには間違いがないが見ない顔だから。
 だから、珍しいな、と思いながらその視線を外そうとした時、カカシがふとこっちを見た。気配に気がついていて当たり前だが、こっちを向くとは思っていなかったから内心少しだけ驚いたイルカに、カカシがポケットに入れていた手を出す。
 手招きをした。
 カカシが手招きをする、それが自分の中では唐突過ぎて、そしてそれは自分に向けているものなのか。イルカは思わず周りを見たが、他に人は歩いていない。
 よってカカシが手招きをしている相手が自分だと分かったが。
 イルカは戸惑った。一緒にいるのがアスマや紅といった上忍師なら分かるが。途中で会話を止めてまで呼ぶ理由なんてあるのかと思うが、今日もらった任務予定表で聞きたいことがあるのかもしれないし、そもそも上忍相手に無視は出来ない。
 急いではいるが、仕方ないとイルカはカカシに歩み寄った。
 遠目から見ても分かってはいたが細身で綺麗なくの一だと思いながらイルカは二人に会釈をする。
「どうかされましたか」
 言葉を選んでカカシへ顔を向けた、その視界に入ったのはカカシの顔だった。カカシへ顔を向けたのだからカカシの顔が見えるのは当たり前だ。でも、見えたのは口布が下ろされたままのカカシで。え、と思う間に自分の唇に柔らかいものが触れる。目を丸くしたまま、瞬きをしたその次の瞬間にはカカシの口元は元の通り、口布に覆われていた。
 え?
 あれ?
 一瞬の事過ぎて、自分の錯覚かと思いたいが。
 そんな事があるはずがない。
 何が起こったか、それを認識した瞬間、顔が熱くなった。
 あり得ない。
 この状況でキスとか。
 あり得ないだろ。
 認識の後の衝撃が頭を駆け回り整理がつくはずもないままカカシへ顔を向ける。
「あんた・・・・・・今、何を、」
 口を手の甲で押さえ、何してくれてんだ、と動揺しながら責める眼差しを向ければ、信じられないことに自分とは温度差のある何でもないような涼しい顔をしていた。
「え、だってそんな顔してたじゃない」
 当たり前のように言う。
 耳を疑った。
 そんな顔?
 そんな顔って、なんだよ。
 冷静になろうと思っていたのに、その言葉が余計にイルカを混乱させる。
 こんな場所であろうことか、キスして欲しいとか。
 そんな事思うなんて絶対にない。
 ないけど。
 カカシがくの一と二人で会話をしているのを見た時に胸に浮かんだ感情がどんなものだったのか。
 その感情に気がつかないふりをしていたのは確かで。
 でも、顔に出したつもりはなかったのに。
「だよね?」
 お見通しとばかりにカカシが聞く。
 違う。
 そんなんじゃない。
 そう言えばいいのに。
 滲み出た嫉妬心や不安が払拭されているのは嘘でもなんでもない。
 正直な気持ちが顔に出てしまっている時点で言い返せない。
 だからクソが付くほど正直者と周りから言われるんだと思うのに。
 イルカは悔しそうに顔を真っ赤にさせたまま口を結ぶしかなかった。
 
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