お誘い 後日談②

 「あ――」
 扉を開け建物から出たところでイルカは両腕を上げて背伸びをする。そこから肺に空気を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
 月末はいつも書類に追われるように仕事をしているから背中や肩はバキバキだ。肩に手を当て首を動かしながら自販機へ向かう。迷わずコーヒーを選んでボタンを押すと音を立てて缶コーヒーがガコンと音を立てて出てくるからそれを屈んで取り出した。
 毎回毎回そうだが、月末が締め切りだからといってギリギリに提出してくるのは締め切りを守っているからなにも言えないが、その提出した書類をまとめるこっちにも締め切りがあるから、正直勘弁して欲しいところだ。
 何故余裕を持って報告書を出さないのか。
 こっちの身にもなってくれ。
 朝からずっと机に向かっていたから身体だけじゃなく目も怠い。
 軽く首を鳴らして缶コーヒーを一口飲んだ時、ふと気配を感じて振り返るとそこにカカシがいた。こんな時間にこんな場所にいるなんて珍しい。
「カカシさん」
 名前を呼べばカカシは返事をする代わりにニコリと微笑む。同じように缶コーヒーでも買いに来たのかと尋ねようとした目の前で、カカシが自分の口布に指をかけた。
 なんだろうと思う間にその口布は下げられカカシは顔を傾ける。
 あ、キ……
 何をしようとしてるのか悟った時は既に唇を塞がれていた。
 柔らかい感触は紛れもなくカカシの唇で、離れたかと思うとまた塞がれる。再び離れ伏せていた目を上げた時は既にカカシの口布は戻されていた。
「あの、」
「それだけ」
 ニッコリと満足そうに微笑んだカカシは歩き出す。
 イルカはそのまま去っていくその背中を見送った後、はあー、とため息を吐き出しながらしゃがみ込んだ。
 付き合ってから気がついた事なんだけど。
 あの人ってすっげー甘いんだよな。
 知り合って、普通に知り合いとして会話していた時から割とサバサバしていると言うか。間延びした口調だからか、印象もそんな感じだったから。てっきり付き合ってからもそうだと思ったのに。
 めちゃくちゃ甘い。
 だって、キスだけの為に立ち寄るとか。
 本当、あの人には参る。
 ドキドキと鳴っている心音がまだ治らない。
 イルカは赤面したまま口元を隠す様に片手で覆いながら、眉根を軽く寄せる。
 口付けの余韻が残る唇を軽く噛んだ。

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