理由は一つ

 明日までに提出しろと言われて残業せざるを得なくなり、自分の受け持っている生徒の成績を確認しながら書類を纏める。
 職員室で机に向かい鉛筆を走らせながら、イルカは視線を横へ向けた。
 いつ終わるか目処が立たないから、一緒に夕飯を食べる約束は守れそうになく、謝り、先に帰ってもいいと告げたがカカシは今も横にいる。
 急かす事もしない、ただ仕事の邪魔をしないようにいつもの小冊子を広げて横で静かに読んでいるだけに過ぎないが。
 目を本に落としているカカシを横目で見て、そして自分の書きかけの書類に視線を戻し再び鉛筆を動かす。
 隣でカカシが自分の仕事が終わるのをじっと待っている。もうかれこれ一時間は経つが、まだ終われそうにもない。カカシは今日は七班の任務があったんだろうが疲れていないわけないだろうし、カカシの時間を潰してしまっているようで申し訳ないし、きっと腹も減ってるだろうし、当たり前だが自分も腹が減っていて。
 ───集中できない。
 参ったな。
 縦肘をつき鉛筆を動かしながらもチラとカカシを見ると、カカシがイルカの視線に気がついた。落としていた目をこっちに向ける。
 やっぱり先に帰ったほうがいいですよ。
 そう口にしようと思ったイルカの前で、カカシが読んでいた小冊子を机に置いた。
 手を伸ばしイルカの頬に触れる。
 なんだ、と思う間にカカシは顔を近づけなが
口布を下げゆっくりとイルカに唇を重ねた。離れたかと思うと再び、ちゅ、と音を立ててキスをして最後にもう一度深く重ねる。ゆっくりと唇が離れた。
 たった数秒に過ぎなかったが、カカシの温もりと唇の質感と吐息を感じるには十分で。じわじわと顔を赤らめながらも唖然とするイルカの前で、カカシは口布を元に戻した。
 する時は別れ際とか、それなりにキスをする雰囲気があったのに、今は全くなくて。
 赤面し困惑しながら見つめれば、カカシは嬉しそうにニコッと微笑んだ。何事もなかったかのようにまた小冊子を読み始める。
 今の口づけは、腹減ったとか、早く終わって欲しいとか、急かしてる訳でも何でもない。
 あなたとこうして一緒にいるだけでいい。
 それが嫌でも伝わるから。
 急にするなと責めたかったのに、そんな満足そうな顔を見せられたら言うにも言えず、また大人しく本を読み始めたから帰ってもいいとも言えなくて。
 仕方ねえなあ。
 ため息混じりに心の中でイルカは独りごちると、頬を赤らめたまま再び鉛筆を走らせた。
 
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