理由は一つ その後
いいな、と思ったのはいつだったか。
気がついたら目で追っていて子供みたいに笑う、その笑顔が自分に向いてくれたらと思った。
今まで商売女しかろくに相手にしてこなかったからなのかどうしていいのかも分からない。
───手が届きそうにもないから逆に欲しくなるとか?
自分が肌身離さず持っている小冊子に書かれている通りの心理に、思わず笑う。
持て余した感情をどうにかしたい。
それに、もともと関わりなんてないし断られたところで痛くもなんともない。
そう思いたまたま外で見かけた時に声をかけたら、いつも目で追っていた黒いしっぽがくるりと向きを変え、自分へ振り返った。
イルカとは、数回会話をした程度だ。それも挨拶程度に過ぎない会話とも言えないくらいで。
それでも、呼び止めた相手を見たイルカは警戒心のない笑顔を浮かべた。
「はい、何でしょう」
意志の強さを感じられる黒い目が自分をはっきりと映している。それが分かった瞬間、軽い気持ちだったはずなのに。気がつけば、ポケットに入れたままの手が、指先が、嘘みたいに震えていた。
自分の告白に、イルカは驚いた顔をした。返事はイエスかノーかそれだけなのに、イルカはどちらとも言わなかった。言わずに、
取り敢えず今から一緒に飯、食いに行きませんか?
笑ってそう口にした。
その日はイルカに言われるままに一緒に居酒屋で飯を食べ、別れた。
数日後、またイルカから声がかかった。昼飯に誘われ、別の日にはまた夕飯に誘われた。
何回かそんな事が続いたある日、食事の後並んで歩いていたらイルカが、カカシ先生、と不意に名前を呼んだから、呼ばれるままにカカシは顔を向けた。
いつもの黒く輝いている目をこっちに自分に向け、
「俺たち、付き合いましょうか」
恥ずかしそうにはみかみながら、告白の返事の代わりに食事に誘ってきた時と同じような口調で、イルカが言った。
イルカなりに考える時間が欲しかったんだとそこでようやく理解した。
晴れてイルカと恋人同士になり、付き合いも順調で。そもそも手に入らない幸せだと思い込んでいたから、ただイルカの隣を歩いたり側にいれるだけで幸せで。
それ以上何も望んでいないつもりだったのに。
残業を終えたイルカと一緒に帰り、閉店時間ギリギリでラーメンも食えた。
ラーメン店が閉まっていたら後はコンビニくらいしかなかったから。食いっぱぐれなくて良かったね、なんてイルカと笑い合いながら歩いて。
別れ際、いつものように自分からキスをした。指で触れる頬も重ねた唇も暖かい。唇を重ねた後別れを惜しむように頬にも口づけた。匂いを吸い込み優しく柔らかい唇を指でなぞる。そこから手を離した。いつもならそこでイルカは笑顔を浮かべて帰るのに。今回は違った。明日イルカは午前中はアカデミーで午後は受付に回される。本人が言っていたから間違いがないだろうし、だから明日午後はきっと受付で顔を合わせるだろう。
明日も会えるのに、浮かない顔をするのはなんでなのか。
不思議そうに見つめていれば、イルカは、いや、あのですね、と珍しく口籠もり、そしておずおずと顔を上げる。
「まだちょっと、帰りたくないな、……なんて、」
歯切れが悪い上に緊張しているようにも見える。そんなイルカを見つめながら、カカシは瞬きをした。
気持ちは分かる。イルカとならどんなに他愛のない話題でも話していて楽しい。きっと時間なんてあっという間だ。
でも、明日もイルカは早い。今日残業して纏めた資料を朝一で確認して提出しなければいけないはずだし、今週末だったらゆっくり出来ると、そう言ったのもイルカだ。でも先生、明日は早いって、と言いかけたら、分かってます、とイルカが被せるように言う。
「分かってますよ。でも、俺も男です。そーいうつもりになっちまったって言ったら、駄目ですか」
おずおずと。頬を赤らめながら、何故か不貞腐れたような口調でイルカは言った。
好きになったのも、告白したのも、付き合い始めてから何かのきっかけを作るのも全て自分からだった。
付き合っているのだから拒否される事もない、だからそれでも全然構わなかったし、求めてもいなかったからなのか。
いや、でも。
鈍すぎるでしょ、俺
イルカが誘っているんだと理解した途端、顔が熱くなった。
いや、恋人同士なんだし。
それが普通なんだけど。
頭の中でイルカの言葉が繰り返される。勢いよく身体中の血が全身に巡り、頭にもそれは巡る。自分が自分でなくなるような。普段感じた事がない感情に支配されそうになる。そう、イルカが言ったように男なんて単純だ。好きな人の前ではこんなにも頭が回らないなんて。
カカシはイルカの手を握る。
「もう一度言って?」
カカシの要求にイルカは一瞬目を丸くした。
「二度も言うわけないでしょう」
頬を赤く染めたイルカに不満そうに返されるも、可愛くて、逃げないと分かってるのに溢れる気持ちはどうしようもなくて。カカシはイルカを抱きしめる。
この人となら何処までも落ちていけると、カカシは思った。
気がついたら目で追っていて子供みたいに笑う、その笑顔が自分に向いてくれたらと思った。
今まで商売女しかろくに相手にしてこなかったからなのかどうしていいのかも分からない。
───手が届きそうにもないから逆に欲しくなるとか?
自分が肌身離さず持っている小冊子に書かれている通りの心理に、思わず笑う。
持て余した感情をどうにかしたい。
それに、もともと関わりなんてないし断られたところで痛くもなんともない。
そう思いたまたま外で見かけた時に声をかけたら、いつも目で追っていた黒いしっぽがくるりと向きを変え、自分へ振り返った。
イルカとは、数回会話をした程度だ。それも挨拶程度に過ぎない会話とも言えないくらいで。
それでも、呼び止めた相手を見たイルカは警戒心のない笑顔を浮かべた。
「はい、何でしょう」
意志の強さを感じられる黒い目が自分をはっきりと映している。それが分かった瞬間、軽い気持ちだったはずなのに。気がつけば、ポケットに入れたままの手が、指先が、嘘みたいに震えていた。
自分の告白に、イルカは驚いた顔をした。返事はイエスかノーかそれだけなのに、イルカはどちらとも言わなかった。言わずに、
取り敢えず今から一緒に飯、食いに行きませんか?
笑ってそう口にした。
その日はイルカに言われるままに一緒に居酒屋で飯を食べ、別れた。
数日後、またイルカから声がかかった。昼飯に誘われ、別の日にはまた夕飯に誘われた。
何回かそんな事が続いたある日、食事の後並んで歩いていたらイルカが、カカシ先生、と不意に名前を呼んだから、呼ばれるままにカカシは顔を向けた。
いつもの黒く輝いている目をこっちに自分に向け、
「俺たち、付き合いましょうか」
恥ずかしそうにはみかみながら、告白の返事の代わりに食事に誘ってきた時と同じような口調で、イルカが言った。
イルカなりに考える時間が欲しかったんだとそこでようやく理解した。
晴れてイルカと恋人同士になり、付き合いも順調で。そもそも手に入らない幸せだと思い込んでいたから、ただイルカの隣を歩いたり側にいれるだけで幸せで。
それ以上何も望んでいないつもりだったのに。
残業を終えたイルカと一緒に帰り、閉店時間ギリギリでラーメンも食えた。
ラーメン店が閉まっていたら後はコンビニくらいしかなかったから。食いっぱぐれなくて良かったね、なんてイルカと笑い合いながら歩いて。
別れ際、いつものように自分からキスをした。指で触れる頬も重ねた唇も暖かい。唇を重ねた後別れを惜しむように頬にも口づけた。匂いを吸い込み優しく柔らかい唇を指でなぞる。そこから手を離した。いつもならそこでイルカは笑顔を浮かべて帰るのに。今回は違った。明日イルカは午前中はアカデミーで午後は受付に回される。本人が言っていたから間違いがないだろうし、だから明日午後はきっと受付で顔を合わせるだろう。
明日も会えるのに、浮かない顔をするのはなんでなのか。
不思議そうに見つめていれば、イルカは、いや、あのですね、と珍しく口籠もり、そしておずおずと顔を上げる。
「まだちょっと、帰りたくないな、……なんて、」
歯切れが悪い上に緊張しているようにも見える。そんなイルカを見つめながら、カカシは瞬きをした。
気持ちは分かる。イルカとならどんなに他愛のない話題でも話していて楽しい。きっと時間なんてあっという間だ。
でも、明日もイルカは早い。今日残業して纏めた資料を朝一で確認して提出しなければいけないはずだし、今週末だったらゆっくり出来ると、そう言ったのもイルカだ。でも先生、明日は早いって、と言いかけたら、分かってます、とイルカが被せるように言う。
「分かってますよ。でも、俺も男です。そーいうつもりになっちまったって言ったら、駄目ですか」
おずおずと。頬を赤らめながら、何故か不貞腐れたような口調でイルカは言った。
好きになったのも、告白したのも、付き合い始めてから何かのきっかけを作るのも全て自分からだった。
付き合っているのだから拒否される事もない、だからそれでも全然構わなかったし、求めてもいなかったからなのか。
いや、でも。
鈍すぎるでしょ、俺
イルカが誘っているんだと理解した途端、顔が熱くなった。
いや、恋人同士なんだし。
それが普通なんだけど。
頭の中でイルカの言葉が繰り返される。勢いよく身体中の血が全身に巡り、頭にもそれは巡る。自分が自分でなくなるような。普段感じた事がない感情に支配されそうになる。そう、イルカが言ったように男なんて単純だ。好きな人の前ではこんなにも頭が回らないなんて。
カカシはイルカの手を握る。
「もう一度言って?」
カカシの要求にイルカは一瞬目を丸くした。
「二度も言うわけないでしょう」
頬を赤く染めたイルカに不満そうに返されるも、可愛くて、逃げないと分かってるのに溢れる気持ちはどうしようもなくて。カカシはイルカを抱きしめる。
この人となら何処までも落ちていけると、カカシは思った。
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