三分の一の恋

 なんでこんな状況になったんだろうか。
 目の前に座っているカカシはいつにもまして饒舌で。そんなカカシを見つめながら、ヤマトは顔には出さないながらも困惑する。それが分かっていようが、いや、分かっているならいいが困惑してるなんてカカシは分かっていない。だから尚更達が悪い。正直、仕事上がりで美味いはずの酒も美味くない。
 だが、こんな状況にしてしまったのは自分だった。
 それは分かっているが、まさかこんな方向に話が向かうなんて思わなかった。失敗したなあ、とヤマトは内心悔やむ。
 任務でも何でも、物事を反省する為には振り返る必要がある。それは基本中の基本だ。
 なんでこうなったんだっけ、と頭を巡らせる。
 事の始まりは、今日任務終わりに後輩に声をかけられたところから始まった。そう、いつもだったら別の場所で報告書を書くのにそうしなかったのは、報告を上から急かされたから。急かされるのはいつもの事だがそれを暗部の待機部屋で書いたのも悪かった。その時点での自分の選択に後悔混じりのため息が漏れる。
 その奥にある机で黙々と報告書を書いている時に聞こえてきたのは、後輩の声だった。
 いつもの雑談から今日の任務の事、そこから女の話題を経て出てきたのはカカシの名前だった。
 その聞こえてくる内容に、またか、とヤマトは内心嘆息する。
 カカシが暗部を離れたのは数年前だが、直属の部下でなかった者でさえ崇拝している傾向があるのは、それだけ彼の功績が大きいからだ。事実、暗部を抜けた今も、彼でしか対応できない任務はカカシにまわされる。カカシの穴埋め、と言うのは適切ではないが、その代わりにされたのは自分だがそこまで負担がかかっていないのはその為だ。
 まあ実際今もカカシの事は尊敬しているし、他の者もそうなんだろうが。崇拝しているからこそ、ありもしない事実が尾ひれをつけてそれが事実として語られる事も屡々だ。
 ただ、カカシの実力や功績は偽りもない事実ばかりだが、プライベートに関しては別だ。
 そんな噂は聞き飽きていたはずなのに、そんな話題を耳にしていた後、執務室の建物の近くでたまたまカカシと顔を合わせた。
 お前も仕事上がり?
 そう聞かれて、事実そうだったしこんな時間に顔を合わせる事も久しぶりだったから。自分でも珍しいが、飯でもどうですか、と口にした。
 自分の中では社交辞令のようなものだった。というのは、元々カカシはそこまで付き合いが良いほうではないが、昔よりもカカシがその誘いに乗らない事が多くなっていたのも事実だった。
 だが、今回もまた断られるだろうと予測して誘ったら、カカシは頷いた。
 そこだ、とヤマトは曖昧な予測でカカシに声をかけた事に今更ながらに反省する。
 いや、自分が食事に誘いカカシがそれに頷いたのは、まあいい。
 問題はその後だ。
 久しぶりにカカシと一緒に酒を呑む。目の前のカカシは口布を顎まで下げ、冷えたジョッキを傾ける。普段隠された素顔を晒せば当たり前にその端整な顔立ちに目を奪われている女性の若い店員や客がいるが、それを気にもせずのんびりとしている。興味がないことにはとことん興味がない。その相変わらずの無頓着さに、ヤマトは思わず小さく笑っていた。
 昔からそうだ。
 実力だけではない。誰もが羨む容姿であるにも関わらず、カカシは女性に興味がないし、強いて言えば苦手だ。
 女ってなんであんなに盛ってんのかね。
 その言葉を口にしたカカシにてっきり嫌みなのかと思ったら本心で、それに驚いたのは懐かしい話だ。ただ、それを知っているのはごく一部で、それを知りもしない大半の人間は噂を信じある者は崇拝し、ある者は手の届かない存在と思いながら恋い焦がれる。
 今日聞いたような話題も似たようなものだった。常に五、六人とっかえひっかえしてるだの、一度寝た女とは寝ないだの、はたまたずっとつき合っている恋人がいて実は結婚間近だの。尾ひれがつきまくっているとはこのことだ。ただ、事実を知っている側からしたら滑稽でしかない。
 そんな意味を含めて笑ったとは思っていないカカシは、なに?と素直に反応する。
「いや、先輩が女をとっかえひっかえしてるって聞いたんですが、本当なのかなあって」
 今日耳にした事をそのまんま言えば、カカシはあからさまに眉を顰めた。
「んなわけないでしょ」
 否定した短い言葉は本心だ。分かっているからこそ可笑しい。
 いや、可笑しがってる場合じゃないだろ。
 少し前の自分に突っ込む。でも予想していたとはいえ、その反応は面白かった。それでもとっかえひっかえとは多少意味が違うが、花街でお高い遊女を相手にしているのは事実だ。でもそれは任務後のそれなりに昂ぶった身体を沈める為で。それだけの目的で恋愛を自らすることもない。そもそも昔から愛読している小冊子のような展開を夢見ているのだから無理もない。
 変わらない反応に何故か安心した。暗部の抜け、こっちの部隊に配属されて、多少付き合いが悪くなったのはてっきり何かあるんじゃないかと思ったりもしたが。
 探る必要もなかったとヤマトはビールを呑み、そういえば、と口を開く。
「アカデミーの中忍とつき合ってるって聞いたんですが」
 その情報は後輩からではない、もっと別のルートから耳にしたものだったが、同じくくだらない噂に過ぎない。
 なに、今度はそーいう噂してんの?みんな暇だね。
 だから、カカシからもそんな言葉が返ってくるとばかり思っていたのに。
 ああ、とカカシは相づちを打った。それだけだったから、ヤマトは思わず傾けていらジョッキを口から離す。カカシへ目を向けた。
「なんですか。その、ああって」
 反応が違う。カカシが相づちを打つ、それは肯定しているのか否定しているのか。普段とは違う反応が気になった。
 そう、それだ。
 自分で今現在こうなってしまった状況を作った最後の自分の一手だった事を思い知り、ヤマトは思わず頭を抱えたくなった。
 だって気になっちゃったんだもんな、俺。
 そう、気になったのは当たり前だ。
 だって、アカデミーの中忍ってそこの可愛い女性教員でもなんでもない、どこにでもいそうな男の中忍の教員だったからだ。
 顔は執務室で何度か見かけたことがあったから知っていた。こっちは面をしているから、向こうがこっちを知ることがないが。
 そんな相手との噂なんて呆れたって可笑しくないのに、
「知りたい?」
 なんて言うカカシの顔は既に嬉しそうで、ヤマトは思わず眉を寄せた。
 知りたいって、何だ。
 なんかのひっかけか?
 普段とは違う展開に本能的に警戒心を抱いたが、それは既に遅かった。
 いつもだったら自分の事なんか喋らないはずのカカシが、目の前で聞きもしていないのに、ぺらぺらと喋っている。というか、こんな饒舌なカカシは今まで見たことがない。
 思わず名前を聞き間違えているとも思いたくなったが、会話の端々にイルカ先生という名前がカカシの口から出ているからどう考えても間違えている事はない。
 名前が間違っていない事は判明したが、相手は男だ。そして、過去今までカカシが男を相手にしたなんて話は聞いたことがない。それに誰よりも仲間を思いやるが、簡単に人を信用することはないのに。
「ねえヤマト、聞いてる?」
 カカシの言葉が思考を停止させる。漂わせていた視線を戻せば、カカシが怪訝そうな顔でこっちを見ていた。聞いていなかったが、聞いてますよと平気な顔で返す。
「中忍試験の後向こうから謝ってきたんですよね」
 聞き流していた言葉を思い出しながら言えば、そうそう、とカカシは満足気に頷いた。
「その割には嫌々謝りにきましたって顔してさ、まさかそんな子供っぽいとは思ってなくて思わず俺が笑ったら先生がムッとしてこっちを睨むんだよ?」
 ギャップ萌えって言うの?
 少しだけ嬉しそうな顔でカカシは酒をビールを呑む。その顔をヤマトは不思議そうに眺めた。
 今、ギャップ萌えって言ったか?言ったよな。
 ギャップと言われてもその男の普段を知らないから想像出来るわけもない。それを分かって言ってんのかこの人は。それに今の話の流れから恋に発展するところなんてないだろ。
 もはや返答にも困る。
 執務室で見かけたことがあるうみのイルカとかいう中忍は鼻頭の傷以外は目立った特徴もなく、度が付くくらい真面目そうだと言う印象だけはなんとなくある。中忍選抜試験の件。それは流石に自分の耳にも入っていた。その内容を踏まえれば、教師であれば熱血教師と言ったことろか。でもそれはカカシとは真逆のタイプだ。ギャップ萌えどころか面倒くさい相手でしかないはずなのに。
 恋ってさ、落ちるもんでしょ。
 不意にその言葉が頭に浮かんだ。
 恋人を作ろうともしないカカシに飲み会に誘ったら、断られた上に真顔でそう返された時は、普段から感情を滅多に顔に出さない自分だが、流石に赤面した。実際口には出さなかったが、あるわけないだろうと腹の中で思った。
 そんなもの、ドラマや少女漫画の中だけだと思っていた。実際はそんなものなんてなくて、妥協の中で生まれていくものなんだと。そう思っていた。いや、今も思っているのに。
 気が付けば目の前には美味そうな雑炊が置かれていた。レンゲで雑炊を掬い口にする。
(あ、この雑炊うま、)
 蟹のシンプルでいて上品な旨味が絶妙で。進むままにレンゲで雑炊を口にした時、
「ヤマトってさ、あっちの方ってどうしてんの」
 らしくない有耶無耶な表現に視線だけをカカシに向ければ、同じように雑炊をレンゲでつついていた。
「あっちの方ですか」
 あっちって、何だ。
 オウム返しをしてみたものの、カカシの惚気話を適当に聞き流していたからか、いまいち話の流れが分かっていない。
 ヤマトの言葉に、だからさ、とカカシは再び口を開くものの、どうも歯切れが悪い。その表情をじっと見つめながらまさかとは思うが、
「あっちって、まさかセック、」
「言葉にしなくていいから」
 被せるように言われ、ヤマトは思わず眉を顰めた。
「え、まさか先輩まだ手を出してないってことないですよね」
 言いながら、言い方を間違えたと思うが口に出してしまったのだから既に遅い。不快な表情をされ、(悪いとはこれっぽっちも思っていないが)気まずそうに頬を掻きながらカカシの言葉を思い出す。
 あっちの方ってどうしている。に対する適切な回答が何なのか。今度は間違えないようにしたいと思いながらも雑炊を食べ、そして再びカカシを見る。
「普通にしてますけど」
「普通ってなに」
 即答され、ヤマトは思わず口を結んだ。普通って言えば普通だろう。何を聞きたいのか。たまに遊郭に足を運べば、はたけの旦那が待ち遠しいと遊女が色っぽく言ってくるのは何なんだ。カカシが何を求めているのかまだ分からない。というか告白したくせに手を出せないってどうなってんだ。さっきまで散々惚気ていたくせに。
「先輩雑炊冷めちゃいますよ」
「いいから」
 面倒くさくなりそうだから話を変えようと思ったが、不発に終わりヤマトは内心ため息をついた時、
「だから、誘い方が分からないって言ってんの」
 困ってるのが分かったのか、面倒くさいと思われてるのはバレたのか。要約確信らしい言葉を口にしたが。
(何言ってんだ、この人)
 ヤマトは内心首を傾げた。
 さっきの遊女の話然り、どんな相手でさえ誘わなくても足を開くだろう。それはきっと女だけではなく、恋人ならばイルカだってきっとそうであってもおかしくはない。
「別に、いつも通りにすればいいでしょう」
 ヤマトの言葉に、いつも通りって何よ、とカカシがまた不思議そうにする。
「だから、遊郭に通ってますよね」
 途端カカシの表情が険しくなる。
「通ってないし、先生を商売女と一緒にしないでよ」
 そうか、そうだよな。
 そう言われたら遊女はあくまでも玄人だ。失言だったと反省しながらすみませんと謝るものの、それなりに考えてるのになんで俺謝ってんだろうとさえ思える。大体誘い方なんて、そんな話題誰かと話したことはないし改めて言うことでもないだろう。
 イチャパラがあるじゃないかと言ってもいいが、言っても返ってくる言葉が嫌でも想像出来て、ヤマトは嘆息する。
「向こうからは誘ってこないんですか?」
 別の切り口でいこうと聞いたが、カカシの表情が曇りそもそも論っだった事に気が付き重くなる空気にヤマトも閉口する。
 カカシが困っている事は分かったものの、そう簡単に答えは見つかりそうにない。
 それに、こんな事をしている間にもどんどん雑炊は冷めていく。それが悲しい。
 その雑炊を見つめながら、ヤマトは切り替えるようにカカシへ顔を上げる。
「だったら、こうしましょう」
 そう口を開いた。

 カカシに助言した事は大した内容ではなかった。
 ありきたりの事で上手く話を纏め、カカシもそれに納得し、蟹雑炊も食べ終え、それなりに上手くいった。
 ただ一つ、カカシが想像以上に酔ってしまった事を除いては。
 カカシの身体を支えながら、ヤマトは居酒屋を後にする。
「先輩、ちゃんと歩いてくださいよ」
 声をかければ、うん、と言葉が返ってくるが、歩き方はおぼつかない。過去、カカシと一緒に呑んでここまで酔った事はなく、イルカの事を想えばこそ、こんなになるまで呑んだという事にもなるが。それは真実でありながらも真実ではない部分があり、それにヤマトは責任を多少なりとも感じるのは。カカシがトイレで席を外した時に雑炊に薬を混ぜたからだ。
 多少投げやりな部分もあったのは認める。
 でもそれは話を終わらせたかっただけで、そもそもカカシはどんな薬にも耐性があるから、暗部特製の新薬であろうともそこまで効くとは思っていなかったのに。ただ、相手が自分であるからと警戒なく口にした事には胸が痛む。副作用がなければいいが、あればカカシは当然気が付くだろう。まあそれはともかく、薬を飲ませた責任をきちんととるべく腹を括ったヤマトはカカシを支えながら、夜道を歩き出した。


「先輩、着きましたよ」
 ヤマトの声に、んー、とだけカカシが返事をする。それに構わずヤマトは目の前の扉を叩いた。深夜の時間とは言え遠慮なく扉を叩いたのはまだ部屋の中に起きている気配があったから。その証拠に数秒後、目の前の扉が開く。扉を開けた相手が、少しだけ黒い目を丸くしたのが分かった。
 自宅だというのに、黒い髪をきっちりと高く一括りにしている。ベストを脱いだだけの支給服姿は忍びのマニュアル通りのスタイルで。それだけで真面目さが伝わってくる。忍びであるにも関わらすご丁寧にも表札にうみのと記載しているのはたぶんこの人だけだろう。
 ここに連れてきたのは責任を取るためだけではない。あのカカシが何回もデートに誘い、そして告白までした。うみのイルカは一体何者なのか。知りたくなったから。単純に興味本位だが、他人の事でこんなに興味を持ったのは初めてだった。
 同じ里の忍びでも一生顔を合わさない相手だっている。にも関わらず自分の顔を見て、イルカは明らかに警戒した顔を見せた。
 イルカは、どちら様だと問おうとして。隣で身体を支えられるように立っているカカシを見てそれを止める。その黒い目が再び恐る恐るこっちへ向いた。
「あの、」
 警戒し、そして戸惑っているのを隠しているつもりらしいが、手に取るように分かるから、ヤマトは酔っぱらいのフリをしてわざと表情を崩した。警戒しているのはイルカが自分を知らないのもあるが、カカシとの関係を隠しているんだろう。夜分遅くすみませんと苦笑いを浮かべながら、ヤマトはカカシへ目線を移す。
「先輩、イルカさんですよ」
 イルカの前で先輩と呼んだのはわざとだ。普段は第三者がいる前では口にしない。イルカの名前を聞いたカカシは、うなだれたままの銀色の頭をむくりと上げた。
 思いの外反応が良い。
「あれ、・・・・・・イルカ先生?」
 イルカを見て不思議そうな顔をするカカシに、またまた、とそんな表情でヤマトは口を開く。
「来たいって言ったのは先輩じゃないですか」
 嘘を平気で口にする。
 まあしかし、関係が進展しない事を悩んでいたのはカカシで、この流れは間違ってはいないはずだ。
 ここまでの会話で大体の流れがイルカでも理解出来ているはずなのに、未だ警戒心が解かれていないのには感心するが、こっちにもカカシを酔わせた責任がある。
「ほら先輩、言いたい事があるんですよね?」
 あからさまに促すと、カカシはイルカを見つめながら、そうか、と素直に呟いた。
 よしよしこれでこの人にカカシを預けて帰ってしまおう。
 そう思った時、今までこっちに遠慮なく体重を預けていたカカシが離れたかと思ったら。目の前でイルカに抱きついた。
 驚いたのは自分だけではない。勿論イルカもそうで。黒い目をまん丸にして驚愕するイルカお構いなしに、カカシは今まで聞いたことがないくらいに甘い声でイルカの名前を呼ぶ。
「イルカ先生・・・・・・好き、大好き。だからしよ?セック、」
 言葉が途切れたのはそれをイルカが阻止したからだ。
 腹にパンチを受けたカカシが苦しそうに呻く。
「送っていただきありがとうございました。ご迷惑おかけして本当すみませんそれではおやすみなさい」
 早口で言葉を口にして。おやすみなさい、のいが聞こえるか聞こえないかのタイミングでカカシを部屋に引き入れたイルカは勢いよく扉を閉めた。
 目の前には古いアパートの扉があるだけで。
 ヤマトは呆気に取られながらも、その扉を見つめ、そして頭を掻く。
 中忍の一撃を避けれなかったのは相手がイルカだからなのか、薬が効いているせいなのか。
「・・・・・・まあ、いいか」
 結果はどうあれきっかけは作ったはずだ。たぶん。
 そう納得しながらゆっくりと歩き出す。
 歩きながら浮かんだのは、カカシが抱きついた時のあのイルカの真っ赤になった顔や、目をまん丸にした驚いた表情だった。イルカが扉を開けた瞬間から閉められるまでのあんな短い時間にも関わらず、ああいう人だからカカシが好きになったんだと。腑に落ちる。
 恋に落ちるなんて一生理解できないと思っていたのに。
 自分自身それに内心驚きながらも、ヤマトは小さく笑いを零すと闇に飛ぶ。夜道から姿を消した。
 





 
 
「そーいうことなんだから仕方ないよね」
 カカシは見下ろしながら口にした。その口の端は上がっているのが分かり、睨んでみるがカカシはそんなイルカを見て微笑む。
 ついさっきまでは立場が逆だったはずなのに。押し倒されたこの状況に心臓がばくばくとしていて鳴り止みそうもない。むしろその音がカカシに聞こえているんじゃないかと思うだけで、余計に心音が早くなった気がした。
 カカシの後輩が酔ったカカシを連れてきたのは昨夜のことだ。
 たまたま残業で帰宅が遅くなり夕飯片手にそのまま持ち帰った仕事をしていれば玄関の扉が叩かれる。
 こんな時間に誰だと不審に思ったのは確かだった。ナルトだったら扉を叩くのと同時に自分の名前を呼ぶだろうし、そもそも勝手に開ける。自分の階級でこんな時間に火急の任務なんかないが、どうも扉を叩いている相手が慌てている様子もない。
 ペンを置き扉を開けてみれば。そこにいたのは見知らぬ相手とその男に身体を支えられているカカシだった。酒でそうなっているのは匂いで直ぐに分かったが、ここまで酔ったカカシを見たことがなかったから、驚いた。驚くと同時になんでこの人がカカシをここに連れてきたのかという疑問が浮かぶ。面識がないということは自分より階級が上というのは明らかだ。カカシとの関係性も見えないから、どう接すればいいのか困っていれば、何のことはない、カカシの後輩で。物腰が優しい上に常識的な人だったから、不審感を抱いたことに申し訳ないとさえ感じた。
 カカシが酔いつぶれると言うことはそれだけ関係性深いんだろうと察しがつくものの、ここに連れてきた疑問はそのままで。自分とのカカシとの関係を隠すつもりもなかったが、まだ公にしていなくて。そんな話さえカカシともしていなかったのは、つき合ってまだ間もなかったからだ。
 自分は兎も角、カカシは里一の忍びだから慎重になって当たり前だった。そんなカカシにどういう訳か惚れられて、頷くつもりはなかったのに押し切られるようにつき合うことになって。頷いたからにはカカシに迷惑をかけないようにしようと、そう思っていたのに。
 後輩と酒を飲むのはいい。付き合いだってある。
 でも、こっちの気も知らずに酒を飲んで二人の事を後輩に相談するとか。
「だったら俺に直接言えばいいだけの話でしょう」
 起き抜けに自分の顔を見るなり訳が分かっていないカカシに昨夜の状況を説明し、俺たちのことあの後輩に言ったんですかと聞けば言っただけではなく進展出来ない事を相談したとか言われて頭に血が上った。それを我慢しながらもそう口にすれば、カカシは布団の上でしゅんとしながらも、口を尖らせる。
「そういう空気にさえさせてくれなかったじゃない」
 なんて言われてイルカは思わず口をぐっと結んだ。
 自分も過去何人かの女性とつき合った事もあり、経験が全くないわけじゃない。
 でも、カカシとは慎重になってしまうのは事実だった。カカシの立場とか、そういうのも理由の一つだったが、それはただの言い訳で。要は、怖かったから。
 先に進んで、カカシが想像していたものと違ったたら。がっかりさせてしまうんじゃないか。そう思ったら怖くて。
 ずっと、隣にいて欲しいと思ってしまったからで。
 それを口に出そうと思っても、そう簡単には言葉に出来ない。イルカは下唇を軽く噛みながら、だって、と口ごもる。
「だって、・・・・・・どっちが上か下かとか、分からなかったし」
 考えなくもなかった事を言えば、カカシは少しだけ驚いた顔をした後、ああ、と相槌を打った。
「俺は先生が望むならどっちでもいいよ」
 カカシは布団の上にしゃがんだまま、立ったままのイルカを見上げる。あっけらかんに言うから。そんな口調に思わずイルカは頬を赤くした。眉を寄せ、視線を逸らす。
 どっちだっていいとか。
 そんなのはキスした時点で分かってるじゃないか。
 初めてキスされた時、経験がないわけじゃないのにまるで初めてのように、緊張で体はガチガチでどうしていいかわからなかった。それでも触れるカカシの唇が柔らかくて。何度も重ねるだけのキスに、背中がゾクゾクとして。そして舌を入れられたら、呆気なく腰が砕けそうになったのは紛れもない自分だ。
 思い出しただけで情けないし恥ずかしくて、だから、とイルカは咳払いをした。
「俺だってあなたと出来るなら上でも下でもどっちでもいいんです。そんな事よりなんであの人に、」
 言い終わらないうちにカカシの腕がにゅっと伸びる。気が付いたらカカシに押し倒されていた。

 確かに勢いも大切だと思う。どう悩んでいたかは知らないが、カカシは自分とは違いいつでも余裕があるように見える。
 そう、受け入れるだけで精一杯で、時間をかけて慣らされた箇所はカカシが動かす度にぐしゅぐしゅと濡れた音が部屋に響いた。
 身体が熱い。
 見下ろす目は薄っすらと微笑んでいるようで、潤んだままの目でにらみ返すとカカシは困ったように眉を下げた。屈んで唇を塞ぎ優しくついばむようなキスを繰り返し、そしてやがて唇が離れる。
「そんな顔で見ないで」
 そんな顔ってどんな顔だよ。
 言い返す間もなく腰を動かされ声にならない声がイルカの口から漏れた。
「うぁ、」
 内部を強く擦られその慣れない快感に目の奥がちかちかとした。濡れそぼった固い陰茎で奥を何度も突かれ、泣きたくもないのに、涙が目の際に溜まる。
「あっ、あっ、や、・・・・・・っ、も、駄目・・・・・・、」
 そりゃあ上でも下でも良いっていったけど。訴えてもカカシの動きは激しさを増ばかりで容赦ない。涙だけではない、口の端からも涎が頬を伝う。
「嘘ばっかり。気持ちいいんでしょ?」
 聞いて欲しくない台詞に責めたいけど悔しいがそれどころじゃない。
 それに、ぼやけた視界に映るカカシは幸せそうで。
 そっか、カカシさんも幸せなんだ。
 そう思ったら、胸の奥が熱くなった。自分には魅力なんてない。だからこんな事したら、嫌われるとばかり思っていたのに。嬉しさと気持ちよさで胸の奥がじんじんと痺れているような感覚に、イルカは小さく口を開く。
「・・・・・・好きです」
 伝えなきゃと思ったから口にしたが、喘いでいたからか情けないくらいにその声は枯れている。こんな状況でさえ色っぽくもない。
 それでも、カカシはイルカの言葉にふにゃりと顔を緩ませた。覆い被さる。
「俺もね、先生が大好き」
 囁かれ胸の奥がぎゅう、と締め付けられる。同時に抱き込まれ耳の奥に熱い息と共に吹き込まれイルカは身震いをする。カカシに律動を早められ、そこから何も考えられなくなった。

 


「よ」
 執務室から出てきたところで短い言葉をかけられ、ヤマトは視線を向けた。気配がないのはいつもの事だ。
 銀色の上忍は当たり前だがこの前の酔ったのが嘘のようにいつも通りで、眠そうな目がこっちを見ていた。
「任務?」
 聞かれて火影からの任務要請でも相手はカカシで。伏せる事は何もないから、ええ、と素直に頷く。
 執務室に用事があるからカカシもここにいるのであって順番的にカカシは次だから。頭を下げてそのまま歩きだそうとしたら、ねえ、と再び呼び止められる。振り返るとポケットに手を入れたままの姿でヤマトを見ていた。
「落ちるって意味、分かったでしょ?」
 その言葉にヤマトは目を丸くしていた。その間にカカシは執務室に入っていく。
 ヤマトは執務室の前の廊下で立ち尽くしたままだった。
 だって、てっきり薬の事を言及されるかと思っていたのに、まさかそんな言葉とか。
 そして、同時に利用されたんだと分かる。色々な意味で。
 それはつまり。
 何と言ったらいいか。

(・・・・・・適わないな)

 その一言に尽きて。
 ただ、聞かれた事を返すなら。正直まだそれに関しては不透明すぎる。言うならば三分の一くらいか。
 ああ、でもやられたな。
 薄く微笑んだカカシを思い出しながら、ヤマトは一人苦笑いを浮かべる。そこから頭を掻きながら廊下を歩き出した。


  




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