試す

 休み時間になったからか、隣の建物の中にいでめ子供達の声が遠くから聞こえてくる。
 その騒がしくも和やかな声とは裏腹に、耳元で聞こえるのは熱のこもった声。口付けの合間に漏れる余裕がないイルカの息遣いは何よりも心地よくて、そして身体中の血を滾らせる。うっすら目を開ければしっかりと目を閉じたことで伏せられた黒いまつ毛が微かに震えていて、必死に応えようとしているその表情に熱欲が簡単に高まる。キスだけで頬を真っ赤に染めながら拙いながらも自分なりに舌を動かす、その経験のなさがまたいい。
 その直後、ガラと書庫室の扉が開いた。ぎくりとイルカの筋肉が硬くなったのが分かり、同時に閉じていたイルカの目が勢いよく開く。敢えて扉から死角になる場所で始めたからこっちは向こうから見えてはいないだろうが、それはイルカは知っているのはいないのか。いや、たぶんそれどころじゃない。呑気に腰に手を回したままのカカシの手を引っ剥がし、身体をぐいと押しのけた。
 あらら。
 名残惜しいと思うカカシにイルカは怒ったような顔を向ける。
「俺がなんとかするんであんたはそこでじっとしていてください」
 声を抑えながらも言い聞かせるような口調で告げると、イルカは真っ赤な顔のまま背を向け、部屋に入ってきた相手に向けて明るい挨拶と共に顔を出した。
 お前も書類の整理か?
 偶然だな、なんて朗らかに声をかけるがこっちからしたらその声色だけで体温や心音が上がりっぱなしなのは明らかで、バレないように必死に取り繕うイルカの姿が目に浮かぶ。
 なんだかんだで会話で誘導するように、イルカは入ってきた同期と共に書庫室を出て行く。
 一人残されたカカシは、あーあ、と髪を無造作に掻いた。
 子供の声の他に少し前から感じ取っていたのは別の人間の気配で、それは真っ直ぐここに向かっていた。それが分かっているのにやめなかったのはイルカがどうするのか見たかったから。
 最初っから自分の片思いで押せ押せで半ば無理やり頷かせた関係に不安はつきものだ。
 こんな場所で無理矢理キスしたのも自分だし、だからもっと自分を責めるとばかり思っていたのに。まさか庇うとか。ただ、イルカらしいと言えばイルカらしくて。
 庇ってもらってなんなんだけど。自分のものだって言いふらしたくなる。
 あー、でもそんなことしたら絶交ですとか言い出しそうだもんな、あの人。
 それでもイルカの熱が名残惜しくて。今度はどこで掻っ攫おうか。
 そんなことを考えながら、口元に薄く微笑みを浮かべカカシは書庫室を後にした。
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