特別
「来週の金曜、お前暇だろ」
昼飯を済ませた後待機所で小冊子を読んでいると隣から声をかけられ、何で、と視線も上げずに短く聞けば、煙草を咥えたアスマがこっちを見た。
「飲み会。ほら、後輩がやれってうるさくてな」
綺麗なおねーちゃんたちと飲めるならいいだろ。
待機所に置かれていた雑誌を読みながら言われるものの。どういう理屈なのかは分からないが、いいだろうと言われてもどうとも思えなくて、別に、と素っ気なく返せば、お前なあ、とアスマがため息混じりに口を開いた。
「そんな本より本物の女にしとけって」
言われてカカシがようやくアスマに顔を向けた時、待機所の扉が開く。中忍のうみのイルカが書類片手に入ってきた。いつものように、ここに詰めている上忍に任務予定表を説明をしながら渡し始める。
冗談を含めた会話をしながら上忍と笑うイルカの声が奥に座っているカカシの耳にも入り、カカシはその目をイルカに向けた。
白い歯を見せて笑うイルカは、昨夜、自分の腕の中であの口で喘いでいた。
こんな関係になるきっかけは他愛のない会話からだった。
上忍と中忍の飲み会でたまたま隣の席に座ったイルカは意外にも酒も食も好みが似ていて。そこからちょくちょく酒を飲むようになって。
その日は居酒屋でいつもの様に、仕事の話題から、受付で男娼から任務の依頼を受けた話をイルカが話し始め、カカシは、へえ、と相槌を打った。忍びの世界では色事は男も女も関係ない。そんな依頼もあるんだろうなあ、と思いながら皿に箸を伸ばすカカシに、
「そっちの世界は分からないですが、俺、カカシさんだったらいいですよ」
そう口にしたイルカに、思わず箸を止めていた。
イルカの性格から、冗談ではないのは分かった。過去同性の相手から何度か誘われた事はあったが抱かれるなんて願い下げだったし処理役だとしても断ってきた。だから、聞き流す事も出来たのに出来なかったのは、イルカを肉欲を含む目で見たらどうしようもなく興味を持ってしまったから。
恥ずかしそうでいて酒で頬が赤くなったイルカの顔をマジマジと見つめた。自分が酔っているからでもなくその表情は艶やかで。自分はもともと性欲は薄い方だが、他人にこんな感情を抱いたのは初めてだった。そして、そういう目的で誰かを自分の部屋に誘ったのも初めてだった。
明らかにあれは誘い文句だったのに、いざイルカを抱こうとしたら初めてとか、それも驚きはしたが。
自分が特定の誰かと関係が続いている事実は、自分自身驚いていて。
そして、イルカとは何度肌を合わせても飽きない。昨日も満足するまでイルカを抱いた。
「イルカは来るよな?」
任務予定表を持ったイルカが目の前に来たところで、アスマが口を開く。不意に言われて当たり前に、えっと、と戸惑うイルカを前に、アスマは咥えていた煙草を指に挟んだ。
「合コン。来週の金曜暇ならどうだ?」
その言葉にイルカは僅かに目を丸くした。そしてその目がカカシへ向けらる。視線がぶつかった時、その目線に気がついたアスマが笑った。
「カカシは駄目だ。昔はそこまででもなかったけど最近全然つれねーんだわ。今回も駄目だと」
アスマの言葉を聞いていたイルカは、表情を変えなかった。そこからカカシから視線を外し、黒い目を伏せる。
「俺は、そういうのはちょっと」
すみません、と言いながら残念がるアスマへ任務予定表を渡し、そしてカカシへ再び顔を向けて直ぐ、
「どうぞっ」
同じ様に手渡されると思った任務予定表を、イルカに押し付ける様に渡された。いつも交わす会話もなにもあったもんじゃなくて。思わず、わっ、と声が出た。
「え、なに、」
「お願いしますっ」
ただ、予定表を勢いよく渡され、驚き、目を丸くするカカシを他所にイルカはそう言い捨てるように告げると、背を向けさっさと待機所を出て行ってしまう。
こんな関係になってからそっけないと思える事が何回かあった。でもそれが何でなのかいまいち分かっていなかったし気にもしていなかったが。
「なんだぁ……?」
アスマが呟く。訳が分からないのはカカシも同じだった。唖然としてしばらくイルカが出ていった扉を見つめていたが。
やがて、怒っているような、気難しい顔をしていたイルカの表情を思い出しながら、出て行こうとしたイルカの耳が真っ赤だった事に気がついた時。なんで自分にだけあんな態度をしたのかがなんとなく分かり。
分かったからこそ込み上げてきたのは笑いだった。
だって、あんな態度。
あれじゃ俺が特別なんだって言ってるようなものじゃない。
そう思ったら。それが妙にむず痒くて仕方なくて。
堪えることもなく、それは喉から漏れる。息を吐き出すような笑いに変わった。
「ふっ……ははっ」
急に笑い出したカカシに、滅多に笑わないのもあってか、アスマが面食らった顔をする。
やばい。どうしよう。
嬉しい。
手渡された予定表で顔を隠すようにするも、笑いが止まらない。
「おい、なんだよ」
気色悪いとも言いたげにアスマが聞くが。もちろん説明なんて出来るはずもなく。
「いや、別に」
別にと言いながらもその表情はいつもとは違い別人のように締まりがない。
「別にって、何が、」
「内緒」
言われてアスマは顔を顰めるしかなかった。その言葉に何かを察したのか、しかしアスマは何も言わずこれ以上は関わっても仕方がないと判断したのか。めんどくせえ、と呟き髪を掻くその横で、カカシは幸せな笑いを噛み締めながら、イルカに押し付けられシワになってしまった予定表を愛おしそうに見つめた。
昼飯を済ませた後待機所で小冊子を読んでいると隣から声をかけられ、何で、と視線も上げずに短く聞けば、煙草を咥えたアスマがこっちを見た。
「飲み会。ほら、後輩がやれってうるさくてな」
綺麗なおねーちゃんたちと飲めるならいいだろ。
待機所に置かれていた雑誌を読みながら言われるものの。どういう理屈なのかは分からないが、いいだろうと言われてもどうとも思えなくて、別に、と素っ気なく返せば、お前なあ、とアスマがため息混じりに口を開いた。
「そんな本より本物の女にしとけって」
言われてカカシがようやくアスマに顔を向けた時、待機所の扉が開く。中忍のうみのイルカが書類片手に入ってきた。いつものように、ここに詰めている上忍に任務予定表を説明をしながら渡し始める。
冗談を含めた会話をしながら上忍と笑うイルカの声が奥に座っているカカシの耳にも入り、カカシはその目をイルカに向けた。
白い歯を見せて笑うイルカは、昨夜、自分の腕の中であの口で喘いでいた。
こんな関係になるきっかけは他愛のない会話からだった。
上忍と中忍の飲み会でたまたま隣の席に座ったイルカは意外にも酒も食も好みが似ていて。そこからちょくちょく酒を飲むようになって。
その日は居酒屋でいつもの様に、仕事の話題から、受付で男娼から任務の依頼を受けた話をイルカが話し始め、カカシは、へえ、と相槌を打った。忍びの世界では色事は男も女も関係ない。そんな依頼もあるんだろうなあ、と思いながら皿に箸を伸ばすカカシに、
「そっちの世界は分からないですが、俺、カカシさんだったらいいですよ」
そう口にしたイルカに、思わず箸を止めていた。
イルカの性格から、冗談ではないのは分かった。過去同性の相手から何度か誘われた事はあったが抱かれるなんて願い下げだったし処理役だとしても断ってきた。だから、聞き流す事も出来たのに出来なかったのは、イルカを肉欲を含む目で見たらどうしようもなく興味を持ってしまったから。
恥ずかしそうでいて酒で頬が赤くなったイルカの顔をマジマジと見つめた。自分が酔っているからでもなくその表情は艶やかで。自分はもともと性欲は薄い方だが、他人にこんな感情を抱いたのは初めてだった。そして、そういう目的で誰かを自分の部屋に誘ったのも初めてだった。
明らかにあれは誘い文句だったのに、いざイルカを抱こうとしたら初めてとか、それも驚きはしたが。
自分が特定の誰かと関係が続いている事実は、自分自身驚いていて。
そして、イルカとは何度肌を合わせても飽きない。昨日も満足するまでイルカを抱いた。
「イルカは来るよな?」
任務予定表を持ったイルカが目の前に来たところで、アスマが口を開く。不意に言われて当たり前に、えっと、と戸惑うイルカを前に、アスマは咥えていた煙草を指に挟んだ。
「合コン。来週の金曜暇ならどうだ?」
その言葉にイルカは僅かに目を丸くした。そしてその目がカカシへ向けらる。視線がぶつかった時、その目線に気がついたアスマが笑った。
「カカシは駄目だ。昔はそこまででもなかったけど最近全然つれねーんだわ。今回も駄目だと」
アスマの言葉を聞いていたイルカは、表情を変えなかった。そこからカカシから視線を外し、黒い目を伏せる。
「俺は、そういうのはちょっと」
すみません、と言いながら残念がるアスマへ任務予定表を渡し、そしてカカシへ再び顔を向けて直ぐ、
「どうぞっ」
同じ様に手渡されると思った任務予定表を、イルカに押し付ける様に渡された。いつも交わす会話もなにもあったもんじゃなくて。思わず、わっ、と声が出た。
「え、なに、」
「お願いしますっ」
ただ、予定表を勢いよく渡され、驚き、目を丸くするカカシを他所にイルカはそう言い捨てるように告げると、背を向けさっさと待機所を出て行ってしまう。
こんな関係になってからそっけないと思える事が何回かあった。でもそれが何でなのかいまいち分かっていなかったし気にもしていなかったが。
「なんだぁ……?」
アスマが呟く。訳が分からないのはカカシも同じだった。唖然としてしばらくイルカが出ていった扉を見つめていたが。
やがて、怒っているような、気難しい顔をしていたイルカの表情を思い出しながら、出て行こうとしたイルカの耳が真っ赤だった事に気がついた時。なんで自分にだけあんな態度をしたのかがなんとなく分かり。
分かったからこそ込み上げてきたのは笑いだった。
だって、あんな態度。
あれじゃ俺が特別なんだって言ってるようなものじゃない。
そう思ったら。それが妙にむず痒くて仕方なくて。
堪えることもなく、それは喉から漏れる。息を吐き出すような笑いに変わった。
「ふっ……ははっ」
急に笑い出したカカシに、滅多に笑わないのもあってか、アスマが面食らった顔をする。
やばい。どうしよう。
嬉しい。
手渡された予定表で顔を隠すようにするも、笑いが止まらない。
「おい、なんだよ」
気色悪いとも言いたげにアスマが聞くが。もちろん説明なんて出来るはずもなく。
「いや、別に」
別にと言いながらもその表情はいつもとは違い別人のように締まりがない。
「別にって、何が、」
「内緒」
言われてアスマは顔を顰めるしかなかった。その言葉に何かを察したのか、しかしアスマは何も言わずこれ以上は関わっても仕方がないと判断したのか。めんどくせえ、と呟き髪を掻くその横で、カカシは幸せな笑いを噛み締めながら、イルカに押し付けられシワになってしまった予定表を愛おしそうに見つめた。
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