とても言えない
午後、外でカカシと顔を合わせたのは偶然だった。
向かう方向も同じだったから並んで歩きながら、今日も暑いですよね、から始まり、今日昼は何食いましたか?と他愛のない話をする。多少日が傾いてきてはいるものの、日差しは相変わらず強くて汗が止まらないが、風があるのが幸いだと蝉の鳴き声を聞きながら笑って道の角を曲がれば聞こえたのは子供達の騒いでいる声だった。この通りの少し先を行けば川沿いで。夏休みに入った子供達のことだ、おおかたそこで水浴びでもしてはしゃいでいるんだろうとそれだけに留めたのがいけなかったのか。
数分後分かれ道に差し掛かり、じゃあ、と口を開く前に聞こえたのは水の音だった。今さっき歩いてきた道では何件かの家では打ち水をしていて、その先の川では子供達が水遊びをしていた。でもその音はそこからではなく間近で、そしてその水は目の前のカカシにかかっている。その事実はあまりにも意外で、イルカがそれを目視して理解するまでに数秒かかった。
だってこんな道端で、突然上忍であるコピー忍者のはたけカカシが頭から水をかぶるとか、誰が想像しようか。状況を理解して直ぐ目を素早く上げるとそこにはアカデミーを生徒がいて。手には水風船を何個も持っている。それだけで何が起きたかは明らかだった。
イルカが鬼の形相に変わる様に子供達はしてやったりと、そんな悪戯っ子さながらの顔を見せ一目散に逃げていく。
「お前等・・・・・・っ」
怒り任せに子供達を追いかけるのは容易かったが、その場に足を留めたのはカカシの有様が視界に入ったからで。その場に踏みとどまると、怒りに拳を握りしめながらイルカは深々と頭を下げた。
「本当にすみません!俺がいながらこんな事に、」
カカシが狙われたのは自分が隣にいたからなのは明白で、犯人が生徒であると分かっていても責任は自分にある。ひたすら頭を下げるイルカに、いや、参ったね、と暢気な声を出しながらも、先生が謝ることじゃないでしょ、と優しく言われ、顔を上げながら眉根を寄せた。
「いや、しかし、」
「子どものしたことなんだから」
そうは言っても。どれだけどでかい水風船を作ったのか。カカシは見事にびしょ濡れだ。それが分かるから申し訳なさにイルカのお頭が再び下がる。
「ま、そのうち乾くでしょ」
そう口にしてカカシは濡れた銀色の髪を軽く振った。そうかもしれない。自分だったら同じ様な事を思うだろうし、実際しばらくすれば乾くだろう。でもそれじゃあ自分の気が済まない。
ただ、幸いな事にその場所からはアカデミーが近く、イルカは歩き出すカカシを呼び止めた。
「本当にいいの?」
カカシに聞かれイルカは、勿論です、と廊下を歩きながら頷いた。
アカデミーの保健室には替えの支給用品を常備されている。
基本自分が用意した替えで着替える事がほとんどだが、ケガをして服が破れてしまったり着替えがなかったりする時は保健室にある着替えを借りる事が出来る。とにかく、ここに着替えがあることを思い出して良かったと、イルカはポケットを探り職員室から拝借した保健室の鍵を取り出した。
夏休みで締め切った部屋は当たり前だが気温が高い。暑いですね、と保健室の窓を開ければ、心地良い風が部屋に入り込む。そこからイルカは奥の棚へ向かった。
替えが入っている棚を開け服を探していれば、後ろでカカシがベストのジッパーを下げた音がした。
「やっぱり濡れてるんじゃないですか?」
聞いたイルカに、まあねえ、と肯定する言葉が返ってくる。きっとその声色から苦笑いを浮かべているのは明らかで。アンダーウェアが濡れた時の肌にぺったりとくっつく不快さはよく分かっているから、再び申し訳なさがイルカを支配し、アイツら覚えておけよ、と心の中でしっかりと顔を覚えている生徒に向けて呟き、替えを服を手に取る。振り返るとタオルと共にカカシへ服を手渡した。
保健室に、カカシが着用している口元まで隠せるアンダーウェアがあるんだと知ったのはここ最近だ。アカデミーと言えど木の葉病院と同じサイズや種類が置いてあるのは、昨年その木の葉病院で勤めていた医師が保健医になったからだが。保健医として授業に関わる事を増やしたりと、医療忍者としての道もあるんだと生徒に意識の植え付けもでき、今回の保健医は感心することも多い。だから、こうして今日のようなイレギュラーの場合でもこうしてカカシに服を渡せる事ができるのは有り難い。
ここ最近一緒に食事をする事が増え、カカシの素顔を見る事も珍しくなくなったが、ここはアカデミーだ。イルカが気にして促した事に素直に従い、引いたカーテンの中でカカシは着替えている。その足下にカカシが脱いだアンダーウェアを落としたのが見えたから、イルカが歩み寄ってそれを拾い上げた。
カーテン越しに、悪いね、と声がしたから、カカシさんが謝ることは何もないんですよ、とイルカは返す。今度アイツら捕まえたら拳骨お見舞いしますと言えば、カカシがハハっと笑った。
自分も同じ様な悪戯は何度も経験している。だから職員室の流しでこれを洗濯するのは訳ないとカカシの脱ぎ捨てたアンダーウァエを持ちながら。ふわりと匂ったのはその手の中にある服からだった。
当たり前だ。
今日も暑く午前中から歩いただけで汗を掻く。
実際自分も汗を掻いていて。
なのに。
(やばい)
咄嗟に思ったのはそんな言葉だった。
普段、隣に座ったり距離を縮めても、体臭はない。
里外や特に任務中であれば匂いを極力残さないのは忍びの基本だ。里内であってもそれを心得ているんだと。そこにすら尊敬の念を抱いていた。
その匂いがカカシのものだと分かった途端、頬に赤みが差すのをきっかけに、顔が、身体がどんどん熱くなりそれが抑えられなくて。
イルカは焦った。
初めてカカシと居酒屋で顔を合わせたのは偶然だった。そこで初めて杯を酌み交わして。会話自体はそこまで弾まなかったが、心地良い空気で物腰も柔らかく、冗談さえ口にするカカシは意外だったが、それは無論悪い意味ではなく。普段は上忍からの誘いは遠慮する事が多かったが、そこからはカカシに誘われるままに頷いた。
そう、ナルト繋がりで知り合った、上忍と中忍の良好な関係。
ただそれだけでそれ以上でもそれ以下でもなく。
上忍師であるアスマと似たような。
尊敬していて。
そうだ。尊敬だ。
カカシへの想いは、尊敬だけなはずなのに。
初めて嗅いだカカシの匂いが想像以上に自分を混乱させた。動揺を抑えられない。
違う。
そんなんじゃない。
否定したいのに、裏腹に体温は上がったまま。
(やばいやばいやばいやばい)
口をぐっと結んだ。
カカシはそんなイルカにに気がつくはずもなく。着替えながら今度一楽の冷やし中華に挑戦してみようかと思ってるんだよね、そんな話題を口にした。
それはいいですね。
マヨネーズつけると美味いですよ。
じゃあ今度俺も食べようかな。
普段交わしている会話を口に出さなきゃ。
笑いながら返事をしなければ。
そう、返事をしなくては。
それなのにドクドクと鳴る心音は止みそうにもなく、カカシの匂いが残るアンダーウェアをぎゅうと握りしめ返事をしようと口を開いた瞬間、着替え終えたカカシがカーテンを開けた。
カーテンが開く音に反応してカカシの方へ反射的に顔を向け、そこで青みがかった目と視線が交わる。
「あ、・・・・・・」
思わず漏れたのはそんな声だった。
今自分はどんな顔をしているのだろうか。
そう思う間もなく、カカシがその青みがかった目を僅かに丸くさせるから、逃げ出したくなった。最悪だ。兎に角何か言い訳をしなくてはと、あの、とたどたどしく口を開いたと同時にカカシの手がにゅっと伸びる。
それは一瞬の出来事だった。
顔を真っ赤にさせたまま丸で金魚のように口をパクパクさせているイルカの手をカカシが掴むと、ぐいっと勢いよく引っぱった。そして再びカーテンが閉められ。
カカシ先生、と口にしようとしたイルカの言葉は途中で途切れる。
その後どうなったかなんて、自分ではとても口には出来ない。
向かう方向も同じだったから並んで歩きながら、今日も暑いですよね、から始まり、今日昼は何食いましたか?と他愛のない話をする。多少日が傾いてきてはいるものの、日差しは相変わらず強くて汗が止まらないが、風があるのが幸いだと蝉の鳴き声を聞きながら笑って道の角を曲がれば聞こえたのは子供達の騒いでいる声だった。この通りの少し先を行けば川沿いで。夏休みに入った子供達のことだ、おおかたそこで水浴びでもしてはしゃいでいるんだろうとそれだけに留めたのがいけなかったのか。
数分後分かれ道に差し掛かり、じゃあ、と口を開く前に聞こえたのは水の音だった。今さっき歩いてきた道では何件かの家では打ち水をしていて、その先の川では子供達が水遊びをしていた。でもその音はそこからではなく間近で、そしてその水は目の前のカカシにかかっている。その事実はあまりにも意外で、イルカがそれを目視して理解するまでに数秒かかった。
だってこんな道端で、突然上忍であるコピー忍者のはたけカカシが頭から水をかぶるとか、誰が想像しようか。状況を理解して直ぐ目を素早く上げるとそこにはアカデミーを生徒がいて。手には水風船を何個も持っている。それだけで何が起きたかは明らかだった。
イルカが鬼の形相に変わる様に子供達はしてやったりと、そんな悪戯っ子さながらの顔を見せ一目散に逃げていく。
「お前等・・・・・・っ」
怒り任せに子供達を追いかけるのは容易かったが、その場に足を留めたのはカカシの有様が視界に入ったからで。その場に踏みとどまると、怒りに拳を握りしめながらイルカは深々と頭を下げた。
「本当にすみません!俺がいながらこんな事に、」
カカシが狙われたのは自分が隣にいたからなのは明白で、犯人が生徒であると分かっていても責任は自分にある。ひたすら頭を下げるイルカに、いや、参ったね、と暢気な声を出しながらも、先生が謝ることじゃないでしょ、と優しく言われ、顔を上げながら眉根を寄せた。
「いや、しかし、」
「子どものしたことなんだから」
そうは言っても。どれだけどでかい水風船を作ったのか。カカシは見事にびしょ濡れだ。それが分かるから申し訳なさにイルカのお頭が再び下がる。
「ま、そのうち乾くでしょ」
そう口にしてカカシは濡れた銀色の髪を軽く振った。そうかもしれない。自分だったら同じ様な事を思うだろうし、実際しばらくすれば乾くだろう。でもそれじゃあ自分の気が済まない。
ただ、幸いな事にその場所からはアカデミーが近く、イルカは歩き出すカカシを呼び止めた。
「本当にいいの?」
カカシに聞かれイルカは、勿論です、と廊下を歩きながら頷いた。
アカデミーの保健室には替えの支給用品を常備されている。
基本自分が用意した替えで着替える事がほとんどだが、ケガをして服が破れてしまったり着替えがなかったりする時は保健室にある着替えを借りる事が出来る。とにかく、ここに着替えがあることを思い出して良かったと、イルカはポケットを探り職員室から拝借した保健室の鍵を取り出した。
夏休みで締め切った部屋は当たり前だが気温が高い。暑いですね、と保健室の窓を開ければ、心地良い風が部屋に入り込む。そこからイルカは奥の棚へ向かった。
替えが入っている棚を開け服を探していれば、後ろでカカシがベストのジッパーを下げた音がした。
「やっぱり濡れてるんじゃないですか?」
聞いたイルカに、まあねえ、と肯定する言葉が返ってくる。きっとその声色から苦笑いを浮かべているのは明らかで。アンダーウェアが濡れた時の肌にぺったりとくっつく不快さはよく分かっているから、再び申し訳なさがイルカを支配し、アイツら覚えておけよ、と心の中でしっかりと顔を覚えている生徒に向けて呟き、替えを服を手に取る。振り返るとタオルと共にカカシへ服を手渡した。
保健室に、カカシが着用している口元まで隠せるアンダーウェアがあるんだと知ったのはここ最近だ。アカデミーと言えど木の葉病院と同じサイズや種類が置いてあるのは、昨年その木の葉病院で勤めていた医師が保健医になったからだが。保健医として授業に関わる事を増やしたりと、医療忍者としての道もあるんだと生徒に意識の植え付けもでき、今回の保健医は感心することも多い。だから、こうして今日のようなイレギュラーの場合でもこうしてカカシに服を渡せる事ができるのは有り難い。
ここ最近一緒に食事をする事が増え、カカシの素顔を見る事も珍しくなくなったが、ここはアカデミーだ。イルカが気にして促した事に素直に従い、引いたカーテンの中でカカシは着替えている。その足下にカカシが脱いだアンダーウェアを落としたのが見えたから、イルカが歩み寄ってそれを拾い上げた。
カーテン越しに、悪いね、と声がしたから、カカシさんが謝ることは何もないんですよ、とイルカは返す。今度アイツら捕まえたら拳骨お見舞いしますと言えば、カカシがハハっと笑った。
自分も同じ様な悪戯は何度も経験している。だから職員室の流しでこれを洗濯するのは訳ないとカカシの脱ぎ捨てたアンダーウァエを持ちながら。ふわりと匂ったのはその手の中にある服からだった。
当たり前だ。
今日も暑く午前中から歩いただけで汗を掻く。
実際自分も汗を掻いていて。
なのに。
(やばい)
咄嗟に思ったのはそんな言葉だった。
普段、隣に座ったり距離を縮めても、体臭はない。
里外や特に任務中であれば匂いを極力残さないのは忍びの基本だ。里内であってもそれを心得ているんだと。そこにすら尊敬の念を抱いていた。
その匂いがカカシのものだと分かった途端、頬に赤みが差すのをきっかけに、顔が、身体がどんどん熱くなりそれが抑えられなくて。
イルカは焦った。
初めてカカシと居酒屋で顔を合わせたのは偶然だった。そこで初めて杯を酌み交わして。会話自体はそこまで弾まなかったが、心地良い空気で物腰も柔らかく、冗談さえ口にするカカシは意外だったが、それは無論悪い意味ではなく。普段は上忍からの誘いは遠慮する事が多かったが、そこからはカカシに誘われるままに頷いた。
そう、ナルト繋がりで知り合った、上忍と中忍の良好な関係。
ただそれだけでそれ以上でもそれ以下でもなく。
上忍師であるアスマと似たような。
尊敬していて。
そうだ。尊敬だ。
カカシへの想いは、尊敬だけなはずなのに。
初めて嗅いだカカシの匂いが想像以上に自分を混乱させた。動揺を抑えられない。
違う。
そんなんじゃない。
否定したいのに、裏腹に体温は上がったまま。
(やばいやばいやばいやばい)
口をぐっと結んだ。
カカシはそんなイルカにに気がつくはずもなく。着替えながら今度一楽の冷やし中華に挑戦してみようかと思ってるんだよね、そんな話題を口にした。
それはいいですね。
マヨネーズつけると美味いですよ。
じゃあ今度俺も食べようかな。
普段交わしている会話を口に出さなきゃ。
笑いながら返事をしなければ。
そう、返事をしなくては。
それなのにドクドクと鳴る心音は止みそうにもなく、カカシの匂いが残るアンダーウェアをぎゅうと握りしめ返事をしようと口を開いた瞬間、着替え終えたカカシがカーテンを開けた。
カーテンが開く音に反応してカカシの方へ反射的に顔を向け、そこで青みがかった目と視線が交わる。
「あ、・・・・・・」
思わず漏れたのはそんな声だった。
今自分はどんな顔をしているのだろうか。
そう思う間もなく、カカシがその青みがかった目を僅かに丸くさせるから、逃げ出したくなった。最悪だ。兎に角何か言い訳をしなくてはと、あの、とたどたどしく口を開いたと同時にカカシの手がにゅっと伸びる。
それは一瞬の出来事だった。
顔を真っ赤にさせたまま丸で金魚のように口をパクパクさせているイルカの手をカカシが掴むと、ぐいっと勢いよく引っぱった。そして再びカーテンが閉められ。
カカシ先生、と口にしようとしたイルカの言葉は途中で途切れる。
その後どうなったかなんて、自分ではとても口には出来ない。
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