兆候 後日談②

「げ、俺かよ」
 席を立った方が負けと言わんばかりについでに書類を渡されて、イルカは溜息を吐き出したくなった。
 それでも、同期の分は兎も角、自分の書類の提出期限は明日だから持って行かないわけにはいかない。
 仕方ねえ、と割り切って職員室を出て寒い廊下を歩く。
 本当は、自分の書類は自分で持って行けと言っても良かったが。さっさとその場から席を外したかったのは事実だった。
 休み時間だからどんな雑談をしようかなんて自由だが。
 二月に入ってからチョコレートがどうのこうと若い女性教員が話し始めた。それがバレンタインのことだとは流石に自分も知っているが、バレンタインより節分だろう、と自分は思う。
 低学年を担当しているからというのもあるが、来週は学校で豆まきのイベントだってあるんだ。そして、正直自分はチョコより恵方巻の方に興味がある。一楽には恵方巻セットなるものが去年からあって、数量限定で。
 なんて思うのに、女性教員の話題はチョコだった。
 手作りのおすすめのチョコだの、美味しい有名なお店だの。そしてそれを誰に渡すかとか。
 特別上忍や上忍など、色々な名前が出るが、カカシは謂わば常連だった。その中には必ず名前が上がる。
 いつも通り聞き流しているつもりだったのに、気がついたらそわそわしてしまう自分がいて。会話に参加しないでいれば、誰かもらう当てでもあるのか、なんて言われ。そんなわけねえだろ、と誤魔化しはしたが。
 別にもらう当てなんかない。
 だた、恋人であるカカシにあげるべきなのかな、とは考えてはいたから。
 当たり前とばかりにカカシの名前が出るから、落ち着かなくなるに決まってる。 
 そんな事を考え連絡通路を歩き隣接している建物に入った時、歩いてきたのはまさかのカカシだったから、少しだけドキッとした。
 まただ、なんて思いたくなるのは、朝、同期と一緒に執務室に書類を届けた後、外を歩いている時にカカシを見かけたからだ。
 寒いのもあるだろうが、いつものように両手をポケットに入れて歩いていて。二日前に会ったばかりなのに。会って当たり前なのに恥ずかしさが混じる。おはようございますっ、と思ったより大きな声が出たイルカに気がついたカカシはちらっとこっちを見た。口布をしているのでいまいち分からないが、どーも、とこっちに返したと思う。そこから、挨拶も早々にイルカは同期と共にアカデミーへ戻った。
 そして今度はカカシは他の上忍と一緒に歩いている。
 変に緊張しそうで、そんな自分に活を入れるように、ぐっと身体に力を込めた。
「お疲れさまです」
 笑顔を作って挨拶すれば、いつものように煙草を吸っているアスマが、おお、と短い返事をする。
 そこから目を伏せるように二人に頭を下げて。カカシ達が通り過ぎ、内心ホッとしながら廊下を曲がろうとした時、ぐいと強い力で腕が引っ張られる。うわ、と思わず声が出た。
 引っ張ったのはカカシだった。
 何だ?と思うイルカをぐいぐい引っ張り、そのまま廊下の物陰に引っ張り込む。
「ちょっと、一体なに、」
 言いかけているのに、むに、と柔らかい感触に、イルカの言葉が止まった。
 口布を下げたカカシが間近にいた。
 展開が読めない。
 呆然としているイルカの前で、カカシは口布を戻しながら、先生さあ、と少しだけ責めるような目をこっちに向けた。
「意識しなさ過ぎ」
 言われて目をぱちくりさせるイルカの前でカカシは続ける。
「元気な挨拶もいいけど、ほら、恋人なんだから、もうちょっとこう、分かるでしょ?」
 元気な挨拶もいいけど?
 恋人なんだから?
 分かるでしょ?
 唐突のキスと、それに加えられたカカシの言葉が脳に入り込み、そしてそこから停止していた頭が一気に回り始める。
 意識って。
 しなさ過ぎって。
 どれもこれも、カカシを意識してたからに決まってるだろうに。
 分かるわけねえだろう。
 いや、この人こそ分かってない。 
 何にも分かってねえ!
 そう大きな声で言いたくなったが。それをぐっと堪え飲み込むとカカシを睨む。
「どれもこれも、あんたを意識してるからだろうが」
 そう乱暴な口調で返すとカカシに手を伸ばす。口布を下げ強引に自分から唇を重ねた。
 んむっ、とカカシが驚きの声を漏らすが関係ない。俺がカカシをどれだけ意識しているか。全然分かってない。分かってないからこうして、
「ほお、熱烈だな」
 真後ろからの声にイルカの身体がビクリと跳ねる。そっと振り向くとそこにはアスマが立っていて、瞬間、イルカはカカシから勢いよく離れた。が、遅い。
 今更ここで離れようがアスマが何を見たのかは言うまでもない。というか言って欲しくない。
 カカシとの関係がバレてしまった。カカシが中忍の自分とつき合っているという事実が。
 後悔が渦巻くのに。
 でも、心の奥のどこかで安心している自分がいた。
 観念に似た安堵の気持ちに。
(・・・・・・やっちまったなぁ)
 関係を否定するでもなく、ただそんな言葉をイルカは心の中で呟いた。


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