朝食

 基本、我が家の朝食はいつもパンだ。
 こんがり焼き目がついたトーストに野菜が入ったコンソメスープ。刻んだハムが入ったスクランブルエッグ。今日はそれに苺もあった。あと砂糖を少し入れたホットミルク。
 美味しそうな湯気が立つ朝食を、食べていればそれだけで元気が出る。今日は朝から七班の任務。残さず食べると、サクラは家を出た。
「えー、なにそれ」
 同じように任務だったのか、たまたま顔を合わせ、朝食の事を口にした自分に信じられないと言わんばかりの声を出したのは、いのだった。
「朝は絶対ご飯でしょ」
 並んで歩きながら、あっさり言われて少し面食らった。何よその顔、と言われるが。だって、ちょっと、イメージではない。
「だっていのんち花屋さんじゃない」
「それ、関係ある?」
 怪訝そうに言われ、まあ、それは関係ないけど、と思い直すも、てっきり自分と同じかなと思っていたから。
「白いご飯に、味噌汁。それに焼き魚とか、卵焼きもあったら最高よね」
 ちなみに、今日はなめこの味噌汁。
 嬉しそうにいのが言う。それはそれで美味しそうでもあるが、やっぱりイメージではない。同調も出来ないものの、へえ、とサクラは相づちを打った。

「え?朝ご飯?」
 ナルトにそう返され、サクラは頷いた。
 七班の集合場所で、既に先に来ていたナルトとサスケに話を振るのは、単純に自分と同じパン派が欲しかったから。
 最初は、サクラに声をかけられ嬉しそうな顔をしていたくせに、持ちかけられた話題が興味にそぐわないからなのか、えー、と言いながらも、ナルトは考えるような表情を見せる。考えるようなものかと思えば。食べない時もあるからなー、と続けられ、呆れるサクラに、ナルトが顔を向けた。
「食パン食べたり、牛乳飲んだり、あ、後はリンゴ。リンゴがあったら食べる」
 聞きながら、サクラは僅かに顔を顰めていた。
 朝食って聞いてんのに。って言うかそれ、料理じゃないじゃない。
 そんな言葉が咄嗟に浮かび、そのまま口から出そうになったが。ナルトの、何も可笑しくない、当たり前だろう、みたいな表情をみた瞬間、止まる。
 そうじゃない。料理じゃないのは、自分のように作ってくれる人がいないからだ。朝起きれば食卓に朝食が並んでいる事は、自分やいの、親がいる子供であれば、それは当たり前の光景だけど。ナルトにとってはその当たり前がない。
 分かっていたくせに、それに気が付いた時、胸のどこかが痛んだ。
 毎回、毎回、何気ない会話だと思って口にして、ハタと気が付く。そんな事を繰り返しているのに、今回もまた、やってしまった。自分が嫌な人間だと思うときはこういう時だ。
 だけど、その後悔も、胸の痛みも、ぐっと奥に仕舞い込むのは、いつもの会話がナルトにとって当たり前だから。違うのが当たり前だと、ナルトが一番知っているから。
 だから、サクラは敢えて呆れ顔を作る。
「なにそれ、ナルト。たまにはご飯くらい作りなさいよ」
 笑い飛ばすと、いーじゃん別に、とナルトはいつものように口を尖らせた。そこから青い目が道の脇に立っていたサスケに向けられる。
「サスケは?朝飯、何食うんだってばよ」
 サクラの気持ちを知りもしないナルトは、当たり前に、サスケにも問う。
 サスケは。そんな話題、面白くもなんともない、とそんな顔をしながらも、
「おにぎり」
 短く答えた。
 その答えを聞いて、センチメンタルな気持ちになっていたサクラだが、いのと同じ、ご飯を選んでいるサスケに。浮かんだのは悔しさだった。サスケがおにぎりが好きなのは知ってはいたが。それでも、いのに負けた気持ちになるのは気のせいではない。実際に馬鹿にされたわけでもないのに、被害妄想だと分かっていても、心の中では、いのの勝ち誇った顔が浮かぶ。
 今までの会話の流れからでは、パンを食べているのは明らかに自分とナルトだけだ。
 被るのが、なんでナルト。
 内心勝手に落ち込み、それが顔に出そうになる。
 お母さんに言って、これから朝食はおにぎりにしてもらうべきなのか。いや、でも、梅干しのおにぎりは好きだけど、やっぱり朝はパンが食べたい。
 単純過ぎる自分の好みのベクトルに心が折れそうになった時、カカシがいつものように、時間より遅れて姿を現した。

「どーかした?」
 任務の説明を受け早々に目的地に向かって歩き出して直ぐ、声をかけられる。サクラが顔を上げると、カカシがこっちを見ていた。
 サクラを見るカカシのにこやかな顔は、その通り、何にも知らないからだ。それでもその顔を見ていると、人の気も知らないくせに、とへそ曲がりな事を思いたくなるが。ただ、あまり見ていないようで、カカシは自分達のことを見ているのを、知っている。サクラは口を開いた。
「カカシ先生は朝食、何食べてますか?」
 ちょっと予想していなかった、そんな顔をしたカカシは、そこから、そうねえ、と視線を前へ漂わせながら呟く。
「基本はご飯と味噌汁かな。で、目玉焼き。前の日の夕飯で残ったおかずが出る時もあるよ」
 ご飯だ。
 パンではなくご飯。
 それが分かっただけで、落胆した気分になった時、
「ああ、でも食パン一枚だけって日もあるかな」
 カカシの言葉に落としかけていた視線を上げると、カカシは続ける。
「ほら、ご飯がない時とかはパン」
「・・・・・・パン一枚だけですか?」
 素朴に思った事を聞けば、カカシは、まあね、と笑った。
「時間がなかったりすると、焼いてもないパン一枚だったりするのよ」
 ま、ないよりはいいじゃない?
 可笑しそうに眉を下げるカカシに、時間がないって、今日もばっちり遅刻してるじゃない、とツッコミながらも、トーストしてないパンは嫌だなあ、と思う。そして、カカシの口にした言葉の所々に、感じる違和感に内心首を傾げながら、
「・・・・・・それって、カカシ先生が用意してるんですよね?」
 聞けば、カカシの青みがかった視線がサクラを見た。その目がふわりと緩む。
「内緒」
 微笑むカカシに、サクラが目を丸くした。
 それって、そういう事?いや、でも。
 自分の事ではないのに、心臓がどきどきとする。同時に興味がむくむくと沸き上がるが、質問責めにしたことろで、カカシは、話を上手くはぐらかすだけで、これ以上は何も答えない事が分かっていた。
 聞いた自分が馬鹿だった。
 後悔するも、
(ま、いっか。・・・・・・後で、いのに言おう)
 そんな事を思いながら、サクラはサスケに追いつく為に足を早めた。

<終>
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