売り言葉に買い言葉

 初恋ってどんな感じだっけ。
 そう思い出して見ても浮かぶのは、甘酸っぱいがもはやどんなものか分からない、有耶無耶な表現だけで。考えれば考えるほど余計に混乱するから。イルカは嘆息するしかなかった。
 そもそも自分が恋より何より忍びとして強くなりたいがいつだって勝っていた。子供の頃は火影に。中忍になってからは今は亡き父の姿を追いたくなり。常に目指すものがあるから、誰かを好きになる事は二の次にしていたからなんだろうか。アカデミー教師になり何年か経ち、それなりの歳になり、寒くなってこようが人肌寂しいとは思わないし、友人に恋人が出来たり、八百屋のおばちゃんにいい加減いい人がいないのか、とか、そんな話題を振られても焦りを感じるわけでもなく、煩わしいとも、別にどうとも思わなかったのに。
 その手の感情が、急に逆撫でされたように、敏感になった事に気が付いたのは先月。
 昼間、くの一と並んで歩いていたカカシを見かけて。仲良さそうにも見えたから、当たり前だけど似合っていると思った。だからてっきりそうだと思ったのに。まさか、とカカシは笑った。
 だって俺、先生といるほうが楽しいもん。
 そう当たり前のように返したカカシに拍子抜けした後、その微笑むカカシの顔を見ていたら。心臓が変な音を立てた。
 自分がちょろいとかは、この際置いておいて。
 恋なんて、きっとそんなものなんだ。

「先生」
 居酒屋の暖簾を潜り、どこの座敷かと探そうとする前に、カカシから声がかかる。
 こっちこっちと、手招きするカカシに促されるままに横に座る。カカシの顔はいつものように隠されたままだが、少しだけ頬が赤く染まっているのは、何杯か飲んでいるからだろうが、カカシがそこまで酒に強くないのは知っている。
「遅れてすみません」
 恐縮するイルカに、気にするな、と笑ったのはアスマだった。
「ほら、」
 中忍と上忍が参加したこの飲み会に、残業と言えど遅れてしまった事に申し訳なく正座したイルカに、既に目の前に座っていたアスマから瓶ビールを差し出される。すみません、とイルカは慌てて空のグラスを両手で持ち、アスマにそれを差し出した。

「先生はさ、カカシと飲んでて楽しいの?」
 自分もそれなりにビールを飲んだ頃、目の前にいた紅の声にイルカは顔を上げた。自分が頼んだ日本酒を手酌でお猪口に注ぎ、それを美味しそうに口に運ぶ。もう何合か飲んでいるはずの紅は至って顔色も普通でいつもと変わらない。
 ただ、紅の言われた意図が分からなくて。え?と聞き返せば、だってさ、と紅が口を開く。
「よく二人で飲んでるじゃない」
 それは確かにその通りで。楽しいですよ、と正直に答えると、本当に?と更に突っ込むから、イルカは困った。
「今見てても分かるけど、カカシってそんな喋るわけでもなく、酒もそこまで強くないでしょ?」
 そう続ける紅に、酒の強さは自分自身と比べているんだなあ、と思うが口には出さないものの、相手が上官だからと言って、誘われるままにそうそう頻繁に一緒に飲んだりしない。一緒に飲むのは、楽しいからだ。
 それに、話すのは確かに自分の方が多いかもしれないが、カカシもそれなりに喋る。何でもない風に相づちを打ったり、自分に対して一言二言返すだけの時もあるけど。その時のカカシの表情を見れば、自分の話を聞いてるんだな、とそれが伝わるから。気持ちがこもっていて。それが嬉しくて。ただ、聞いてくれるだけで、安心する時もあって。
「紅さ、何が言いたいの」
 隣の席に座っていたものの、別の上忍と話していたカカシが、気がつけばこっちを見ていた。助け船を出してくれたのかと思うものの、少し驚いたのは、カカシが少し怒ってるような、そんな口調に聞こえたからだ。
 だが、紅は、気にもせず、その顔を微笑ませる。別に、と答えた。
「あなた達二人は仲がいいなあって、話」
 自分に話している時と変わらない、揶揄を含んだような口調に、隣から聞こえたのはカカシのため息だった。
「なにそれ、くだらない」
 やめて。
 低い声で不快そうにカカシが答える。イルカの心臓が、嫌な音を立てた。
 同時に感じるのは憤りだった。
 カカシが向けているのは紅のからかっている行為や台詞にだと分かっていても。丸で自分が否定された気分になるのは否めなかった。
 だって、紅が言っているのは、仲良さそうって、それだけだ。それの何が悪いんだ。酒の席でこのくらいの冗談めいた話はよくある事だ。なのに。そんな不愉快そうにしなくたっていいじゃないか。
 思わずグラスを持っていた手に力が入る。
「イルカ先生だって困ってるじゃ、」
「別に困ってません」
 カカシの言葉に思わず被せるように返していた。
 横を向けば、少しだけ驚いたような顔のカカシがこっちを見ていた。
 クソ綺麗なくの一を連をれていても、自分と一緒にいる方が楽しいって。そう言ったくせに。
 ちょっとくらい、楽しいよって。そう言ってくれてもいいだろう。口には出せないが。攻めるような目をするイルカに、カカシは見つめ返しながら、僅かに眉を顰める。
「ほら、イルカは困ってないって、言ってるじゃない」
 自分たちとは違う、酒飲みの、のほほんとした台詞が間を割って入るが、カカシは無視する。何言ってるの?と笑いを含みながら、口を開いた。
「先生は何も分かってない」
「何がですか」
 食ってかかる言い方に、だからさ、と少しだけ言い淀むが、言わなきゃ分かりません、と言えば、カカシが一回外した視線をイルカに向けた。
「だってさ、先生。俺とキス出来るの?セックスするんだよ?俺と。紅が言ってるのは、そーいう関係。先生が考えてるような仲とは違うから、」
「出来ますよ」
 カカシの言葉ははっきりと耳に入っていて。もちろん何が言いたいかなんて分かっていて。だから、動揺が先に出そうになったが、イルカはそれを飲み込んで即答した。
 自分だって馬鹿じゃない。
 今までろくに誰かを好きになったことはなかったけど。恋するって事はどういいうことかなんて、それぐらい分かっていた。
 分かった上で、年甲斐もなくカカシにときめいて。そうなれたらいいと、そう思った。
 だけど、丸で売り言葉に買い言葉、その言葉通りの返しをしたイルカに、カカシは呆気に取られた顔をしたが。やがて、その可笑しそうに笑い出す。
「いや、分かってなんか、」
「分かってますよ!」
 持っていたグラスをテーブルに勢いよく置く。子供っぽい返しだと分かっている。でも、カカシが、丸でそう思っていない風を装っているが、自分が何か返す度に探るような目をするのが、イルカを苛立たせた。
「俺だって男です。下心があって何が悪いんですか?」
 認めた上で、でも、と一回言葉を切る。
「俺が、あなたが上忍だからって、それだけでのこのこ誘われるままについて行くような人間だと、そう思ってたんですか?」
 俺はそんな尻軽じゃない
 そこまで言い切って。
 あれ、と思ったのは、さっきまですこぶる不機嫌に、自分を煽っていたカカシが。白い肌を、耳まで真っ赤にしていたから。
「・・・・・・うん」
 そうだね、とそう小さく返したカカシの声を聞いた直後に我に返った。
 紅はにやにやとしながら立て肘をついてこっちを見ていて。さらには、今まで酒を飲んで騒いでいた雑踏がいつのまにか消え、周りがこっちに注視している事に今更ながらに気がつく。
 ここまできて、ようやく今置かれている状況に気がついて。情けなさに泣きたくなった。いや、穴があったら入りたい、が近い。
 これだから恋慣れしてない人間がムキになるもんじゃないと、そう思うが後の祭りで。
 初めて見る、カカシの真っ赤な顔を見つめながら、この恋は終わったのか終わってないのかそれも分からなくて。
(・・・・・・やっちまったなあ)
 そう思いながらも、イルカもまた顔を熱くさせながら、大人しくカカシの横に座る事を選んだ。
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