カカイルワンライ「あの頃に戻りたい」

 上忍待機室に顔を見せてソファに座った途端、隣で盛大なため息を吐きだす上忍仲間に、カカシは小冊子に落としていた目を上げた。
 斜め前に、ソファにどかりと腰を下ろしたまま、どこか虚ろな視線はどこも見ていない。
 ここに自分以外の誰かがいれば、そっちに任せてしまえるが。いや、別に無視してもいいんだろうが。どうしようかと迷ったが、カカシは一端小冊子に戻した視線を再びアスマに向ける。
「なに」
 短く聞けば、当たり前だがアスマの目がこっちを向いた。紅と喧嘩?と関係を隠してようがお構いなしのカカシの台詞に、僅かに怪訝そうな顔を見せるが。
「まあな」
 低い声でアスマが答える。敢えて聞いてはいないが、二人のつき合いはそこそこ長いはずで、そもそも二人を知っていればこそ、夫婦喧嘩はなんとやらで、みすみす首を突っ込むつもりはない。だから、聞いておきながらも、ふうん、と興味がない口調で返事をする。
「大変だね」
 思ってもない言葉だとアスマも分かっているんだろう。煙草を咥えながら短く笑いを零した。まあな、とカカシと同じノリで答えながらも、こっちを見て口を開く。
「お前も、もうちょっと前に戻れたらなあとか、思ったりしねえ?」



 もうちょっと前にって。何それ。
 両手をポケットに入れ、アスマの言葉を思い出しながら外を歩く。
 断片的な自分の過去が脳裏に浮かぶが、過去は過去で振り返りはするものの、思い出したところで何も変わらない。カカシは小さく息を吐き出した。
 ただ、アスマが言う、前にって言うのは、そういうんじゃなくって。たぶん、色恋とか、そんな話なんだろうが。それこそ、そこまで拘るような相手は過去にはいなくて、
「カカシ先生」
 名前を呼ばれ顔を上げると、イルカがカカシに手を振っていた。その脇には何人かの子供たちもいる。昨夜は雪が積もり、今日も気温が低くどんよりとした天気だが、明るいイルカの笑顔にカカシの目元も自然と緩んだ。
 何してるの?と歩み寄るカカシに、イルカが笑顔を浮かべる。
「子供たちと雪で遊んでいて、」
 そこには雪で作った色々なものが道ばたに置かれていて、へえ、とカカシはそれらに目を落とした。その奥の空き地では雪合戦をしている姿も見える。
 雪だるまや雪うさぎから始まり、手裏剣やらクナイをかたどったものはアカデミーの生徒らしい。
 つきあい始めたのは最近だ。さっきの言葉から続けるならば、どうしても拘りたかった相手が初めて自分に出来て、そして、その相手はイルカだった。






 好意を寄せる事に戸惑うイルカを、それなりに時間をかけて口説き落としたのは自分だ。
 ふとイルカが、あ、と何かを見つける。屈んで何かを取ったかと思うと、こっちへ向き直った。
「カカシさん、見てください」
 イルカが手を差し出し、カカシが視線を向ければ、そこにはその通り、緑の葉っぱが一枚、手のひらに置かれている。
 イルカに、見てください、と言われたものの、どう見てもただの葉で。何て答えようか迷った時、
「ハートです」
 イルカが茎の先を摘んでカカシに見せる。じっと見れば、確かにそんな形をしていた。嬉しそうに、目をきらきらさせるイルカに、同じようなテンションで答えたいが、どうしていいか分からない。
 取りあえず、ホントだね、と微笑めば、そこでイルカが、そうなんです、と答えながら。そこから、我に返った様にじょじょに顔が赤くなった。
「・・・・・・今のは聞かなかった事に、」
 うっかりこんな外で、子供たちの前ではしゃいだ事に、恥ずかしさがこみ上げてきたのか。
 そして恋人同士である故の、ハートだと言わんとしているその意味を今更ながらに気が付いたカカシは。拍子抜けしながらも、胸が単純に熱くなる思いに笑いが零れた。
「嫌ですよ」
 意地悪く言いながら、イルカの手からその葉を掴むと、じっとそのハート型の葉を見つめる。
 例えば、明日、明後日、一週間後、一年後。この事を思い出したら、自分がきっと笑うだろう。それが分かるから。
 喧嘩らしい喧嘩をした事がなく、つき合って間もないから、アスマの言う言葉にさえピンとこないが。
 この人を見つけなくとも、自分は適当に生きていたと分かっていても。こんな風に何でもない幸せをくれる、この人を見つける前には戻りたくないなあ、とカカシはそう思った。
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