カカイルワンライ「雪」

 閉じている瞼に感じる光に、イルカは布団の中で僅かに身じろぎした。
 年期が入ってるアパートは、それなりに改築はしているものの、台所の窓からはすきま風が入り込む度にかたかたと窓枠を鳴らす。
(・・・・・・さみい)
 ストーブも何もついていない部屋は気温が下がり、寒い。布団から出れば身体は簡単に冷える。その寒さにイルカは再び布団の中に潜り込んだ。
 夢うつつの中、毛布を抱き込んだはずの、その感触は思ったよりも違い、そして暖かく、そこでイルカは目をゆっくりと開けた。
 いつもより目覚めが遅いのは昨日酒を飲んだからだ。
 ぼんやりとした視界に映る見慣れた自分の部屋に、間近でこっちを見つめるカカシの顔がはっきりと入り、イルカはぎょっとした。
 一気に目が覚める。起きあがった。
 どこをどう見ても自分の隣にいるのはカカシで。そして普段顔のほとんどを隠している場所も全て露わになっていて。更にカカシも自分も下着すら身につけていない。
 驚きながら動き出す思考に浮かぶのは、昨夜の事だった。 
 寒いからと言う名目で飲みに行こうと言い出したのは同僚だった。さっさと帰って熱い風呂に入りたいとは思ったが、熱燗で焼鳥やおでんを皆で食べる誘惑に頷いて、居酒屋に向かったのは残業を終えてから。
 混み合う店内で、同じ様に酒を飲んでいるカカシを含めた上忍グループと顔を合わせて、一緒に酒を飲んだ。
 そこから先を覚えていない事にしたいけど。記憶がある上に、それよりなによりも、カカシを誘ったのは自分だった。
 勘定を済ませ、店から出た時は黒い空から雪がちらついていた。その空を見上げ、身体を震わせながら帰ろうとしたイルカに、
「寒いね」
 そう声をかけてきたのは同じように店から出てきたカカシだった。何でもない台詞なのに。優しい口調に、自分に微笑みかけるカカシを見たら。今まで押し込んでいた気持ちが簡単に溢れ出した。
 だから、酒の勢いのせいにして、招いた事もない自分の家に誘って。そこからは、ーー。
 ここからは見えないが、たぶん、いや、たぶんではなく確実に、玄関からこの寝室に至るまでカカシと自分の服が散乱している。
 自分の中では一回でもいいから、のつもりだった。誰か別の相手に足を開いた事は一度もなかったが、そう思われても仕方がない。割り切って誘ったつもりだったのに。
 大事にするから。
 自分を組み敷きながら、そう口にしたカカシの言葉は、都合良くねじ曲げた記憶でも何でもなく。
 ただ、それがどういう意味だったんですか、なんて今更聞けない。
 どうしよう。
 誘っておきながら引っ込みがつかない状態に口ごもるイルカを、カカシはじっと布団の中で見つめながら、目元を緩める。上半身を起こしたままのイルカの腕を掴んだ。
「もうちょっとゆっくりしようよ」
 言われて困惑した。でも、と困った顔で言うイルカに、いーからいーから、とカカシは宥めるような声を出す。
 昨日さんざん肌を重ねたのに、朝日が昇り、この状態で裸で抱き合う事に恥ずかしさがこみ上げるイルカを、カカシは優しく抱き込んだ。
「どんな始まりだって俺は嬉しいよ?」
 イルカの心臓がドキンと鳴る。
 無かったことにしてもいいのに。そう、誘われた側ならそれが出来る。だが、困惑と後悔に混じるのは一縷の希望で。
「それか、寒かったからって事にしちゃう?」
「しません」
 その希望を離すわけにはいかないと、はっきりと言い返せば、カカシは嬉しそうに声を立てて笑った。
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