カカイルワンライ「好きな人」

 この日何度目かになる呼び止めに、カカシが内心うんざりしながらも足を止めて振り返れば、案の定、顔も名前も知らないくの一が立っている。手作りなのか、どこかの店で買ったのか。正直どうでもいい、その手に持っている包みは明らかに自分宛てで。面倒くさいと思うがそれをあからさまに顔に出すわけにはいかないから。カカシは目元を僅かに緩める。なに?と口を開いた。

「え、一つも貰わなかったんですか?」
 驚くイルカにカカシは、ええ、と眉を下げながら、敷いて貰った座布団の上に腰を下ろす。
 俺甘いもの好きじゃないから。
 今日何度もそう口にした言葉は、下手な言い訳だと思うが、実際甘いものは好きじゃないし、貰う気もない。ごめんね、と付け加えるものの、少しも悪いとは思ってない。
 相変わらず冷たいのね、と紅に呆れ混じりに言われたが。貰って期待させるほうがよっぽどひどいとは思うものの、それを敢えて口に出すほど馬鹿じゃない。黙ってその場をやり過ごした。
「先生はたくさん貰ったんですね」
 部屋に置かれた鞄と一緒にある紙袋からはたくさんの包みが覗いている。それらに視線を向けるカカシに、イルカは、ほとんどが生徒からなんですけどね、と笑いながらも、台所に戻っていく。
 カカシは、ふうん、とだけそれに返した。
 自分とは違い、律儀に、丁寧に、全てのチョコを受け取り、そして義理じゃないものもその中にあるだろう。
 こういうのを目にしたくないから任務を入れていたのに。延期なったのは運がいいのか悪いのか。
 ちゃぶ台に立て肘をつきながらぼんやりと思っていれば、台所から、イルカがカレーを盛った皿を持って現れた。

 部屋にあがった時、既にいい匂いが充満していたが、出来立てのカレーを目の前にすれば、更に空腹が刺激される。
「いただきます」
 イルカが座るのを待って、手を合わせてカカシは食べ始める。ごろごろと大きめに切られた入った野菜はいかにも男の手料理だ。
 そもそも、カレーなんていつぶりだろうか。外で食べる事が多いが、嫌いではないが、カレーを選ぶ事がない。イルカはうどんやでカレーうどんを食べたり、定食屋でカツカレーを食べているのを見たことがあるから、時々口にしているんだろう。
「どうですか?」
 イルカの声にカカシは視線を上げた。
 聞かれてカレーは辛いものだったと思い出す。だが、辛さは感じない。
「いや、大丈夫ですよ」
 そう答えると、イルカが、ですよね、と笑った。
「家に甘口しか置いてなくて」
 ほら、ナルトが来た時はカレーばっかり作ってたんで、それがまだあって。
 言われて納得する。
「でもカレー久しぶりなんですが、美味いです」
 言えば、イルカは嬉しそうな顔を見せた。
「甘いだけじゃあれなんで、色々入れたのが良かったですかね」
 満足そうにするイルカに、カカシは、そうなんだ、と笑った。何を入れたの?と聞くと、イルカはもぐもぐと口を動かしながら視線を斜め上に漂わせる。
「ソースと、すり下ろしたリンゴと、醤油と、あとはチョコ、ですかね」
 へえ、と相づちを打ちながら。意外にたくさん入れるものなんだと感心して。目を向けると、イルカは顔を伏せるようにして、空になったコップを持って立ち上がる。
 水を入れに台所に向かう、イルカのその後ろ姿の、耳が真っ赤になっているのを見た途端、目を見張った。
 今日イルカに夕飯を誘われるなんで思ってもみなかった。
 一緒に飲んだり、時々その流れで家に招かれる事はあったが。勝手にバレンタインだからと期待したが、まあ、こんなのはあくまで女性向けのイベントで、今もこうして、夕飯に招かれたものの、カレーを一緒に食べるだけで。何かあるわけでもないし、それだけだと思っていたから。
 まってまってまってまって、え、そうなの?
 片思いが長すぎたからだろうか、どうしようもなく都合良く考えてしまっているのかもしれないけど。
 コップを持って戻ってくるイルカの赤らんだ顔を見たら。
 どきどきが更に加速する。
 カカシはぎゅっとスプーンを握りしめた。
 
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