カカイルワンライ「嘘」

 連日の七班の任務を終え、今日は待機として朝から待機所に足を運んだカカシは、ぼんやりと小冊子に目を通していた。
 任務がない事にナルト達が不満を口にはしていたが、山のように課題がある時点でそれが聞き入れられる事はない。今週の任務を終えた事で何が足らないかはそれぞれ分かっているはずだが、その課題を自主的に鍛錬しながらきちんとやっているかは疑問だ。
 こっちも朝から待機と言えど、スケジュールは調整済みで、待機日に任務が入らない事はほとんどない。
 それを裏付けるかのように、ソファに座って腰を下ろして間もないのに、廊下からの足音が聞こえ、扉が開く。入ってきたのはイルカだった。手には任務依頼書だと思われる書類の束を手に持っている。
 カカシが反応して微笑めば、イルカはぎこちない表情を見せるも、それを隠すように頭を下げた。
 そんな態度に自分の恋人ながらつれないと思うも、それはこっちに原因があると分かっているから責める事も出来ない。カカシは密かに嘆息した。
 数日前、たまたま帰宅時間が同じくらいで、一緒に帰る約束をして、並んで歩き。それだけで嬉しくて気持ちが高揚した。そして、今日あった出来事を話すイルカも上機嫌で楽しそうで、可愛くて。触れたい衝動に身を任せるように、日が暮れて人通りも少ないその道で、イルカの手の中に自分の指をするりと滑り込ませた。触れたイルカの手のひらは暖かかった。でも、それを感じたのは一瞬で、驚いたイルカによって振り払われた。
 少しだけ驚く自分に、まだ、こういう場所ではちょっと、と顔を赤らめながらイルカは未だ動揺した顔で言い、すみません、と言葉を結ぶ。
 つき合う前から、イルカは自分とは違うんだと、それは分かっていたから、こうなる事も予想出来ていたのに。残念、と思ったのは事実で、眉を下げて微笑む事しか出来なかった。 

 イルカとつき合い始めたのは最近だ。それを知る仲間が少ないが、彼が人当たりが良くて誠実で真面目な性格だからだろうか。物珍しい反応しかしなかったが、それはカカシにとってはどうでも良かった。他人の反応なんて興味もない。自分がイルカを好きで、イルカも自分が好きであれば、他の事はどうでもいい気がした。


 ————そう、どうでもいいはずだったのに。
 他の上忍に任務の説明をしているイルカの横顔を小冊子を読むフリをしながら見つめていれば、こっちを向く。カカシは、ニコリと微笑み目元を緩めた。
 書類をイルカから渡され、任務の説明を受ける。
 イルカと知り合ってから、意識をする前から、仕事をしているイルカの姿を見るのが好きだと思っていた。
 つき合う前、アカデミーに何度か足を運んだ時、イルカを見かけた。支給服を着ていて背格好からそれが教師だと分かるのに。大きな声一緒にで笑うイルカは子供達の中に溶け込んでいて、不思議な気持ちになったのを覚えている。
 今思えば、そんな気持ちの積み重ねでイルカを意識するようになったが、受付やこっちの内勤の仕事をする時は当たり前だが打って変わって真剣で、アカデミーで見せる笑顔を浮かべる事はほとんどない。
 それでも、今こうして説明を聞いていても、分かりやすく的確だ。任務調整もしているが、任務遂行時間や、どの任務にどの忍びを手配するのか、それに長けているのも事実で。正直、内勤にしておくのが勿体ないなあ、と思っていれば、
「以上ですが何か質問はありますか?」
 そう聞かれ、カカシは書類から顔を上げた。当たり前に視線が交われば、イルカは直ぐに目を伏せるように視線をずらす。今日のイルカのぎこちなさは仕方ないにしろ、任務の内容も、説明も問題はない。大丈夫、とカカシは首を横に振った。
 頭を下げ背中を向けるイルカに、あ、と小さく声を出したのは、アスマに任務予定表をもらっておいてくれと頼まれていた事を思い出したから。
「ねえ、先生」
 立ち上がり扉に向かおうとしていたイルカに、歩み寄りながら声をかければ、その背中が振り向く。
 イルカの振り向くタイミングが早かったのもあったし、背丈は自分とそこまで違わないから、間近で視線が近くなるのは当たり前で。黒い目が自分を映す。でもまたその目をぎこちなく反らされるのかもしれない。そう思っていたから。見つめられ戸惑う。
「あのね、アスマの、」
 イルカに言いかけた言葉が、その先が出てこなくなるのは、イルカの顔が近づくのが、何でなのか分からなくて。触れそうな距離に、どきんと心臓が反応するように鳴った瞬間、布越しにイルカの唇がゆっくりと重なった。
 何が起こったのか分からなかった。いや、分かっているのに、分かっているから、頭が真っ白になった。部屋にいた他の上忍は既に説明を受けた後直ぐに出て行き、この部屋に誰もいなのは知っていたが、唐突過ぎて。
 ぎゅう、と押しつけられていたその唇が少しだけ離れればイルカの熱い息が布越しに伝わり、体が熱くなった。それがもどかしくて腕をイルカの背中に回した時、待機所の扉が開く。
 その音に驚いたのは言うまでもなくイルカだった。音がすると同時にイルカが押しのけるようにカカシの胸を強く押す。
「失礼しますっ」
 そこから真っ赤になりながら走り去るイルカに、カカシは床にしりもちをついたままその背中を見つめた。
「・・・・・・喧嘩か?」
 入ってきたアスマは何も気が付いていないのか。勢いよく出て行ったイルカからカカシに視線を戻し、煙草を口に咥えながら聞いてくるが、いや、と否定するのが精一杯で。
 ついさっきの事なのに、布越しとは言え、イルカの唇に触れたのが信じられなくて。平常心を保とうとするがそれは無理だった。自分の口を口布越しに手で押さえる。
 イルカは人に知られることを怖がっているはずなのに。どんな思いでキスをしてきたのか、それが分かって胸が苦しくなった。
 それでも。
 まだ駄目だと言っていたイルカに不意打ちを訴えるように、
「・・・・・・嘘つき」
 カカシは白い頬を染めながらぼそりと呟いた。
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